安定期の異変
穏やかだな~。
「そろそろですね」
子爵邸の庭でティータイムを楽しむ私に護衛中のルイゼルが声をかけてきた。
本日3度目の訪問ですか。
突然私とルイゼルの前にある人物が転移術で姿を見せた。
「エリィ。調子はどう?大丈夫?」
妊娠が発覚してからというもの、ゼオンは数時間おきに転移術で姿を見せては私の安否を気遣ってくれている。
愛されているのはわかる。
物凄く伝わっている。
だがしかし…!
「ゼオン。仕事は大丈夫なの?」
そう。今のゼオンは私のやるべきだった仕事も抱えているから仕事量が膨大なのだ。
それなのに一日に何度も会いに来て心配になるのは当然だ。
一度ルイゼルにその悩みを打ち明けたらあいつ何て言ったと思う?
「陛下なら魔術でなんとかしそうですが」
シャレにならん!
そのうち分身とか作ってオリジナルが一日中私の傍に居座りそうだ。
いや。それよりも魅了の術とかかけて自分の意のままに操る羽ペンとか作りそう!
そういえば某魔法学校の世界でもそんなのあったよね?
絶対提案出来ない!
「仕事の心配はいらないよ。頑張っているから」
副音声で『文官達が』と言っているように聞こえるのは気のせいだろうか…。
「そんなことよりも、まだ王宮には帰れないの?」
ゼオンが私のお腹をさすった。
そうなのだ。つわりも落ち着きお腹の赤ちゃんも蹴るようになり、ようやく安定期に入っただろうと医者も言っていた。
「そうだね。体調もいいし、そろそろお医者様に聞いてみようかな」
ゼオンの顔がぱあっと明るくなった。
「返事が分かったらすぐに早馬で知らせてね」
私の頬にキスをするとゼオンはそのまま転移術で仕事に戻って行った。
早馬で知らせるよりあなたの方が先に来そうですけど…とは言えなかった。
妊娠が発覚してから色々大変だった。
まず妊娠が発覚した直後の会議で本当に王宮を子爵邸の隣に立てる話が出ていたのだ。
決定になる前に慌てて扉を開けた私から一言。
「王宮が建つ前に子供が産まれるから!!」
ゼオンと父はハッと我に返った。
相当テンパっていたようだ。
阻止出来て本当に良かった。
冷血男も傍観してないで止めろよ!!
ゼオンが毎晩泊まりに来る話は警護の問題はあったが、最強魔術師のゼオンの命を狙うことなど不可能に近いと本人が断言するためこれに関しては妥協した。
だって認めないと子爵邸を仮設の王宮にすると言い出したからだ。
子爵邸が仮王宮とか…狭すぎでしょ!!
どこにそのスペースがあると!?
そして冷静に考えて下さい。
準備している間に安定期に入るということを。
初子、初孫に浮かれる二人の発想が突飛すぎて途中『それなら子爵邸を王宮にしたら…』と一瞬引きずり込まれてしまいそうになっていた。
ルイゼルの咳払いで目が覚めたけど。
回想にふけりながら読んでいた魔術書を捲ると紙で指を切ってしまった。
ゼオンがいない時で良かった。
いたら大騒ぎになっていただろうから。
私はいつものように治癒魔法をかけ、傷を治したのだが…。
全身から黒いモヤが出現すると同時に心臓が圧迫されるような感覚に陥った。
「ルイゼル…なんか…苦しい…」
慌てて駆け寄るルイゼルの姿を最後にそのまま意識を失った。
誰もいない真っ暗な闇の中を一人彷徨っている。
出口が見つからず不安と恐怖が襲ってきた。
ここはどこなの!?
必死で走り出口を探していると暗闇の中から手が現れ咄嗟に掴んだ。
「エリィ!?」
目を覚ますとゼオンのドアップが。
何?何が起こったの?
「良かった!」
困惑する私をゼオンが抱きしめた。
「丸一日意識を失われていたのですよ」
ゼオンの後ろに立つルイゼルの言葉に目を見開いた。
「赤ちゃんは!?」
「大丈夫。母子ともに問題はないって」
ゼオンが少し体を離すと私の頬を優しく撫でた。
それを聞いて安心したと同時に不安になった。
「どうして急に意識がなくなったんだろう…」
また同じようなことが起きれば赤ちゃんが無事とは限らなくなる。
原因を考えないと…。
私が考え込んでいるとゼオンとルイゼルが顔を見合わせた。
「エリィ。それについてなんだけど…」
ゼオンが何かを言いかけたところで廊下が騒がしくなり扉に目を向けた。
「エリィちゃん!無事か!?」
入ってきた人物に思わず姿勢を正そうとしてゼオンに止められた。
「先代。エリィを驚かせないで下さい」
「そうですよ。突然淑女の部屋に入るなど失礼ですよ」
ゼオンと続いて入ってきた王太后に叱られた先代王は縮こまってしまったが、大物揃いで私の方が縮こまりそうだ。
「孫嫁と曾孫が心配だったから…」
人差し指を子供のようにツンツン突きながら口を尖らせた。
私は可愛いと思うが私以外の全員が呆れ顔を向けている。
その先代王の姿にゼオンが何かを考え込むと立ち上がりニコリと笑った。
「先代王。良い所に旅行から帰って来てくれましたね」
部屋にいた全員が何かを察し、先代王に至っては逃げ出そうと踵を返すもゼオンに肩を掴まれて青ざめた顔で振り返った。
ご高齢なのでお手柔らかにね。
「この通りあなたの可愛い孫嫁と曾孫は危険にさらされています。俺はエリィの傍にいたいので優秀な誰かが執務を代わりに行ってくれるととても助かるのですが」
これは絶対断れないやつだ。
「ゼオン…私は引退した…」
「先代王が再び執務に戻られたらきっと文官達は喜びますよ。それに王妃の父であるウォルター子爵も手伝って下さるでしょうし」
廊下で部屋の様子を見守っていた父の肩が跳ね上がった。
「いや…私は降格した身ですし…」
「今は国の一大事です。先代王の臨時補佐として王から任命させて頂きます。二人で片付ければ国も安泰ですね」
なんだか大袈裟な気もするが、ここから動く気の無いゼオンの代わりとしては最高の適任者ではある。
ゼオンの有無を言わせないにこやかな笑みを向けられた元王様と元宰相は「…はい」と頷いたのだった。
さすがは元コンビ。息ピッタリだね。
読んで頂きありがとうございます。




