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6.桃太郎、出陣

  桃太郎は庭で薪を割っていた。

 ヒュッ、スカーン、という小気味のいい音が繰り返される。

と、空を見上げて、

「どうした、九郎」

「おう、桃太郎、いいか、落ち着いて聞けよ」

「何だ、もったいぶるものではない」

「菊姫が攫われた」

 バキッと音がして、斧が台座の丸太を割って地面に刺さった。

「誰に、何処へだ」

ばさり、と大烏が舞い降りた。

「落ち着け。おぬしが慌てたところで、菊姫が助かるわけではないぞ。『気』を整えろ」

 桃太郎は我に返って、深く呼吸した。

「よし、九郎、話してくれ」

「うむ。菊姫が攫われたのは、南のとある集落に出かけた先でのこと。性質の悪い風邪が流行って苦しむ者が多いということで、例によって結び飯の差し入れに出向いた所を、鬼に攫われたと」

「鬼だと」

「左様。鬼と呼ばれている者どもが、菊姫を攫って帰ったのは確からしい」

「御屋形様は」

「知らせを受けて、すぐに侍どもを差し向けたが、鬼どもは既に根城に引き上げておった。その根城というのが離れ島にあってな。鬼ヶ島と呼ばれておる。波高く、潮の流れが急で、漁師でも容易には渡れん。しかも菊姫を人質に取られているから、無理やり大軍で攻め入るというわけにもいかん。と言うわけで、手をうちあぐねておるところらしい」

「そうか」

「で、桃太郎、どうする」

「行くしかあるまい。大人数で押し寄せることができぬなら、私が単独で潜り込み、隙をついて姫を救い出す」

「無理じゃろう。行くのも難しい鬼ヶ島から、菊姫を連れて海を渡って帰れると思うか」

「そ、それでも」

「まぁ、待て。良い方法がないか、わしも考えよう。助っ人を頼めば、なんとかなるやもしれん」

「しかし精鋭は御屋形様が連れていかれているであろう。それが手に負えぬのに誰に」

「おぬし、誰と話しておる。物の怪が頼む助っ人は物の怪に決まっておろうが。さて、わしは一っ飛びして、話をつけておこう。おぬしも支度を整えるが良い」

 九郎はそう言うと飛び立った。

 桃太郎が家に入ると、養父と養母が厳しい顔で囲炉裏の前に座っていた。

「養父上、養母上」

 桃太郎はその前にきちんと座り、両膝の上に手をのせて姿勢を正した。

「お願いがございます」

 養父が大きくため息をついた。

「その様子では、もう早、知っておるようだの」

「はい、菊姫様が襲われ、鬼ヶ島に攫われたと聞き及びました」

「行くのか」

「はい、行きとう存じます。そのために剣と『気』を養父上に教えて頂きました」

「だな。これは運命(さだめ)というものかもしれんな、弥生」

「そうですね、義三郎殿」

 養母が応え、桃太郎に向かって。

「一晩待ちなさい。私が黍団子を作るから。それを持っていくのです」

「はい」

「今日はしっかりと寝て、明日の早朝に立てばよろしい」


 翌朝、

「桃太郎に太刀を預かっておる」

 養父はそう言うと、一本の太刀を取って、容を改め桃太郎の前に太刀を捧げるように差し出した。桃太郎は受け取り、太刀をすらりと抜いて、思わず

「ほぅ」

とため息をついた。美しい水のような刃に、養父の「気」が剣に籠められているのが分かる。

「これは、桃太郎殿の父親の形見の太刀。桃太郎殿の御父上は、御屋形様の兄上に当たられた若君じゃ。わしはその方をお守りできなかった。その罪滅ぼしでもあり、忘れ形見である桃太郎殿の養育にあたったのじゃ。京の不興を買った若君の血筋を隠してな。菊姫様は癒しの業の遣い手。御屋形様の血筋は、代々、癒しの業の護り手でもある。そして当代、戦える男は桃太郎殿のみ。となれば、桃太郎殿が菊姫殿を救いに行くのは避けられぬこと」

「養父上」

 桃太郎は義三郎の目をしっかり見つめ、はっきりと言った。

「癒しの業の護り手として菊姫様をお救いする役目はきっと果たして参ります。けれども私は養父上と養母上の子、桃太郎です。桃から生まれ、佐藤義三郎の子として育った桃太郎として戦って参ります」

「そうか。そう言ってくれるか。あぁ、桃太郎は我が子、自慢の息子じゃ」

 養父はしみじみと言い、目を潤ませた。

「桃太郎、この黍団子には癒しの業が籠められています」

と養母が言った。

「これを一つ食べれば、疲れは消え、その身体の持てる力は十分に振るえるでしょう。小さな傷ぐらいは治してくれるでしょう。けれども命にかかわるほどの傷を完全に癒すほどの力はありません。今の私にはこれが精いっぱい。一度枯れてしまってから、少しづつ少しづつ、雨だれのように癒しの業の力は溜まってきました。その全てがこの黍団子に籠められています。上手に使いなさい」

「ありがとうございます、養母上」

 養母は血の気の失せた真っ白な顔で微笑んだが、ふらりと体が揺れた。

「養母上っ、大丈夫ですか」

 養父がすっとその身体を支えた。

「大丈夫じゃ。わしの『気』を注げば、ちっとはましになる。まぁこちらの『気』も大して残ってはおらんが、二人で分け合って生きていくには足りる。わしらのことは心配するな。桃太郎はただ、全力で必ず菊姫殿をお救いするのじゃ」

「はい、養父上、養母上、行ってまいります」

 桃太郎は胸をはり、顔を上げ、真っ直ぐ前を見て、振り返ることなく、住み慣れた家を後にした。

 養父と養母は支え合いながら門に立ち、彼らの息子の、厳しいに違いない旅立ちを、その影が見えなくなるまで見送った。

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