表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

へその緒

作者: 犬神弥太郎

 二十歳になった日に、親から桐の箱を渡された。


「――お前のへその緒だよ」


 大事に取っておいたというが、なんとなく気味が悪い。


 自分が生まれた時に、母親と繋がっていた証拠。自分が母親から生まれた証拠。


 しかし、ミイラ状のそれをみると、感慨よりも不気味さを感じる。


 実際、何も知らないで箱を開けたら、びっくりするだろう。


 それに、なんとなく手にしていたくない。


 目の前に居るのは義母と義父。自分は養子だ。


 まだ赤ん坊の頃に本当の両親が急死したために引き取られたと聞いている。


 両親の死因は知らないし、知りたくもない。


 十八の時にそれを聞いた。


 本当の両親の籍に戻りたいかどうかを二十歳までに考えてと言われた。


 自分にとっては、目の前にいる二人が親だ。


 だから、こんなものを貰っても仕方ないと思う。


 しっかりと「俺の両親は他にいません」と宣言した。


 両親は泣いていた。嬉し泣きというのを初めて見た気がする。


 だから、これは要らない。


 へその緒が入った桐の箱。


 不気味に感じる箱。


 ただ、ちょっと興味はある。とも伝えた。


 自分を産んだ人たちが、どんな人達だったのかくらいは興味を持った。


 けど、親とも思えない。とも伝えた。


 そうだよね。と言うと、調べてもわからなかったと告げられた。


 ただ、赤ん坊だった俺と、へその緒の入った箱。


 何かこの箱を見ると、自分の腹がむず痒くなる。


 ここで繋がってたんだよな。


 箱は既に閉じた。ミイラみたいな干からびたモノをいつまでも見ていたくはない。


 ただ、箱があるだけで、むず痒さは残る。


 なんでこんなものを渡すかな。さっさと捨てて置いてくれればいいのに。


 そんな風に思ってしまう。


 数日は手元に置いておいた。


 何かにつけて、気になる箱。


 下手に捨てるのもどうかと思う。


 やっぱり親に返そう。処分してもらおう。


 どうやって処分するかなんて知らないし、親と一緒に処分すれば自分の意志がはっきりしてることが伝わるはず。


 うん、そうしよう。


 そう決めて箱に手を伸ばす。


「見ぃつけた……」


 何処かから声。


 なんだ。


「私の可愛いぼうや……」


 声は、すぐ近くで聞こえた。


 思わず声を上げて部屋を飛び出す。


 階段を降りると、両親が揃っていた。


「そんなに慌てて、どうしたんだ?」


 父親が訝しげに訪ねてくる。


「変な声が……変な……」


 父親はソファーに座り、母親は台所に立っている。


 そして、その間に見知らぬ女。


「大丈夫か?」


 父親は女を気にもせず、母親も台所から出てくるも、女の前を素通り。


「誰……その人……」


 ふたりとも「ん?」という感じで、なんのことがわからない風。


 きょとんとした顔でこちらを見る。


「こいつらが……坊やを……坊やを……取った……」


 女の手には、いつの間にか包丁が握られていた。


 やめろ。


 思うだけで体が動かない。


 苦笑する父親の顔に、女が包丁を振り下ろす。


 めり込み、刺さり、血が吹き出す。


 何度も、何度も、父親の顔に包丁が振り下ろされる。


 母親が悲鳴をあげる。


 悲鳴をあげて、その場にへたり込む。


 やめろ。やめろ。


「許さない……」


 女が今度は母親に近づく。


 ゆっくりとなのに、母親は逃げない。


 やめろ。やめてくれ。


 包丁が母親の頭を割る。


 血しぶきが部屋中に飛び散る。


「私の可愛い坊や……私だけの坊や……」


 女の声だけが部屋に響く。


 なんでこんなことになったんだ。


 それでも動けない。


 動けない。


 女が近づいてくる。


 顔が、見えない。


 だが、なんとなくわかる。


 こいつが俺を産んだやつだ。


「坊や……」


 女の声が、頭の中でした。


 はっと気づく。


 右手に包丁。


 体中に返り血。


 左手には、へその緒が入った桐の箱を握りしめていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ