混沌の世界
箒で空を飛んでいたはずの私は真っ白な空間の上に立っていた。
宙には沢山の割れたガラスの破片が浮いていおり、フリーデン王国の今の状況が静止画となって映し出されていた。
ここはまさか天国?
私、死んだの?
腕を見ると呪いのアイテムは元の状態に戻っていた。
「寿命吸い取られ過ぎたのかな…?」
「なんだか興味深い話をしているね」
ポツリと呟くと背後から背筋が凍りそうな返事が返ってきて振り返った。
「ゼ…ゼオン…?」
「寿命って何の事かな?何か隠しているよね」
ゼオンは私の頬を優しく撫でた。
こ…怖い…。
「その腕輪と関係があるのかな?」
ゼオンは私の腕を持ち上げ腕輪を凝視した。
「えっと…ゼオンも死んだの?」
「死んだ覚えはないかな。それよりあの最後の魔力量と寿命を吸い取るって単語から考えてもこの腕輪が関係しているよね」
真顔のゼオンが怖くて目を泳がせた。
「別に隠すつもりはなかったけど使うと言ったら反対されそうだったし、でも使うしか方法がなくて、でも言ったら没収されちゃうから…」
「つまり隠していたんだね」
「はい…」
観念して素直に認め項垂れた。
「とりあえずこれは没収ね」
ゼオンが腕輪を外そうと手を伸ばした。
「その腕輪をむやみに外してはいけないよ」
背後から第三者の声がして振り返った。
立っていたのはゼオンを金髪碧眼にしたような容姿をした男性だった。
金髪のゼオンもカッコいいかもと暢気な事を考えていると隣に立つゼオンが目を見開いて呟いた。
「父さん…?」
父さん!?って前王太子!?
父さんと呼ばれた男性は少し困った顔をして否定した。
「残念ながら君のお父さんではない。私は君たちが謂う所の初代フリーデン王にあたる」
初代フリーデン王!?
「やっぱり私達死んだんじゃないの!?」
ゼオンの胸倉を掴んで揺すった。
ゼオンは思考を停止しておりされるがままである。
「いや。むしろその逆だ。今、この世界で唯一生きている者になる」
ゼオンに続き私の思考も停止した。
「ここは相反するモノが混ざり合って出来た混沌の世界。世界は全て混沌の世界から始まる」
そういえば初代フリーデン王の書にやたらと『光と闇』のキーワードが出てきていたような。
私の光とゼオンの闇が混ざって出来た世界ってことかな?
「全ての世界は表と裏があり必ず相反するモノが存在する。しかし本来は混ざることのない相反するモノが混ざった時、世界は混沌と化し新しく世界を創り替えることが出来る」
「それはつまり私達のいた世界が無くなってしまうということですか!?」
初代フリーデン王は小さく首を振った。
「私が精霊の加護だけを発動させたように自分の理想の形に創り替えことが可能だ。ただし…どちらかがこの世界に残らなければいけなくなるが」
初代フリーデン王の言葉に真っ先に動いたのはゼオンだった。
「俺が残る」
歩き出すゼオンの前に手を伸ばした。
「それなら今の世界のままでいいです」
「でもエリィ、このままじゃ…!」
「誰かを犠牲にして得られる幸せならいらない。私は最後まで自分の力で戦って決着をつけます」
「彼が残ることでフリーデン王国の民が救われるとしても?」
初代フリーデン王は足が竦むような圧を放ってきた。
確かに私かゼオンが犠牲になれば民は救われる…でも!
「一時的な救いは本当の救いにはならない」
数千年間、確かにこの人を犠牲にしたことでフリーデン王国は守られてきたかもしれない。
でも『今』は違う。
「どんなに凄い力もいつかは消失する。だったらそんな力に頼らずに『今』に立ち向かうべきなんじゃないですか?」
そうよ。それなのに私の最大級の魔法の邪魔をされたのよ。
混沌の世界に飛ばされていなければ決まっていたかもしれないのに。
思い出したら腹が立ってきた!
「大体、愛する人を悲しませて一人で好き勝手やって何が民の為よ!そんな男に他人を幸せにする資格なんてない!」
胸にぶっとい槍が突き刺さったのか男二人は胸を押さえた。
「民は今、自分達の守りたいものの為に戦っている。怖いだろうし不安だろうけど、精一杯己を奮い立たせて戦っている。それなのに王太子が犠牲になった事で戦争は終わりましたって誰が喜ぶのよ!皆で最後まで戦って勝ち取ってこその勝利でしょうが!」
今度は私の圧に押されて二人が怯んだ。
「それに精霊の加護が弱まったのは民にも原因があるんでしょ?」
初代フリーデン王はばつが悪そうに私を窺い見た。
「精霊は魔力を好むのに私が産まれてから今まで魔法を使っている人をほとんど見なかった。それどころか魔術師は異端扱いまでされている始末。つまり魔法が衰退し始めた影響で精霊の力が弱まり加護が薄れたところにネルドの狂戦士騒動以降、加護が無くなった。違う?」
初代フリーデン王はため息を吐いた。
「その通りだよ。当時は魔法が当たり前のように使われていたから、まさか魔法が衰退するとは思っていなかったんだ」
「あなたは精霊王に精霊の加護のかけ方を聞いた後、民が魔法を使い続けなければいけないことを知り『魔法が世界を救う』を書いた。だってあの本には魔法を日常的に使って欲しいという想いが切々と書かれていたから」
「気付いていたのか…。まあ全ては失敗に終わったがな」
愁いを帯びた悲しい笑顔だった。
あの本では確かに国を守り続けることは出来なかったかもしれない。でも…。
ゼオンの手を取ると初代フリーデン王に微笑みかけた。
「失敗じゃないですよ。だってあの本があったから私とゼオンは出会えたんですから」
あの本が私を魔法に導いたことは間違いないのだから。
「ありがとう。そう言ってもらえると救われるよ」
初代フリーデン王は憑き物が落ちたように清々しく笑った。
「では全てを元に戻す前にその腕輪を何とかしようか」
私の腕を持ち上げた。
「この腕輪は私がこの世界に来るために作った物なんだ。二人とも気付いていると思うがこの世界を創るには膨大な魔力が必要になる」
その世界をたった一人で創った初代フリーデン王の魔力の底が知れない。
「そして何かを求めるのであれば必ずそれに見合った制約が必要となる。精霊の加護を発動させる為に民が魔法を使い続けなければいけないのも制約の一つだ。求めるモノが強ければ強いほど制約は厳しいモノになってくる」
それにしたって寿命を縮めるアイテムを作るのは、やり過ぎなのではないか?
「この腕輪は一時的に魔力を増強する代わりに本来持っている魔力の最大値を減らすという制約をかけた」
ん?聞いていた話と違うような…。
「寿命が減るのではないのですか?」
「寿命?そんなものは人間だった私には扱えないよ」
「でも使うと寿命が減るって…!」
「もしかしたら使い過ぎで魔法が使えなくなった者がそういう噂を流したのかもね」
歴史あるある。
真相が誇張されて伝わる。
「ではこれは魔法道具ということですか?どうやったら他人でも魔法道具が使えるようにしたのですか?通常なら魔法道具は持ち主以外の魔力は受け付けないのに…」
今まで黙って話を聞いていたゼオンが食い付いた。
さすが師匠。
魔法に目がないですね。
そのうち『私と魔法どっちが大事なの!?』とか聞いてみたい。
「興味があるのかい?これは魔法道具なんだけど外したら溜めてあった以前の持ち主の魔力を放出させて再構築するようにしてあるんだよ」
ゼオンの質問に初代フリーデン王のテンションも上がった。
ヤバい!この二人同類だ!
遠くても同じ血筋だと確信した。
「だからこの腕輪もこのまま外していたら彼女の最大魔力は失われてしまうが、今ならまだ戻す事が可能だ」
横目でゼオンを窺い見ると少年のように目をキラキラさせていた。
「『魔法が世界を救う』の本も同じような機能なんですか?」
「あれは光魔法で浄化させる方法を使っているんだよ」
これ絶対長くなるパターンだ!
「ストーップ!!私の腕輪の話!」
歯止めが効かない二人の間に割って入り腕輪を指差した。
二人の『あ!』という心の声が聞こえてきた。
「魔法道具の話で盛り上がれる人がいなかったからつい…。この腕輪から魔力を吸い取ってみてごらん」
魔力を与える事は出来るが吸い取るってどうやってするの?
やり方がわからず首を傾げていると察した初代フリーデン王が説明してくれた。
「その腕輪の魔力は君の魔力だ。だから自分の魔力で引っ張って取り込めば戻ってくるはずだ」
綱引きみたいな感じかな。
腕輪から魔力を取り出すイメージで腕輪に魔力を絡ませ引っ張ってみようとすると、突然噛み合っていた龍が離れて私の腕を噛んだ。
「エリィ!?」
私はこれで三度目だが初お目見えのゼオンには衝撃が強いようだ。
噛みつかれた腕を初代フリーデン王の前にぶら下げた。
「あの~…。噛みつかれたんですけど…」
この腕輪の使用経験上、噛みつかれるということは魔力をまた与えてしまったということだと判断した。
しかし初代フリーデン王は何てことない体で龍を眺めていた。
「大丈夫だよ。魔力を返す方の龍に噛みつかれているから」
この龍って違いがあるの!?
「ほら。瞳が可愛いでしょ」
確かにもう一体と見比べれば雌っぽい感じはするが…それにしても厳つい!
「どうせなら女の子に魔力を戻してもらいたいと思って可愛くしたんだ」
雌に噛みつかれて魔力を戻したいなんて…ただの変態か?
ゼオンも同類だったらどうしよう…。
思わずゼオンをチラ見してしまった。
変態疑惑がかかっているとは露程も思わないゼオンは可愛いく首を傾げていた。
うん。ゼオンなら変態でもいっか。
変態を許せる私も十分変態かもしれない…とはこの時の私は露程も思っていなかった。
読んで頂きありがとうございます。




