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2.剣の道へ

帰り道、桃太郎は養父を見上げて言った。

「養父上、私に剣を教えてください」

「それはまた急な話じゃな」

「菊姫様をお助けすると約束しました」

「なるほどのぉ」

「私は強くならなければなりません」

「桃太郎は侍になりたいか」

「いいえ、お養父様、お養母様の下で、田畑を耕し、山に入る暮らしを続けとうございます。けれども、いざ、菊姫様が何かの事情で助けを求められるようなことがあれば、それに応えられるよう努めたいと思います。そのために、まずは強くならねばと思うのです」

 桃太郎はそのことを菊姫と言葉を交わしてから、ずっと考えていたのだ。

「ふむ。しかし百姓の爺に剣を習ったとて仕方あるまい」

「養父上は侍だったのではございませんか。お屋敷では多くの方から師父と呼ばれていらっしゃいます。私に教えてくださる言葉や作法も、まわりの百姓の方々とは違うように思います」

「昔はとにかく、今はただの百姓の爺じゃ。稽古をつけてやるほどの腕も力もない。じゃが、桃太郎の心構えは真っ当じゃな。菊姫様のお役に立つ日に備えて、ということであれば、どうすれば良いか、少し考えてみることしよう」

 そう言って、養父は桃太郎の頭を撫ぜた。


 養父は次の日、樫の木刀を一本、桃太郎に渡した。

自分は竹の棒を一本持ち、

「まずは素振りからじゃ。真っ直ぐ、こう構えて、振り上げながら右足を前に進め、

左足を送りながら振り下ろす」

 ビュッと風を切る音が鳴り、竹の棒は桃太郎の頭の高さあたりでぴたりと止まっている。養父の普段は少し曲がった背中が真っ直ぐに伸びていた。

「簡単そうじゃろう。じゃが、これをこの木刀でするのは、なかなかに骨が折れるぞ。やってみるか」

「はい」

 桃太郎が木刀を握る。

「ん、あまり力いっぱい握らんでよい。もうちっと右手は上に。よし、そうじゃ。振ってみよ」

 ビュン、と振り下ろして、顔の高さぐらいで止めようとして、

「痛っ」

 ただ素振りをしただけで、手首にも腕に肘にも痛みが走る。

「ハハッ、振り上げるには軽くても、止めるとなると思うより重たかろう。鍬を振るうのとも違うからの。止めるときはの、こうしてぎゅっと絞る」

 竹の棒で握りをしめしてやり、

「ゆっくりでよいから、まっすぐ、きれいに丁寧に振る。まぁ、朝夕に百ほど、痛くならぬように気をつけて振ってみると良い。少しずつ少しずつ、早く強く振れるようになる」

「はい」

桃太郎は、日々欠かすことなく木刀を振り続けた。

 百日もすると桃太郎の振る木刀は、ブンッという唸りを上げ、何度振ってもぴたりと止まるようになった。

「それでよし」

と養父は言った。

「それが全ての土台になる。その素振りは、剣を止めようと思うまでは毎日続けるように」

「はい、養父上」

 桃太郎は嬉しそうに頷いた。土台と言うからには、この先を教われるに違いない。

「さて、桃太郎は強くなるために剣を学びたいと言うた」

「はい」

「しかし、強い剣にも色々とある。まず大きくは仕合う剣と戦場(いくさば)の剣」

 養父は淡々と説明する。

「仕合では一対一が普通じゃな。双方が十分に覚悟の上、相対し向き合って始まる。呼吸を読み、隙を見せず、相手の構えを崩し、隙を掴まえ撃つ。剣の名人となり、また剣の腕を披露して出世を望むのなら、この剣を極めねばならぬ」

 桃太郎は頷いた。

「戦場の剣は一対一ではない。戦いは急に始まる。不意をつかれたり、こちらが不意をついたりすることもある。斬り合う相手、打ち合う相手の呼吸など図るひまはない。より早く撃つ、より強く振るう、そして深手を負わず、倒すべき相手を倒し、斬り合いの場から抜け出せる。それが戦場の剣じゃ。桃太郎の学びたいのはどちらじゃ」

「戦場の剣を学びたいと思います」

 桃太郎は迷わず答えた。

「私はこの家の子。侍になるつもりも、剣で立身出世をはかるつもりはございません。そんな私の剣が姫の役に立つときがあるならば、それは何かの戦場でございましょう」

「なるほど。ならば、ここでもまだやりようがあるの」

 そうして数日の後に、養父がしつらえたのが、空き地の地面に十本あまりずらりと並んで立つ杭であった。 高さも傾きも間隔もばらばらである。

「こちらから、この杭に巻いた縄を打ちながら向こうに駆け抜けるのじゃ。このようにの」

 言いざま竹の棒をすっと挙げ、そのまま滑るような速足で、杭の間をすり抜けていく。棒はヒュンヒュンと風を切って鳴り、パァンパァンと小気味のいい音を立てて杭を打ち据えている。一度も止まることなく、初めから終わりまで同じ速さのまま、全ての杭を打ちつつ通り抜けた養父は、ぴたりと止まるや振り向きざま、棒を一振りして、中段の高さで止め、軽く腕を引いた。

桃太郎はその一部始終を息を止めて見つめていた。養父の動きは流れるように滑らかで、しかも激しく、鋭く、力強くもあった。その全てが美しかった。

「これを木刀でやる。はじめは歩く速さで、そう、ゆっくりでよい。ただ、初めから最後まで、止まらず同じ速さで進むことが肝要じゃ。そして杭はきちんと打つ」

「きちんと打つ、ですか」

「そう。まぁ、そこらは打っておれば自ずと分かる。その木刀が教えてくれよう。爺さんのようなよたよたした速さではなく、普通に野を駆ける速さでできるようになれば、まぁ、それなりに役に立つようにはなるはず」

「養父上より速くですか…分かりました。精進いたします」

 桃太郎は嬉しそうに笑った。

「やはり養父上に教わって良かった。あのように美しく動けるようになれるなら、剣を役に立てる時が来なくても、修行する甲斐があります」

「ハッハッハッ、大袈裟じゃな。桃太郎ならもっともっと速く、強く、美しくなれるとも」

 養父も楽しげに応えるのだった。


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