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7.三山の主

 一羽の大烏がばさりと翼の音を立てて舞い降り、桃太郎の肩にとまる。

「九郎、助っ人の方はどうだ」

「話はつけてきた。後はおぬし次第。北へ向かうぞ」

「海なら南だろう」

「北の三山、そこに助っ人はおる。味方になれば、そこからの道のりは早い」

「よし、急ごう」

 桃太郎は飛ぶように駆け出した。

「山まで走る気か、馬鹿者。この先に戦が控えると思え、無茶をするな」

「大丈夫だ、疲れたら養母上の黍団子がある」

「何だとっ、ん、確かにおぬしのものとは別の『気』が…、癒しの業か。桃太郎、それは大事に使え。走り疲れて喰らうようなものではないぞ」

「ん、それは、言う通りか」

 桃太郎は足を止め、それでも恐ろしいほどの速さで歩き始めた。

昼を過ぎた頃には、北の三山と呼ばれる三つの山が見えてきた。三山は重なり合うようにして並んでいる。かつてはこの山で木を伐り、獣を獲る者も多くいたが、近頃は呪いの三山と恐れられ、近づくものも少ない。

その三山に向けて三本に分かれた道の角に、何やらゆらりと佇む影が3つがある。

「おぬしが桃太郎か」

 影の一つが問う。

「いかにも。おぬしらは」

「我らはこの三山の主じゃ」

 陽炎のように見えた影が、三つの形を表す。

 犬、猿、雉。

 桃太郎は油断なく身構えつつ、丁寧に

「お三方がお味方をしてくださるということだろうか」

と丁寧に尋ねた。

「ほう、我らの姿を見ても侮る様子がない」

と猿が笑った。

「これは試してみるだけのことはありそうね」

と雉が頷く。

「桃太郎殿、我らも三山の主として、そう易々と人に従うわけにも参らん。先ずはおぬしの力を試させてもらいたい」

と犬が言った。

「わかった。それなら…」

言いかけた桃太郎の言葉を遮って、九郎が、

「それは桃太郎がおぬしらを下してもよい、ということだな」

と挑発するように言った。

「我らを下す、大きく出たものよのぉ」

果たして犬の顔が剣呑に歪み、

「やれるものなら、やってみよ」

風圧すら感じる一言と共に、犬の姿が膨れ上がり、馬の倍ほどもある巨大な白狼が現れる。その横には真っ赤な目をしたこれも人より大きな狒々が凶悪な嗤いをこぼしている。頭上には炎を纏った怪鳥が舞う。

「桃太郎、やってしまえ」

 九郎の声に桃太郎は覚悟を決めた。

「参るッ」

 剣を抜き、峰を返す。

「それっ」

狒々が頭の毛を抜いて、息を吹きかけると十匹の狒々に変じて、桃太郎に襲いかかってきた。が、太郎はその囲みを一息に駆け抜けると、振り返って逆に襲いかかる。走りながらも一振り一振りで確実に狒々の脇腹を打ち据え、打ち抜き、飛び退るとまた走る。

「これならッ、どうだァ」

狒々の本体が引っこ抜いて振り回す松の大木を寸でで躱すと、返す松の木の上にとんと乗るや、更に跳ね上がり、狒々の頭上に躍り出るや一閃。袈裟懸けに峰打ちされて狒々はもんどり打って倒れる。

炎が頭上より降り注ぐ。怪鳥の羽が、炎の矢に変じて襲ってくる。転がって避けながら木立の間に入れば、鳥も木々をなぎ倒さんばかりの勢いで森に飛び込んでくる。が、桃太郎の動きは素早く、まるで真っ直ぐな道を駆けていく速さで、木々の隙間や崖の上下を走り抜けるので、鳥の目には追いきれない。一度、木立を抜けようと引き返し、開けた草地に出たところで振り向くと、

「馬鹿なッ」

正面に迫る桃太郎を見て驚愕する。空中なのだ。桃太郎は木立の中で逃げつつ、いつの間にか木を蹴り上るようにし、木の枝を伝うようにして、鳥の高さを無効にしたのだった。咄嗟に上空に向けて羽ばたこうとした赤い怪鳥の後ろから、一閃。剣の先から迸った「気」に撃たれて、鳥は墜落した。

自分も落下し、地面につくと同時に転がって衝撃を逃がし、立ち上がる。

「なかなかのものだ」

白狼が銀毛を逆立てて唸った。桃太郎の周りをぐるぐると回るように走り出し、やがて疾走に移る。桃太郎は竜巻の渦の中にいるようだ。その渦が時折、ふっと途切れると、中央でギィーンと鈍い音がして火花が散る。白狼の牙を桃太郎の剣が弾く音だ。再び銀の渦が桃太郎を取り巻き、ギィーン。繰り返されること十度。また渦が途切れ、白狼はしかし真っ直ぐ桃太郎には向かわず、近くの岩を蹴って速さと角度を変え、斜め上空から襲ってきた。しかし桃太郎は既にひたっと白狼の目をとらえて相対し、片膝をついて振り上げる一閃。白狼の巨体が右に逸れながらドウッと倒れた。

「桃太郎、下せっ」

九郎が叫ぶ。

 桃太郎は「気」を整え、倒れ伏している三頭の妖に向けて、弧を描くように剣を振った。放たれた「気」が三頭の「気」を押し込むのを感じる。

「士狼、伍猿、南天、我に下り、従えッ」

 三頭がびくりと震え、そのまま頭を垂れた。

桃太郎はふうっと大きな息をついた。

「では、鬼退治についてきてくれるのだな」

「桃太郎殿は我らを下された。しかも三妖まとめて一度に。従わぬわけにはまいらんだろう」

と狒々が頷いた。

「だが、我らの力の源は、この三山に封じられている。ここを離れては、我らの力は大いに減ずる」

と白狼が言う。

「今の姿も、私たちの本来の姿に近いのですが、ここを離れると、犬、猿、雉の姿でしかいられません」

 桃太郎は首を傾げた。

「姿は、むしろ鬼ヶ島に着くまでは普通の獣の大きさでいてくれた方がいい。でないと大騒ぎになってしまう。力も、私の言葉が通じ、手伝ってくれる獣がいるだけでも大変な助けになる。ただ、お前たちは苦しくないのか、ここを離れて」

「いや、苦しかったりはせぬのだ、力が出せぬだけで」

そう言った白狼が苦笑して、

「もっとも、今は桃太郎殿に打ちのめされて、体中がぼろ布の様だが…」

「あぁ、すまぬ。手加減ができる強さではなかったので」

「何をおっしゃるか。刀の峰を返しての上に、止めの一閃は全て振り抜かず『気』を当てていたではないか。こちらは赤子同然、せめてこの山に封じられる前の力があれば、もう少し良い勝負が楽しめたのだが、痛っ、つぅ」

「あ、そうだ。皆、これを食べてくれ」

 桃太郎は黍団子を取り出して手渡す。

「こ、これは、何と清浄な『気』に溢れた。このようなもの、頂いてよろしいのか」

「もちろん。この団子には癒しの業が籠められているから、私がつけた傷にも効くはずだ」

 三妖は頷くと団子を口にした。たちまちにして傷は癒え、それだけではなく発する「気」が倍増する。

「そ、それほどの効き目が」

と桃太郎がさすがに唖然としている。

「我ら妖、物の怪の類の力は、天地人、森羅万象の発する『気』によって生まれております。それゆえ、「気」に働きかけて回復と正常化を促す癒しの業の効き目もまた、自然の生き物よりも遥かに強いのです」

と白狼が言う。

「それだけではないわ。私たちの封印が解けている。私たち、もうこの北の三山から離れても自由に力が振るえる。やっと、やっと」

炎の鳥がうっとりと呟く。

「京の妖と陰陽師に謀られ、この地に封じられていた我身を解き放っていただいた御恩、主従としての忠誠を超え、身命を賭してお仕えする」

 狒々がひざまずくと、残りの二妖も倣った。

「ありがとう。私は家来が欲しいわけではないが、助けは必要だ。力を貸してもらえるのなら嬉しい」

「ところで」

と白狼が尋ねた。

「これからは主には、名付けて頂いた名で呼んでいただきたいのですが、ついては名の意味なども」

 桃太郎はしばらく黙り込む。

「あの…」

「士狼は、武士のような強く気高い狼だから。伍猿は仲間として共に進む猿なのと、分身で一人で一隊を作れるから、そして南の空を…」

「白いからシロウ」

と遮るように九郎が断じる。

「いやっ、そうでは」

「四の次は五でゴエン。そうであろう」

「そ、そんなことは」

「主殿、『気』が揺れております」

 伍猿が鋭く指摘した。桃太郎ががくり、と頭を垂れた。

「白いからシロウ」

士狼が寂しげに呟く。

「あの、南天は何処から」

「あ、六はすぐに浮かばなくて、咄嗟に赤いもので思いついたのが南天の実で、そのいきなり名付けと言われても」

「いいえ、私は嬉しいですわ。私は元来が南の空を守護する一族のものですし」

「桃太郎殿は女子に甘いのだ。士狼、諦めよ。わしも黒いからクロウよ。ロウが狼にあたっているだけマシじゃろう。さぁ、愚図愚図しておる暇はない、おぬしらは犬、猿、雉の姿に変われ。桃太郎、南に向かうぞ」

 桃太郎は北の三山の主と呼ばれる三妖と烏の九郎を連れて、菊姫の待つ南の鬼ヶ島へと急いだ。


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