第一子誕生
トボトボと部屋から立ち去る大人二人とその二人に檄を飛ばすかかあ天下とそれを静かにお見送りする眼鏡が退室するとゼオンは私の傍に腰掛けた。
「エリィ。子供が産まれるまでは光魔法は使わない方がいい」
意味が分からず目を瞬いていると入口から懐かしい声が聞こえてきた。
「それに関しては私から説明させてもらうよ」
「サマナさん!?」
王家が管理するアテリア草研究所の所長でもあるサマナがなぜここに?
「王様に拉致されたんだよ」
首を傾げる私にサマナが呆れながら説明してくれた。
思わずジト目でゼオンを見るとゼオンは慌てて訂正した。
「拉致じゃないから!ちゃんと皆には連れて行くって言ってるから!」
「突然転移術で現れて一言も発する間もなく連れて行くのは拉致と一緒だよ」
「ゼオン…」
「いや…だって…一大事だったし…」
さすがに悪いと思ったのかゼオンが縮こまった。
今回は子供の件もあったしゼオンも必死だったのだろう。
「私が倒れてしまったせいで迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。ゼオンも頼れる人がサマナさんしかいないと焦ってしまっての行動だったと思うのでお許しください」
頭を下げるとサマナが吹き出した。
「別に怒っちゃいないよ。それよりも珍しい現象を見れて連れて来てもらえて感謝しているくらいだよ」
「珍しい現象?」
「実はエリィが倒れる直後に異様な闇魔法を感知したんだ。それで慌てて転移して来たんだけど庭で倒れているエリィを見て驚いたよ。闇魔法に包まれて誰も触れられない状態だったから…」
闇魔法って使えるのはゼオンだけじゃないの!?
驚く私にサマナが補足した。
「これは私の憶測だけど、恐らく王妃様のお腹の子は闇魔法に特化した子なんだよ。護衛騎士さんの話では闇魔法が発動する前に治癒魔法を使ったんだろ?」
記憶を辿ると紙で切った指を直すために治癒魔法を使った覚えがある。
「恐らくお腹の子は相反する力を感じて魔力を暴走させたんだ。そもそも上位魔法を使える者はこの国でもほとんどいないのに、光と闇が一つの体の中に別々で存在すること自体が初めてかもしれないからね」
確かにゼオンも私も訓練してから使えるようになった力だし…ということは。
「この子、天才!?」
目を輝かせる私にゼオンは苦笑いを浮かべ、サマナは溜息を吐いた。
「あんたね。闇に飲み込まれそうになっていたっていうのに何を暢気に…」
そういえば闇の中で彷徨っていて怖かったような…。
…ん?それってつまり…。
「私、死にかけてた!?」
大きくコクリと頷く二人を見て青ざめた。
自分の子供に殺されるとかシャレにならん!!
「子供も大きくなってきて魔力量が増えた結果だとは思うけど、感情の抑制がきかない以上いつ暴走するかはわからない。サマナの助言で闇魔法を流せば抑えられることは分かったけど、発動させないに越したことはない」
「それで光魔法を使うなってことね」
まあ光魔法ったって日常的に使っているのは治癒魔法くらいだから使用禁止になっても問題はないと思うけど。
なんたって私は魔法が使えない日本人だったから使えない生活などお手の物よ。
「分かったわ。子供が産まれるまで光魔法は使わないようにするわ」
こうして光魔法禁止生活が始まったのだった。
痛い…。身体のあちこちが…痛い。
光魔法を禁止してからというもの私は日々、痛みと戦う羽目に。
今朝も足がつって咄嗟に治癒魔法を使おうとしてしまいゼオンに止められたのだが、痛みに悶絶する私を心配したゼオンが私の足の指をそらして緩和させるという原始的な方法で解決してくれた。
王様としてのゼオンしか見ていない人達にはきっと驚きの光景かもしれない。
治癒魔法が使えるようになってからはちょっと痛かったり辛かったりしたらすぐに使っていたから、使い過ぎていた付けが回ってきたようで、気付けば私の体は治癒魔法を使わないと痛みに耐えられない体になってしまっていたのだ。
日本人だった時はスマホの無い生活なんて考えられないと思っていたが、今となっては魔法の無い生活なんて考えられないに変わってしまった。
人間、楽を覚えるとダメになっちゃうんだよね。
今日も臨月になったお腹を支えながら腰の痛みに耐え王宮の庭を散策していた。
治癒魔法が使えないという問題と安定期に入ったということもありゼオンの強い要望で王宮に帰ってきたのだが…。
「エリィ。痛いなら無理しないで」
治癒魔法を使いそうな私を心配したゼオンがほぼ付きっきりで傍にいてくれている。
そのため執務中も傍にいないと落ち着かないというゼオンの為に執務室で子供用の編み物をして時間を潰している。
一度執務の邪魔になるから部屋で編み物をすると話をしたのだが、反対するゼオンよりもその後ろで力強く頷きゼオンに同意している文官達の様子が尋常ではなく、その思いを汲み取った結果今に至る。
こんなにのんびり過ごせるのも執務を手伝ってくれている旧コンビのお陰もあるが。
闇魔法の暴走もなく無事に過ごせているのは皆に助けられているからだね。
赤ちゃんに語りかけるように大きくなったお腹を優しく撫でた。
ドクンッ!
突然、心臓を鷲掴みにされたような苦しさに襲われた。
「…ゼ…オン…」
「エリィ!?」
伸びてきたゼオンの腕にもたれるように意識を失った。
再び私は暗い闇の中に立っていた。
また闇に飲み込まれてしまったの!?
恐怖と不安が押し寄せて無我夢中で走り出した。
「ゼオン!どこ!?」
以前出現した手を探して叫び走り続けるも私の声は闇の中へと吸い込まれていった。
前回は相反する光魔法に驚いて暴走した結果だった。
今回は光魔法を使っていないのに何故?
臨月に入り、赤ちゃんはいつ産まれてもおかしくない状態だ。
「もしかして…外の世界を恐れている?」
この闇から感じるのは恐怖と不安。
そうか。この闇は赤ちゃんそのものなんだ。
そう考えると先程まで感じていた恐怖が消えて安心させてあげたいという気持ちが膨れ上がった。
「大丈夫だよ。お母さんとお父さんがあなたを守ってあげるから」
私は闇を包み込むように光魔法を放つと闇は小さくなっていき黒い赤ちゃんが私の腕の中にいた。
「皆、あなたが産まれてくるのを楽しみにしているから、怖がらなくてもいいのよ」
黒い赤ちゃんの額に口付けをすると赤ちゃんが光り出し…。
「おぎゃあああああ!!」
けたたましい泣き声に目が覚めた。
「エリィ!!」
今にも泣き出しそうなゼオンの握る手の感触に戻ってきたことを実感した。
「ゼオン…私…」
「エリィが闇魔法に飲み込まれたあと、前回と同じように闇で抑えようとしたんだけど抑えられなくて…目が覚めて良かった…」
私の額に額を当てるゼオンの熱に生きている喜びを感じ、どちらからともなく微笑みあった。
「…あの…」
そんな私達の様子を窺いながら赤ちゃんを取り上げた医師がおずおずとおくるみに包んだ赤ちゃんを抱きかかえ声をかけてきた。
しかし赤ちゃんを抱く医師はどこか困惑しているようで私とゼオンは首を傾げて赤ちゃんを受け取ると…。
一難去ってまた一難!
「ゼオン!私、不倫してないからね!!」
絶対にこの子はゼオンの子で間違いないがゼオンの反応が怖くて真っ先に否定した。
なんと私とゼオンの子は…金髪碧眼の子供だったのだ!
これなんかドラマとかでよくある『俺の子じゃない!』パターンのやつ!?
「信じて!絶対にゼオンの子で間違いないから!」
ゼオンにしがみつき必死に訴える私とは対照的にゼオンは落ち着いた様子で私をなだめた。
「エリィ。冷静になって。フリーデン王家は代々金髪碧眼家系だし、俺の父も金髪碧眼だったから同様の子が産まれてもおかしくはないよ」
それでも顔面蒼白の私にゼオンは優しい眼差しで赤ちゃんの頭を撫でた。
「それに闇魔法が使える子供なんて俺の子以外いないでしょ」
…確かに。なによりもの証明だ。
一瞬で冷静になった。
バカみたいに焦った自分が可笑しくて、ゼオンが自分を信じてくれていたことが嬉しくて笑い出すとゼオンも可笑しそうに笑い出した。
「そういえば名前なんだけど…」
実はゼオンが執務中にあれこれ考えていて紙に候補を書いていたのだ。
その紙を持って来てもらおうと話をしようとしたところでゼオンの目が輝いた。
「そうなんだ。名前、考えてみたんだけど…」
ゼオンが胸元から取り出した紙に絶句した。
巻物か!?
ゼオンが広げた紙は床にまで到達し、そこにはズラーっと書かれた沢山の名前候補が。
「思いついた時に書いていたら選びきれなくなっちゃって」
二難去ってまた一難。
今度はたくさんの名前候補からお互いが納得する名前が決定するまでディスカッションが行われたのだった。
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