実家に帰らせて頂きます!(後編)【コミカライズ発売記念】
ゼオンが帰った後、久しぶりに父と食事をすることになった。
「…食べ過ぎじゃないか?」
父も使用人も食事にがっつく私を呆然と眺めている。
料理長だけは涙を流して喜んでくれていた。
「怒ったせいかお腹が空いたんです」
本当はかぶりつきたい大きめに切り分けた肉をフォークに挿しながら答えた。
「そ…そうか…」
「お父様は食べないのですか?」
「その姿を見ているだけで満たされるよ」
結局最後まで父の食は進まなかった。
お腹いっぱい!!
自室のソファーにもたれながらお腹をさすった。
さて今から何しようかな?
………。
そういえばこの時間っていつもゼオンと魔術の勉強をしたり、ゼオンと今日の出来事についての報告をし合ったり、ゼオンと…ってゼオンはいいから!!
立ち上がり呼吸を落ち着かせると静寂に包まれた室内に寂しさが…寂しくないもん!!
もう寝ようとベッドに向かおうとして扉が叩かれた。
ドキリと心臓が鼓動した。
もしかしてゼオンが迎えにきてくれた?
しかし次の瞬間、ドキドキはガッカリに変わった。
「少し話をしないか?…エリィ?」
期待していた人物の声じゃなくて気落ちしていると、返事をしない私を心配した父が再度声をかけてきた。
「あ…はい。どうぞ」
返事をすると父が室内に入ってきた。
二人で向かい合いお茶を啜った。
昼間の態度を怒られるのだろうかと不安に駆られた。
父はティーカップを口から離すと口を開いた。
「王妃は辛いか?」
父が何を言いたいのか分からず口を開けたまま停止した。
「国のために働くというのは簡単な事ではない。理想ばかりを追い求めていいものでもないし、時には非情な決断をしなければいけないこともある。上に立つ人間になればなるほどそれは著明に現れる」
父も元宰相。反感を買うような決断も沢山してきたのだろう。
「前王など気分転換が必要だと私に仕事を押し付けて逃げ出すことが多くて困ったものだったが…」
父が遠い目をした。多いという言葉では補えないくらい押し付けられた回数が多かったのだろう。
「その点、お前やゼオン殿は泣き言も言わずによく頑張っていると感心していたんだ」
「それなのに帰って来てしまった事を怒っていらっしゃるのですか?」
恐る恐る尋ねると父は柔らかく笑い首を振った。
「たまには息抜きをして欲しいと心配していたんだ。二人とも真面目だから」
それは前王が不真面目とも聞こえる。
「確かに国の象徴の行為としては今回の事は褒められたものではない。だがエリィもゼオン殿も私にとっては大事な娘と娘婿だ。辛い時や苦しい時の逃げ道くらいにはなってやりたいとも思っている」
父は私が結婚してからは名前ではなく敬称で呼ぶようになっていた。
だけど今回は父として私やゼオンと向き合ってくれているんだと知り涙が込み上げてきた。
「お父様…私、お父様の娘で良かったです」
目から零れ落ちる涙を拭きながら伝えるとハンカチを渡された。
それを手に取り鼻をかむと苦笑いをされた。
「それ。ゼオン殿のハンカチではするなよ」
ゼオンなら受け止めてくれそうだけど?
父は立ち上がると私の頭を撫でた。
「今日は早く寝なさい。明日落ち着いていたらゼオン殿と話をするんだぞ」
そのまま退室していった。
父と話し、気持ちが落ち着いた私は早くゼオンに会うためにベッドに直行したのだった。
深夜。寝返りを打った先の布団が冷たくて目が覚めた。
いつもなら隣にはゼオンが寝ていて寒く感じる事などなかった。
冷たく無機質なシーツを撫でた。
一人用のベッドが広く感じる…。
寂しさを紛らわすため目を強く閉じて眠ることに集中した。
微睡みの中、誰かが私の頭を撫でている感覚に包まれた。
薄っすらと目を開けるとそこには会いたいと思っていた人物がいた。
「起こしちゃった?」
「…ゼオン?」
「うん」
体を起こすとゼオンが私の頬を撫でた。
「どうしてここに?仕事は?」
「エリィがいないと眠れなくて…。朝一で会いに来たんだ」
会いたかったゼオンを目の前にした私は堪えきれずに飛びついた。
「エリィ。ごめんね。こんなに苦しめる事になるなんて思ってなくて…」
「私の方こそごめんなさい。大人気ない行動をしてしまって」
「エリィは悪くないよ。そういう噂がある事をきちんと話しておかなかった俺が悪いんだ」
「どうしてあんな噂が流れたの?」
ゼオンから少し体を離して尋ねるとゼオンが疲れ切った顔で溜息を吐いた。
「伯爵家の横領を調べるために視察に行ったんだけど、そこの伯爵と伯爵令嬢が側妃にしろってしつこくて。思わず『最愛の妻より好きになることがあれば考えますよ』って言ったら何を勘違いしたのか『自分は側妃になれるんだ!』って令嬢が言いふらし回って…。俺の愛妻家は有名な話だからエリィより好きになることなんかないって誰でも知っていると思っていたんだけど」
確かに二つの意味にとられてしまうかもしれない。
私とゼオンを知っている人なら天地がひっくり返ってもないと判断できるけど、そうじゃない人には迫ればチャンスがあるかもと考えてしまう可能性はある…。
「でももう心配はいらないよ。昨日のうちに片付けておいたから」
とっても良い笑顔のゼオンに恐怖を感じた。
片付けって正当な片付け方ですよね?
「そもそも横領の証拠の帳簿が魔術で隠された部屋に隠してあるから俺が出向く羽目になってエリィを苦しめる事にもなったんだ。そうでなければもう少し穏便に片付けてやるつもりだったのに。まあ今頃は地下牢で泣いているんじゃないかな」
穏便じゃない片付け方をしたんですね。
生きている事にはホッとしたけど…。
「それで?エリィは帰って来てくれるの?」
ゼオンが優しく私の頬を撫でた。
「どうしてもって言うなら帰ってあげてもいいよ」
素直じゃない自分に呆れつつゼオンの反応が見たくて楽しんでいる自分もいる。
「エリィが隣にいないと眠れないから帰って来てくれないと倒れるかも」
「それはダメ!!」
食い気味でゼオンの胸倉を掴むとゼオンがコツンと額を合わせた。
「帰って来て。エリィ」
「…うん」
キスする場面に目を閉じたのだが…。
うっぷ…。
思わず自分の口を塞いだ。
「ごめん…気持ち悪い…」
私はトイレに向かって走り出し、吐き出した。
「そんなに嫌なの…」
追いかけてきたゼオンは私の背中さすりながらショックを受けているようだがそうではない。
「多分、昨日やけ食いしたのがいけなかったのかも…」
「エリィ!大丈夫か!!」
勢いよく扉が開いた。
今度は何だ!?
うぇ…。
吐いているため状況は確認出来ないがどうやら父が入ってきたようだ。
覗き見していたのがバレバレですよ。
「す…すぐに…すぐに医者を…!」
落ち着いて。ただの食あたりですから。
「医者をお連れしました」
ざわつく部屋にいつもは怖いだけの冷たい声が聞こえてきて安堵した。
この声に救われる日が来るとは!
「最近王妃陛下の情緒が不安定だったのでもしかしてと思いお呼びしました。まずは診てもらいましょう」
淡々と職務をこなすルイゼル。グッジョブ。
便器に顔を突っ込みながら親指を立てると、騒がしい二人を連れて室内を出て行った。
吐き気が収まりベッドに移動するといくつかの問診と診察が行われた。
「なるほど…。これは陛下も一緒に聞いて頂いた方がよろしいですね」
深刻そうな顔の医者に不安が増した。
まさか…私、死ぬとか?食あたりで?
医者が扉を開けるとゼオンと父が雪崩れ込んできた。
『エリィ!無事か!?』
二人が声を揃えて聞いてきた。
さ…騒がしい…。
「陛下。王妃陛下は…」
真剣な医者の顔に握り合っている私とゼオンの手に力が入った。
「ご懐妊でございます」
懐妊…?懐妊って…。
「妊娠したって事!?」
「はい!おめでとうございます!」
「ゼオンとの子供…?」
「陛下以外の子供でしたら大問題ですよ」
ツッコむルイゼルを無視してお腹をさすった。
顔を上げると同じくじわじわと嬉しさが込み上げてきたゼオンと視線が絡み合い…。
「ゼオン…!」
「エリィ…!」
両手を広げて抱きしめ合おうとした瞬間。
「それでしたらしばらくは王宮に帰れないということですね」
え??
「そうですね。安定期に入るまでは長時間の馬車の移動は控えられた方がよろしいですね」
ルイゼルと医者の言葉に手を広げたまま固まった。
王宮に帰れない…?
「私、帰れないの!?」
両手を広げたままルイゼルと医者の方に顔を向けた。
「そうなりますね」
なんてこった!
「箒で来たんだから箒で帰れば…!」
「上空で何かあっても誰も対処できませんよ」
ルイゼルの非情な声が響いた。
「それなら俺の転移術で…!」
「魔力を膨大に必要とする転移術を使用したら母子にどんな影響を及ぼすか…。まあ自業自得ですね」
頬が引きつった。
「ルイゼル!言い過ぎだぞ!エリィ!安心して!こうなったら毎晩泊まりに来るから!!」
ゼオンが私の手を強く握りしめた。
「それは警護の関係上難しいかと…」
「大丈夫です!俺がいればエリィには指一本触れさせませんから!!」
たぶん父はゼオンの警護の心配をしているのだと思う。
「いっそうここを執務室にするか…」
ちょっと待て!!
国家機密が書かれている書類を一子爵家に持ち込むな!!
「ここでは王妃陛下が休めませんから別室で相談しませんか?」
ルイゼルの提案に全員が退室したのだが…。
これ、下手すると王宮を子爵邸の隣に建てるとか言い出しかねない!
「その会議!私も参加させてーーーーーー!!!!!」
読んで頂きありがとうございます。




