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8.鬼ヶ島 (菊姫視点)

 菊姫は、竹で編まれた籠に入れて運ばれていた。菊姫の他に一人、侍女の於松が、やはり同じような籠に入れて運ばれている。もちろん揺れるし体も痛いのだが、籠の内側は布団らしきものが張りめぐらされ、底にも藁の上に座布団が置かれて、少しでも体が楽なように気が配られていた。おまけに籠を通した棒を担いで駆ける前後だけでなく、籠の左右にも籠を支えて走る鬼がいて、揺れが少なくなるようにしてくれていた。ずいぶん、心優しい鬼たちと言える。

 鬼と言うが、正直、人とどう違うかが分からない。姿形は概ね人と変わりないようだ。大柄で筋骨たくましく、褐色の肌と茶色の髪をしているものもあれば、黒髪のものもいる。村長の屋敷に押し入ってきたときには角があったようにも見えたが、先ほど籠の隙間からちらりと見えた者には角が無かったように思える。

では、なぜ鬼だと思うかと言えば、菊姫を攫った際に、

「我らは鬼ヶ島の鬼じゃ。姫を無事に返して欲しくば、米と宝を積んだ大船三艘をよこすがいい。そう、伝えよ」

と叫んでいたからだ。

 近頃、国境近くの海上の島に鬼が住み着き、近隣の漁村や農村を荒らしているという話は、菊姫も耳にしていた。

 やがて浜辺に着くと、幾艘もの船が迎えに来ていた。角らしきものは確かに漕ぎ手の中にも見える。が、あれはどうも生えているというより付けているのでは、等と思っていると、籠がぐいっと持ち上げられ、どうやら頭上に担ぎ上げられたらしい。ぐらぐらと激しい揺れに、思わず悲鳴が漏れる。

「手で突っ張って、できるだけ動くな。大丈夫だ。大人しくしてりゃ、落とさずに運んでやる」

乱暴だが慰めの言葉がかけられ、やはりこれは鬼ではなく人ではないかと思う。

頭の上に担いだ男を取り囲むように幾人かの男が手を伸ばして籠を支え、ざぶざぶと海の中を進んでいく。背の高い男の胸まで水につかったあたりで、ついっと小舟が寄って籠は小舟に載せられた。籠を運んでいた男たちは、そのまま抜き手を切って泳ぎ始める。少し沖合で待つ大きめの船に乗るらしい。

 やがて沖に出ると、

「籠を倒す。気をつけろ。こっちに倒すからな。逆さまになるなよ」

と声をかけられ、籠が横倒しになると、

「出てこい」

と言われて、よつん這いで籠から出た。

「海の上では逃げられねぇからな」

と漕ぎ手が言う。

「お家まで運んでくださってもよろしかったのに」

と言ってみると、

「あぁ、さすがに姫様ともなると落ち着いて大したもんじゃ」

と驚かれたが、

「あぁ、いかんいかん。わしは要らんことは喋らん方がええんじゃ。姫様、わしは何にも喋らんで、堪忍してくれろ」

と言ったきり、それ以上は何を話しかけても応えず、ひたすら櫂を漕ぎ続けた。

 辿り着いた島の入り江には船着き場があった。

 船を降りると、桟橋から一本道が、険しい岩山の中に続いている。

「菊姫様、ご無事で」

「於松も、無事でよかった」

 別の船に載せられていた侍女とも一緒になり、二人は岩山の道をゆっくり上らされた。

 突き当りに巨大な門があり、扉が閉じられている。屈強な男たちが五人がかりで、その門を押し開いた。門を抜けると、開けた土地が広がり、所々に小屋、蔵、屋敷、小さな畑などが見える。そこで立ち働いている者たちに、角のある者はいないようだ。

「菊姫様は奥の家へ入れ。大将が会う」

 丁寧なのか乱暴なのか分からない口調と言葉で指示されて、菊姫は奥の村の名主の屋敷のような佇まいの建物に案内された。

 座敷の正面に、大男が胡坐をかいている。はっきりとは分からないが、この男は浜辺で菊姫の入れられた籠を、頭上に載せて運んだ男ではないか。

「菊姫。遥々よく来た、と言うのは違うか。まぁ、わしらが攫ったのだが、これも故あって仕方のないこと。しばらくは、ここで過ごしてもらうことになる」

「父がお宝を持ってくるまでですか」

「いいや。菊姫様には、折を見て、島を出て京に出ていただく。そういう約束になっておるでな」

「京…。お前様たちは京の鬼でありましたか」

「よしてくれ。京にいるのは鬼も震え上がる忌まわしい魑魅魍魎どもだ。そいつらがわしを、この島に追いやった」

「鬼であることは否とはおっしゃらないのですね。角は無いようにお見受けしますが」

「あぁ、角付きの兜をかぶって、鬼ヶ島の鬼じゃ、と暴れれば、漁師や百姓は慌てて逃げていきおるからな。が、鬼か人かなど誰に分かる。鬼が地獄に住まうものなら、わしらは鬼かもしれん。生まれ育った土地からここに流されてな。ここは見ての通り岩山だらけ。田畑にできるような土地もろくにない。食うもんもまともに無い。島の周りの潮は入り組んでおってしかも早く激しい。潮を覚えるまでに何度溺れ、何人が吞まれたか。それでも京を追われてここに送られてきた者、わしらが食うに困って襲ったら、そっちも貧しくて一緒についてきてしもうたものが、ここで鬼になった。そういうことじゃ」

「京から追われた者が、どうして京の者の言いなりになって、私を捕まえたりするのです」

「ここに関わらせぬためよ。これ以上、何か攻めかけて来られたり、海路を邪魔されたりでは、わしらもたまらん。時々言うことを聞いて、褒美の一つも貰っておけば、その方がよい」

「代わりに私の父が、この島を攻めましょう」

「気の毒だが無理な話。この潮を知り尽くしたわしらと海上で争って、ここまで辿り着くには京の軍勢ほどの船がなければ到底無理。何とか辿り着いても、この島で船から上がれるのは、菊姫様も来るときに入った入り江のみ。入り江で待ち構え、一本道を抜けてたどりついたらあの門じゃ。何とか押し開いたところで取り囲まれてしまいじゃ。それが分かれば手出しはせんようになる」

嘯いた男は、しかし自信に満ちてもいなければ、邪悪そうでもなかった。

「大将っ、大将っ」

 襤褸布を縄で縛りつけたような衣をつけた男が、転がり込んできた。

「案の定、お宝を積んできた船に、お武家が隠れていやがりました。こっちの船から、『被せてあるゴザ、全部外してみろ』言うてやったら、いきなり飛び出してきて、矢、射かけてきやがりました」

「で、どうした」

「決めてあった通り、潮の巻いてるとこへおびき寄せて、あたふたしてるところで,火つけてやったら、慌てて逃げて帰りましたわ」

「よし、よくやった」

「乗り込んで、ぶっ殺して、お宝をいただいても良かったんですがねぇ」

「いや、やり過ぎて、後々まで目の仇にされたんじゃ、うっとおしいばかりよ。で、こっちはみんな無事か」

「はい。いや、三人ほど矢が当たって傷しましたけど、まぁ、生き死にには…」

「私が看ます」

 菊姫が立ち上がる。

「はぁ、あんた何を」

 大将が驚きのあまり、それまで一応は菊姫様と呼んでいたことを忘れて叫ぶ。

「鬼の大将、あなたは京がなぜ、私を欲しがるか知っているのでしょう」

「い、いや、聞いてねぇ」

「そうですか。私は癒しの業の遣い手です」

「いわしのわざぁ、ってなんじゃ、そりゃ」

「癒し。傷や病を治すのです。矢が当たった三人、私が癒します。あなた方に殺すつもりがなかったことを知った上で、傷ついた者が傍にいるのなら、それを癒さないということはあり得ません。私をその傷ついた人の所へ」

「へ、え、あ、大将、いいんですか」

「ん、あぁ、まぁ、何ができるか、行ってみるか」

 攫われた菊姫は、鬼の大将と鬼一匹を引き連れて急ぐ。

(大丈夫)

と菊姫は思っている。

(私は何処にいても、何処に連れていかれても、そこで私が為すべきことをして、後はしっかり生き延びること)

(そうすれば)

(いつか、桃太郎殿が助けに来てくださる)

それを信じていれば、菊姫が怯えることも、くじけることもなかった。

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