この国で一番強いのは(ゼオン視点)
俺は今、とても不機嫌だ。
何故なら俺の目の前では朝っぱらからくだらない事で爺さん達が言い争っているからだ。
毎朝恒例の元老院の会議らしいが…無くしてしまおうか…。
俺の不機嫌な圧が最高潮に達しそうになったところで黙って聞いていた爺さん達が言い争いをしている爺さん達を止め始めた。
止めれるなら初めから止めろよ。
俺が爺さん共を見据えると、全員が俯き縮こまった。
「これ以上話がないなら今日は解散だ」
「陛下…一つだけ意見してもよろしいでしょうか…?」
俺が立ち上がると爺さんの一人がおずおずと手を上げた。
「なんだ?」
「あの…陛下が王妃陛下とご結婚されてもうすぐ半年が経とうとしておりますが…お世継ぎは…」
言いにくそうに口ごもる爺さんを一睨みすると爺さんは押し黙った。
いつかは話題に出るとは思っていたが、実際に出されると非常に不快だ。
「私と王妃の仲は皆も知っての通り。世継ぎの問題は心配無用だ」
ピシャリと言い放ち会議室を後にした。
イライラした足取りで騎士訓練場に向かった。
目的は一つ。
この不快な気持ちを払拭するためだ。
訓練場に着くとダラダラヘラヘラと訓練している騎士がちらほら目についた。
平和になったからってこれはないだろう!
俺の姿に気付いた何人かの騎士はダラダラヘラヘラしている騎士達に俺が来たことを教えていたが…俺が見逃すはずがない。
黒い笑みを浮かべると訓練所にいた全ての騎士が直立不動で固まった。
「さて…今日はお前たちの実力を見せてもらおうか…そこのお前とお前とお前」
木剣を手に取るとダラダラヘラヘラしていた騎士達に剣先を向けた。
「遠慮なくかかって来い」
指名された三人は真っ青な顔で木剣を構えた。
構えた手は震えていた。
俺に傷を付ける事を心配しているのか、もしくは俺に攻撃する事を恐れているのか…どちらも心配無用だ。
「どうした?さっさとかかって来いよ。それとも騎士というのは見かけだけか?」
挑発すると意を決した騎士の一人が飛び込んできた。
それを軽くいなし背に峰打ちを食らわせると呆気なく気絶した。
「目が覚めたら走り込み100周後に素振り一万回させろ」
訓練場の騒ぎを聞き駆け付けた団長に指示を出した。
関係のない騎士達が震え上がっていた。
視線を残りの二人に向けると肩を震わせた。
しかし二人とも覚悟を決めたのか目で合図を送りあうと一人の騎士が俺に向かって走り込んできた。
その騎士を避けると火の球が俺に目がけて飛んで来た。
俺に魔法を使うとか…面白くなってきた。
火の球を防ごうとバリアを張ると先程避けた騎士が水魔法を放った。
狙いは…水蒸気か!?
水蒸気爆発が起こり、俺の周囲は白く視界が曇った。
が…魔力を感知できる俺には無意味だった。
この隙にと飛び込んできた騎士二人を木剣で袋叩きにした。
「こいつらは少し見込みがあるから半分で許してやる」
団長に指示を出し、少し気分が晴れた俺は訓練場を出ようと出口に足を向けて固まった。
「な…何してるの…ゼオン…」
エリィが訓練場の惨状を見て顔をしかめていた。
俺はエリィの視線から訓練場を逸らせる為に急いでエリィの目の前に詰め寄った。
俺の体で後ろが見えなくなったエリィは体を少し傾けた。
俺もエリィに合わせて体を傾けると今度は逆に体を傾けたため俺も再び体を傾けた。
エリィは訝しそうに俺を見上げた。
「エリィ。俺だけを見て」
エリィの顎を掴み俺の方を向かせてみたが…。
「いや。そんなカッコいい言い方されてもときめかないから…」
白けた表情で見つめられて焦った。
確実に後ろの惨状を知られてる。
「また騎士をいびったの?」
言葉に詰まり視線を逸らすとエリィは少し体を傾け俺の後ろに目を向け眉間に皺を寄せた。
そんなに酷い惨状ではないと思うが…振り返ると一瞬だけ項垂れている騎士達の姿が目に入った。
騎士達は俺が振り返ったのに気付くと直ぐに姿勢を正した。
こ…こいつら!エリィに訴えやがった!!
「ゼオン…あまり酷い仕打ちは駄目だよ。程よく厳しくね」
「…はい…」
エリィに注意されたら…頷くしかないだろう!!
悔しい気持ちが込み上げるもエリィが微笑むから荒みそうな心も落ち着いた。
「それよりゼオンに話があるんだけど…」
エリィはチラリと後ろの騎士達を気にしていた。
ここでは話せない話かな?
俺はエリィを連れて訓練場を出た。
団長に全員の走り込み100周と素振り一万回をこっそり命じて。
誰もいない中庭に出るとエリィは上目遣いでこちらを見上げてきた。
この可愛い仕草をする時は…絶対俺にとって良くない話だ!
「あのね、ゼオン…」
エリィは言いにくそうにモジモジしている。
可愛いが…可愛すぎるが…嫌な予感しかしない!
「規則正しい生活って大事だと思うの」
「え?うん…そうだね」
意図が分からず曖昧な返事になってしまった。
「ほら私達、睡眠時間が少ないじゃない」
「そ…そうだね」
今朝も空が明るくなるまで仲良くしてたしね。
エリィは意を決したように顔を上げて真剣な眼差しを俺に向けた。
これは俺が嫌だと言えないやつだ!
「お世継ぎの為にも夜は時間を決めようと思うの!」
爺どもエリィに泣きつきやがったな!!
全てが繋がった瞬間だった。
あの爺ども一掃してやろうか…。
「駄目よ、ゼオン。これは私達の義務でもあるのだから。私達が頑張らなきゃいけない事でしょ」
悪い顔になっていたのかエリィに諫められた。
「で…でもこれは授かりものだからいつかは…」
「授からずにゼオンが側妃を迎えたら…離婚するから」
エリィの声音が少し下がった。
爺ども!エリィになんてことを吹き込んだんだ!
「エリィ!側妃なんてことには絶対にならないから!」
「じゃあ協力してくれるのね」
俺の唯一の楽しみが…泣きたい…。
項垂れつつ首を縦に振った。
「お世継ぎが出来るまでだから」
エリィは俺の手を握った。
少しだけ顔を上げると優しく微笑むエリィに負けを認めた。
「わかった。エリィに従うよ」
手を握り返し、額を合わせた。
どんな奴も力や圧でねじ伏せられる自信があるが、エリィには絶対に勝てない。
嬉しそうに笑うエリィに口付けをするとエリィは照れくさそうに俯いた。
エリィの全てが愛おしいと思っている時点で俺は一生エリィに頭が上がらないな。
敗北の原因を解明しているとエリィは持っていた籠からリンゴを取り出した。
「これ、捥ぎ立てだから一緒に食べようと思って」
差し出されたリンゴを受け取った。
エリィの魔力で育ったリンゴの木はメディーナの腕輪に魔力を吸わせたため、今は普通のリンゴの木に戻っていた。
二人で芝生の上に座るとエリィはドレスでリンゴを拭きそのままかじった。
幸せそうなエリィに胸が温かくなった。
普通の令嬢であればリンゴをかじるなど絶対に有り得ない。
そんなエリィの貴族令嬢らしからぬ仕草が凄く好きだ。
俺もエリィと同じようにリンゴをかじると甘く優しい味がした。
「美味しいでしょ。ゼオンに捥ぎ立てを食べさせてあげたかったの」
エリィはもう一口かじろうと口を開けて固まった。
どうしたのかと思いエリィの視線の先に目を向けると…これは…非常に不味い…。
エリィは持っていたリンゴを背に隠すと口を閉じて俯いた。
「王妃陛下!!!!!」
体を怒りで震わせながら怒鳴ったのは…。
「お父様、ごめんなさいーーーーー!!」
ああ、エリィが泣きそうだ。
「私はあなたをそんな行儀の悪い子に育てた覚えはありませんよ!!」
ウォルター子爵は鬼の形相で俺達に向かってきた。
これはエリィを助けないと。
「子爵…エリィは悪くないんです」
立ち上がり二人の間に割って入ろうと試みたが…。
「陛下も陛下です!駄目な事は注意して頂かないと困ります!ちょっと二人ともそこに座りなさい!!」
こちらにまで飛び火してきた。
座るとは…もちろん正座ですよね。
逆らう事など誰が出来ようか…。
二人仲良くお説教を受ける羽目になってしまった。
エリィ、ごめんね。
俺、義理父様にだけは逆らえない。
この国で一番強いのは他の誰でもないウォルター子爵だと証明された瞬間だった。
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