魔王降臨
ゼオンの浮気検証は後日にして、今は継母の話に集中しよう。
継母は皇帝に父との関係は失敗した事を伝えるも、一夜を過ごした事を利用して侯爵夫人になるように指示してきた。
そして皇帝の遠縁にあたる男の子供を妊娠させられ継母は言われるままに侯爵邸に乗り込んだ。
前侯爵と前侯爵夫人、つまり私の祖父母を魅了の術で操り婚姻届けを出させて父の妻になる後押しをさせた。
婚姻届けが出されてしまった以上、父も受け入れるしかなかったと言っているが…本当か?実はちょっと自信がなかったとかじゃないの?
父を軽蔑の眼差しで見つめると無表情で返された。
クッ!こんな時だけ宰相の仮面被りやがって!
「フィリスが産まれた時、皇帝陛下から新たな指令が届いた。フリーデン王国の第一王子と結婚させろと…」
「エドワードを魅了の術で操りこの国を乗っ取る予定だったというわけか…」
継母は当時を思い出すように空を見上げた。
「作戦は想像以上に上手くいっていたのよ」
でしょうね。それは私が一番よくわかってる。
「フィリスが術をかけなくても触れた相手を魅了する能力を持っていたお陰でね!」
え?つまりフィリスは自分の知らないうちに魅了の術を所構わずかけていたという事?
じゃあエドワードはフィリスの魅了にかかっているという事!?
言われてみれば使用人の半分が継母とフィリス派だった。
これもこの能力にかかっているとしたら…。
「あの纏わりつくような魔力か…」
ゼオンは心当たりがあるのか顎に手を当てて呟いた。
「それなのに…!」
継母は私を睨んだ。
私が魔法を学びたいとゼオンを師匠にしたところから計画は綻びを見せ始めたんだ。
「つまりエドワードを王にするためにエリィの命を狙ったということか…。エリィに何かあれば俺が王位継承権を放棄するとわかっていたから」
「なんとしても殺したかった。フィリスが王妃になれば妹はガレフロナ帝国で平民として暮らせるように配慮すると皇帝陛下が約束してくれていたから」
継母は言葉を詰まらせた。
「皇帝陛下がこの作戦を失敗と判断した時、全ての権限を私に委ねたのだ。計画が失敗すれば妹が殺されると思ったこの女は妹の命を守るためにアテリア草を横流しする提案をしてきた。妹が皇帝陛下に殺されていたことも知らずにな」
皇太子は観念したのか知っている情報を暴露した。
継母にとっては初耳だったのだろう。
「嘘よ!妹は捕虜にされていると手紙でも…!」
驚愕の叫びを発した。
「手紙は偽装だ。お前の妹は皇帝陛下との間に出来た子供を産んだ後、皇帝陛下の手によって殺されたんだよ。皇后に嵌められてな」
継母は精神的に打ちのめされたのが傍から見ても分かるくらい呆然としていた。
「エカチェリーナは皇帝陛下とお前の妹の間にできた子だよ」
継母は力なく項垂れた。
「そ…んな…。じゃあ、私の今までの努力は…」
「17年間ずっと皇帝陛下に利用されてきただけになるな」
衝撃が強かったのか継母の体から力が抜けた。
私は止めるゼオンを制し継母の傍に立つとヒールライトをかけた。
ただれた顔も爪が食い込んで傷ついた足の傷も瞬く間に治った。
しかし心の傷までは治らず、ただただ力無く俯いていた。
「連れて行け」
ゼオンの指示で兵士達が継母を連行した。
継母は抵抗することなく、されるがままに連れて行かれた。
父も事後処理のため継母の後についていった。
継母を見送っていると伝令の兵士が戻って来た。
「各地では騎士の指示の下、民が善戦を繰り広げていましたが、突如現れた精霊によって狂戦士達は全員捕縛されたとのことです」
ゼオンは伝令の兵士を労うと皇太子に向き直った。
「お前の処罰はガレフロナ帝国に委ねる。まあ敗戦の将は処刑されるだけだろうがな」
「処刑って殺されるの!?」
ゼオンの袖を引っ張ると怪訝な顔を向けられた。
「良くて幽閉か。どちらにせよ廃嫡は免れないだろう」
「そんな…」
幽閉や廃嫡は仕方ないとしても…処刑は…。
私の反応にゼオンが過剰に反応した。
「まさかこの男に絆されたわけじゃないよね!?」
「違うよ!戦争を引き起こした事は許せないし、皆を傷付けた代償は払って欲しいと思っているよ!」
「なら俺が今ここで殺して償わせてやる」
ゼオンさん!殺気しまってーーー!!
「だけど殺して解決しようとするのはなんか違うと思って!!」
今まさに手を下そうとするゼオンの背中に必死にしがみついた。
「甘ちゃんだって言われるかもしれないけど、死んでしまったらそれまでなんだよ。メディーナだって生かす選択をしたから今回助けてもらう事が出来たんだし」
力を抜いたゼオンは顔をこちらに向けた。
「何とかならないかな…?」
上目遣いでお願いしてみるも…。
「そうは言ってもこれはガレフロナ帝国の問題だから…」
ゼオンは渋っていた。
「私の素敵な婚約者様なら分かってくれると思ったんだけどな…」
ゼオンが引っかかるかどうかはさておき、ゼオンの前に立ち胸元を指で撫で回してあざとい女子を演じてみると「クッ!」ゼオンが苦悶の表情を浮かべた。
チョロ過ぎる…と思った私はこの後煽ったことを後悔することになる。
しばらく胸を押さえていたゼオンは深呼吸をした後、私の顎を持ち上げた。
ゼオンの魅惑な瞳に…嫌な予感!!
「じゃあ俺が頑張ってあいつを何とか生かしたら、エリィは俺に何かしてくれるの?」
ゼオンの色気に固まった。
「エリィ。変な契約は結ばない方がいいぞ…グッ!」
「呼び方」
ゼオンは割って入った皇太子の闇魔法の拘束を無表情で強めた。
「エリ…アーナ…」
拘束を緩める気配なし!
「…嬢…」
ようやく拘束を緩めた。
「それで…」
再び私に向き直ったゼオンは艶めかしい雰囲気を纏った。
ひっ…!まだ続くの!?
「もちろんご褒美…くれるんだよね」
頬を撫でる手付きが…怖い!
「な…何が欲しいの…?」
正直聞くのも怖いが。
頬を撫でる手から逃れたくて数歩後退るもコンパスの長いゼオンは一歩で詰めてきた。
「俺が欲しい者なんて…」
『者』って言っていますが!!
さらに後退ると背中が壁に当たった。
逃げ場なし!
優雅な足取りで近付いてくるゼオンに胸がドキドキした。
このドキドキが恐怖からなのかときめきからなのか今の私には判断できなかった。
ただ逃げないと食われると本能が察していた。
ゼオンが私に詰め寄ると顔を耳に近付けて…。
「大丈夫。ご褒美は結婚してからしか貰うつもりはないから」
ひーーーーーー!!
耳元で優しく囁かれて鳥肌が立った。
「ますます結婚するのが楽しみになってきたなー」
顔を離すとゼオンは伸びをした。
真っ赤な顔で耳を押さえている私を尻目にゼオンが不敵な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、ご褒美の為に頑張ろうかな」
嵌められた!
絶対この人最初から助ける為の策を考えていたよね!
満面の笑みで皇太子の下に戻っていくゼオンを睨む事しかできなかった。
ゼオンは表情を消して皇太子と向き直った。
「この国を侵略した損害賠償や軍備の制限、領土の譲渡もろもろ条約を締結する必要がある。お前がその権限を担え」
次にゼオンは魔物と化していた騎士に視線を移した。
「おい。皇帝にしっかり伝えておけ。フリーデン王国はウィルビンとしか条約を結ばない。もしこの約束を破るようなら…」
ゼオンは転移の術で瞬時に騎士の背後に立ち肩に手を置いた。
騎士の肩が跳ね上がった。
騎士の顔の横に顔を近付けると静かにそれでいて低い声で囁いた。
「皇帝の命は無いと思え…」
最後の方は殺気だけで人を殺せてしまいそうな圧を感じた。
騎士も真っ青な顔で何度も力強く頷いた。
確かに転移の術を易々と使えるゼオンに皇帝暗殺など容易いことなのかもしれない…。
さらにゼオンは追加した。
「エリィのご褒美の為にも約束は絶対守らせろよ」
それ言わなければ威厳が保てるのに…と思わずにはいられなかった。
読んで頂きありがとうございます。




