ロマンスを求めて(前編)
目を覚ますと外はまだ暗くひんやりとした空気に身震いした。
フリーデン王国の冬の訪れだ。
隣で眠るゼオンに抱きつくと寝ぼけながらゼオンが抱きしめ返してくれた。
そういえばこの国って冬はイベントが何も無かったな。
前世でのクリスマスやお正月を思い出し、もう少しこの国を冬でも楽しくしたいと考えた。
冬って寒いけど結構ワクワクしてたよね。
スキー場に遊びに行ったり、イルミネーションを見て歩いたり、雪なんか振ってたら最高だよね…ん?雪?
そういえばこの国って雪が降っているのを見たことがない…。
これは一大事だ!!
「ねえねえゼオン」
寝ているゼオンの頬をペチペチと叩いた。
「エリィ…まだ早いよ…もう少し…」
ゼオンは起きる事なく再び眠りについた。
「ゼオン。聞いて欲しい事があるの」
再びゼオンの頬をペチペチ叩くと布団の中に引きずり込まれた。
ちょっと!
私は何とか布団から這い出した。
「ねえ!ゼオンってば!!」
「どうしたの?エリィ…」
ようやく目を擦りながらゼオンが体を起こした。
「ゼオン、私、魔術で雪を降らせたい!」
「ん?雪?」
「そう!雪!」
「雪って気温が低い国にあるあの白いの?」
私はコクコクと大きく頷いた。
「雪はどうやって作られるのか原理を知らないと無理だよ…ということで話は終わり…」
再び布団の中に引きずり込まれた。
「ちょっとゼオン!私は真剣なのよ!」
抱きしめてくるゼオンの背中をバシバシ叩いた。
「俺も真剣に答えたけど…」
「フリーデン王国一の魔術師がそんなに簡単に諦めてもいいんですか師匠!!」
「まだその設定続くの…?」
眉間に皺を寄せたゼオンの顔を掴み私に向けさせた。
「いいですか。よく聞いてください。雪は…恋を燃え上がらせるんです!!」
ゼオンの目が少し輝いた。
「寒い外にチラチラと舞い散る雪。静かな夜に街灯の光が雪でキラキラ輝いて、恋人達はその中で手を繋いで寄り添いながら白い綺麗な道を歩くの。歩いた後ろには二人が寄り添った足跡が…」
ゼオンの手に指を絡ませてうっとりと語ってみた。
するとゼオンは絡ませた指を握りしめて顔を近付けてきた。
「なるほど…。つまりエリィは…今以上に俺と燃え上がりたいと!」
「何かちょっと違う!」
ゼオンは何が違うんだと首を捻った。
「もうこれは実際に雪を降らせて体験してみないと分からない事だから協力して!」
指を振りほどき鼻息荒くゼオンに迫った。
「まあエリィが降らせたいなら協力はするけど…」
「ありがとうゼオン!大好き!」
しかし抱きついたのが間違いだった。
「エリィから抱きついてくれるなんて嬉しいな」
この後ルイゼルが迎えに来るまでゼオンに離してもらえなかったのだった。
早速公務の合間に雪を降らせる方法を考えた。
雪は寒くなると雨が雪に変わるんだよね?
ということは私の水やりシャワーと草刈り魔法で出来るのでは。
早速特訓場で試してみたのだが…。
どうなったと思う?
四方八方に飛び散った水は魔術師の塔の窓にも勢いよく入り容赦なく本や書類を濡らしてしまった。
窓から顔を出した魔術師達の形相は鬼のようだったが、相手が私だと分かるとペコペコと頭を下げて戻って行った。
ごめんよ。今度弁償するから。
心の中で謝っていると後ろから笑いを堪えた声が聞こえてきた。
「頑張ってるね。エリィ」
傍に来たゼオンは目に涙を溜めて笑いを押し殺していた。
こっちは真剣なのに笑わなくても…。
膨れっ面を見せるとゼオンは私の頭を撫でた。
「ごめん。あまりにも可愛い失敗だったから。協力してあげるからもう一度雨を降らせてみてよ」
私は言われた通り水やりシャワーの魔法を放った。
ゼオンはそれを上昇気流の風魔法で勢いよく空に飛ばした。
私の風魔法と違うのは水が真っ直ぐ上空に飛ばされたということだ。
「エリィもそろそろ草刈り魔法を卒業しないとね」
雪が落ちてくるのを待っている間にゼオンから課題を出されてしまった。
上昇気流の魔法って意外と難しいんだよね…。
しばらく二人で上空を眺めていると小さい粒のような物が空から沢山振って来た。
「あれは…雹だ!!」
私は咄嗟にバリアを張った。
落ちてきた雹はカンカンと勢いよくバリアに当たって跳ね返った。
雹が落ち切るとゼオンは地面に転がる雹を手に取った。
「これが雪なの?」
「これは雹と言って氷の塊だよ」
つまり失敗である。
「新しい魔術に失敗は付き物だよ」
肩を落とす私を慰めてくれた。
「そういえば雪を降らせる魔術ってないよね?」
もしかしたらどこかにそのような魔術があるかもしれないと期待を込めてゼオンを見上げるもゼオンのニッコリと笑う表情から無いということを悟った。
「雪を降らせても役に立たないからね」
つまり魔術にする価値も無いと…。
雪を馬鹿にするなよ!
私が絶対雪を降らせて雪がもたらす恩恵を思い知らせてやるんだから!!
先ずは雪を分析する事から始めてみた。
雪って確か北の方とかでは箒で履けるくらいサラサラしていると聞いたことがある。
でも南の方はベタベタして重みがあった。
あれって水を含んでいる量の違いだったはず。
水の量…。
さっきのシャワーから出来上がったのは雹だった。
もっと細かい水なら…例えば湿気や水蒸気のような…。
先日のゼオンと騎士達の戦いという名のストレス解消の試合を思い出した。
そういえばあの騎士達、火の魔法と水の魔法を組み合わせて水蒸気を発していたな。
水と火と風魔法を組み合わせればもしかして…!
私はスキップしながらゼオンの元に向かった。
「エリィには難しいと思うよ」
開口一番発せられた言葉にカチンときた。
「やってみなきゃわからないじゃない!」
執務机をバンッと勢いよく叩くとゼオンは困った顔をした。
部屋にいた文官達は真っ青な顔をして固まった。
「エリィには説明していなかったけど、二元素の組み合わせはさほど難しくはない。エリィが使っている植物を出す魔術や雷の魔術がそれにあたる」
私は頷きながらゼオンの話を聞いていた。
「けれど三元素を組み合わせるとなると話は別だ。使う元素の量の調整、適した瞬間に元素を発動する条件、そして三種類の元素の配置、これらを全てあの狭い魔法陣の中に組み込まなければいけなくなるから難易度が格段に上がるんだよ」
聞いているだけで頭が痛くなりそうだ。
しょんぼりと項垂れる私にゼオンは助け舟を出した。
「三元素ではないけど…エリィの身近で一つだけ似たような魔術が使われている物があるよ」
私は目を輝かせてゼオンを見た。
ゼオンは口元を緩めながら私を見据えて口を開いた。
「魔法の箒だよ」




