ゼオンvs負け犬(ゼオン視点)
少女を連れて部屋に戻った俺は部屋が悲惨な状態になっていることを忘れていた。
しかも転移実験をしていた最中だったから、もし誤って彼女が踏んだりしたらどこに飛ばされるかわからない。
転移って言うと喜んで踏みそうだから爆発するって言っておこう。
案の定、爆発すると聞いた少女はそれ以上一歩も動けずにいた。
俺は彼女が魔法陣と格闘している間に室内に入り、本気ならこれくらいは読んで欲しいと一番分厚い本を手に取った。
奥の部屋から戻ると彼女はドアの柱に掴まりながら足を広げてまだ魔法陣と格闘していた。
お嬢様的にその恰好は不味いでしょ。
俺が戻ると彼女は恥ずかしそうに身なりを整えた。
目撃した今となっては今更である。
分厚い本を渡すと余程重かったのか少し前のめりになっていた。
本気で魔法を学びたいなら10日くらいあれば読めるだろう。
本の内容は頭に入っているし、分厚い本に嫌気がさして返しに来なくても問題ない。
俺は今後の大まかな予測を立てた。
「ところであんた名前は?」
「エリアー…エリィと呼んで下さい」
今、明らかに誤魔化したよね。別にいいけど。
エリィが帰ったあと、俺は部屋で魔物のことを考えていた。
もしアテリア草で魔物化したのであれば、あの時の魔物はもともと人間だったということか?
もしくは動物を魔物化したか。
もし人間が魔物化したのであれば転移してから魔物化することも可能になる。
だがあれほどの巨大な魔物になることは可能なのだろうか?
日記の内容からも最初は好影響をもたらしていたとあった。
つまり少量だと効果がないということだ。
まだまだわからないことだらけだ。
俺は部屋の窓を開けて空を見上げた。
そこには丸い月が優しい光を放っていた。
こんな夜は母のことを思い出す。
俺は思い出を振り払うようにベッドに入り頭まで毛布を被ったのだった。
エリィに本を渡してから二日が経った。
昨日はエリィがいつ来てもいいように部屋の掃除に追われた。
今日はいつも通り政務を手伝うため、朝から陛下の執務室を訪れていた。
書類整理とか正直楽しくないが、必要な情報がいつ書類の内容から手に入るかわからないから結局毎朝手伝っている。
「ゼオンもそろそろ書類にサインとかしちゃう?」
陛下がにやけた顔でこちらを見ていた。
「陛下。ゼオン殿はまだ王子殿下のお立場です。サインはゼオン殿が王太子になられてからにして下さい」
ウォルター侯爵が書類を整えながら陛下を諫めた。
これ絶対嫌な書類を俺に押し付けようとしているだろ。
あと王太子になるつもりもないし。
「ゼオン、王太子になっちゃう?」
いやいや、軽いノリでする話じゃないから。
「ほら、私には子供がいないから…」
陛下は憂いを帯びた顔をしていたが、今の俺は知っている。
半分演技であるということを。
確かに悲しいと思っているとは思うが、俺に「はい」と言わせるためにわざとしている節もある。
この古狸め。
俺は心の中で悪態をついた。
黙々と作業を続けていると、俺の部屋に施してあった結界に何者かが触れた。
俺は陛下にその旨を伝え転移魔法で退室した。
部屋の前に転移するとあの分厚い本を持ったエリィが部屋の中を見回していた。
読み終わるにはまだ早いだろう。
「なんか用?」
後ろから声をかけるとエリィの肩が跳ね上がったが、俺だと認識すると安堵の表情を浮かべた。
話を聞くと10日かかると思われた本を2日で読んでしまったらしい。
目の下にできた隈と青白い顔が物語っていた。
どれだけやる気だよ。
俺はエリィから本を取り上げソファーに座るよう促し、奥の部屋でお茶の用意をした。
いちいちお茶を入れに行くのが面倒で普段マグカップを使っていたため、ティーカップなる上品な物はなかった。
嫌なら飲むな。とばかりにお茶を出した。
しかしエリィは気にする様子もなくマグカップに口を付けた。
向かいに座り魔法の訓練について話をすると、エリィは明らかに落胆した。
落胆の理由を尋ねるとエドワードとの婚約破棄を申し出ている最中で婚約破棄が成立したら王宮に入れないとのことだった。
エドワードの婚約者ということはやはりエリィはウォルター侯爵の娘ということか。
お茶をすすりながら一人納得した。
エリィを王宮に入れることくらいは簡単にできる。
だが、あの古狸が素直に許可証だけくれるとは思えない。
嫌だけどコツを教えると約束した手前なんとかするしかないか。
俺はエリィに2日後に再度来るよう話して帰した。
エリィが帰ったあと回廊に出ると話し声が聞こえてきた。
エリィとエドワードだ。
立ち聞きするつもりはなかったが二人の不穏な空気に様子を窺うことにした。
「お前はいつも可愛くない。もう少しフィリスを見習ったらどうだ」
フィリスが誰かは知らないが、誰かと比べるとか最低だろ。
エリィも怒りをあらわにした。次の瞬間、エドワードが手を振り上げた。
それは駄目だろ。
俺は咄嗟にエドワードの腕を掴んだ。
腕を掴まれたエドワードは呆気に取られたが、状況を理解すると俺を睨んで威嚇してきた。
「お前、私が誰かわかっているのか?」
お前こそ偉そうに何様だよ。
エリィは俺達のやり取りをハラハラしながら見ていた。
たぶん俺が不敬罪になるとか考えているんだろうな。
「お前のせいでエリィがこんなに怯えている」
ちょっとからかうつもりでエリィの手を取り少し笑顔を見せると、二人が面白いくらいの反応を返してくれた。
二人とも冷静に考えればエドワードが第一王子だって俺が気付いていると考えられそうなものなのに。
俺は二人の反応に笑いをこらえた。
その後エドワードは虚勢を張って去っていった。
エドワードが去ると青白い顔をしたエリィが謝罪してきた。
別にエリィが謝る必要ないでしょ。
しょんぼりした姿がやっぱり犬みたいで思わず頭をなでた。
「師匠、助けてくれてありがとうございました」
エリィの笑顔に頬が熱を帯びた。
仕方ない。弟子のために一肌脱いでやりますか。
エリィが今度こそ帰ったのを確認して、俺は朝以外決して訪ねない陛下の執務室へと向かうのだった。
読んで頂きありがとうございます。
次話はエリィパパ視点になります。