弟子ゲットする(ゼオン視点)
王宮に住むようになって6年の月日が経った。
政務を手伝いながら王太子殺害事件の調査を進めている内に王国の内情が見えてきた。
魔術師が異端とされている理由。
これは20年前に起きたネルド王国滅亡が始まりだった。
ネルド王国はフリーデン王国の隣国にあたる小さな国だったのだが、一夜にして滅びることになった。
原因はネルド王国の魔術師がかけた魅了の術とされていた。
魅了の術をかけられたネルド王国の騎士たちは半狂乱の状態で周辺諸国に攻め込んだ。
周辺諸国はそれぞれ応戦し、各国から攻撃の応酬を受けたネルド王国は成すすべなく滅びた。
フリーデン王国も例外ではなく、当時王太子就任1年目の父が部隊の指揮を執った。
父はこの功績が称えられ、人々から英雄扱いをされるようになった。
しかし攻め入られた恐怖に人々は魔法というものを恐れるようになった。
滅びたあとのネルドの領土は周辺諸国に分割され、フリーデン王国に与えられた土地は現在ピッツバーグ公爵領となっている。
決定的に魔法が畏怖されるようになったのは父が行方不明になってから1年後のことだった。
父には弟がいたのだが、父の代わりに王太子に就任する前夜に突然病死したのだ。
父が行方不明になったのは弟が謀ったからではないかと噂されていたため、魔力の高かった父が弟を呪って殺したと広まってしまった。
陛下は民にどちらも魔法との因果関係がないことを公表するも、人々に植え付けられた恐怖は簡単には消えず今も魔法が恐れられたままとなっている。
俺を王宮魔術師扱いにしたのも誤解を解いて欲しいとの思惑が見え隠れしている気がする。
ちなみに亡くなった叔父の息子がエドワードであり、俺の従弟にあたる。
調べれば調べるほど父の命を狙いそうな人物が増えていった。
父が周辺諸国と協力し滅ぼしたネルド王国の残党、王位を狙っている五大公爵、叔父である実弟…など。
だが調べていて一つだけ気にかかっていることがあった。
ネルドの狂戦士についてだ。
当時この戦いに参加していた兵士に話を聞いたところ、ネルドの狂戦士に交じって異形の魔物がいたと話していた。
人より少し身体が大きい魔物だったが、狂戦士たちに混ざり襲ってきたらしい。
異形の魔物…。
父を 母を 襲った巨大な魔物の姿がちらついた。
俺は異形の魔物とネルドについて調べることから始めることにした。
家に突然現れた異形の巨大な魔物。
この魔物を転移するには自分や母程の魔力量なら一人でも転移することは可能だ。
しかし魔術師の天才が揃う王宮魔術師を使っても6人は必要になる。
転移するための魔術師が4人と魔物が転移するまで結界を張っておく魔術師が2人。
眠らせてからの転移も考えたが、転移直後に目覚めなければ意味がない。
とすると転移してから魔物化したのか…。
部屋には魔物や転移に関する本、転移に必要な魔力量の実験のための魔法陣が床に山積みとなっていった。
手詰まりになりかけたある日、本屋からネルド王国の日記を入手したと連絡を受け急いで本屋に向かった。
本屋の倉庫に通された俺はそこでネルド王国の薬師の日記を手渡された。
そこには心臓に作用する薬を作ろうとして、飲んだ者が狂暴になる薬が出来上がってしまったと書かれていた。
俺は本屋の親父にお礼を言い、本屋の倉庫から出た。
出口に向かう途中で人にぶつかった。
「悪い…」
相手が落とした本を拾い、手を止めた。
このご時世に魔法の本?
どんな奴が読むのかと顔を窺うと、銀髪を後ろで結った少しきつめの印象の淡い紫の瞳をした平民を装っているが貴族にしか見えない少女が立っていた。
少女からは魔力を全く感じないのに光の粒子のような精霊がたくさん集まっていた。
精霊は魔力の多い人間を好む傾向があるため、とても不思議な光景だった。
魔術師として少し興味深かった。
少女は本を返そうとしない俺に痺れを切らしたのか手を出してきた。
俺は少女の手に本を乗せて魔法に関わるとどうなるか警告してやった。
「異端者になりたいなんて変わり者だね」
興味はあるが二度と関わることはないだろう。
本屋をあとにした。
自室に戻り日記を読み進めた。
日記に書かれていた心臓に作用する薬とは、ネルド王国にある標高の高い山でのみ生息するアテリア草と呼ばれる草から作られている。
山に入った旅人が遭難したとき冷えと飢えに苦しみ近くにあったアテリア草を食したところ、瞬く間に冷えが改善したらしい。
この話を聞いたネルドの薬師はアテリア草が循環系統に作用するのではと考えそこから実験が始まった。
その後の日記にはアテリア草を食したあとの症状と経過観察が記載されていた。
最初は好影響をもたらしていたアテリア草も、食すうちに性格が狂暴になってきたなどの症状が出始めた。
薬師はこの草は使うべきではないと判断し、ネルド王に進言するもネルド王はアテリア草の実験を今後は王宮で継続することを決めた。
そして薬師の日記はそこで終わっていた。
俺は日記を閉じて地図を広げた。
アテリア草が生息する標高の高い山。
ネルド王国だった場所を指でなぞりながら一番標高の高い山の山頂で指を止めた。
そこは現在、ピッツバーグ公爵領となっている場所だった。
翌日、毎朝の義務である政務の手伝いのため陛下の執務室を訪れていた。
「アテリア草か…」
陛下が日記に目を通した。
「現在、アテリア草が生息している山はピッツバーグ公爵領になっています。一度その草を調べてみたいのですが、採取しに行かせてもらえませんか」
陛下に要請するも陛下は渋い顔をした。
「この件に関してはこちらで調べておこう。お前は引き続き魔物の件を調べなさい」
「そんな…!」
「話は以上だ。下がりなさい」
納得は出来なかったが権威を利用する代わりに陛下の指示に従う約束をした以上、逆らうことができず言葉を飲み込んで退室した。
イライラした足取りで回廊を歩いていると後ろから声がかかった。
立ち止まり振り返るとウォルター侯爵が陛下の執務室から追いかけてきた。
「何か用ですか」
自分でも不機嫌だと分かる声が出た。
ウォルター侯爵は少し困ったような顔をした。
「ゼオン殿、納得できないとは思いますが陛下も心配なさってのことです」
俺が王位継承権の保有者であることを公にしたくないと頼んだ時から侯爵は『殿』呼びをしてくれている。
「陛下はもし犯人があの家の者ならゼオン殿が来ることをこれ幸いと動き出すことを危惧されているのです」
ウォルター侯爵は声を潜めた。
「ですのでこちらのことはお任せ下さい」
ウォルター侯爵は淡い紫の瞳を細め優しい笑みを浮かべた。
そういえば昨日会った少女も侯爵と同じ瞳の色をしていたな。
俺は昨日出会った少女を思い出した。この二人って親族か?
侯爵は頭を下げてその場を辞した。
気持ちが少し落ち着いた俺は自室に向かって歩みを進めた。
部屋の近くの回廊で銀髪の少女がウロウロしていた。
精霊が漂っているのに魔力がない。一目で昨日の少女だと分かった。
こんなところまで入って来られるってことは第一王子の婚約者か?
「もしかしなくても…迷子になった」
不安そうに呟く彼女を放置して部屋まで転移しても良かったが、王宮で野垂れ死なれても困る。
仕方なく声をかけることにした。
「邪魔」
城門の場所を聞いてくるかと思ったが何も言わないので通り過ぎようとすると突然後ろに引っ張られた。
なんとか踏みとどまったが、もう少しで尻餅つくところだったぞ!
俺は彼女を睨んだ。
彼女は俺の睨みにも怯まず目を輝かせながら「王宮魔術師の方ですか!」と尋ねてきた。
目の輝きが昔山で飼っていた犬みたいだ。餌を与える前のな。
話を聞くと彼女は魔法に対する偏見はなく、魔法を使うと異端者扱いされることも知っていた。
正直魔力を全く感じない事に興味はある。
もし本気で魔法を使いたいと思っているならコツくらい教えてやるか。
「コツだけだからな」
「はい!師匠!!」
師匠って誰よ。恥ずかしいからやめてくれない。
抗議の目を向けるも犬は目を輝かせ尻尾を振っていた。
こうして俺は変な弟子をゲットしたのだった。
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