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悪役令嬢は魔術師になりたい  作者: 神楽 棗
第二章 奇想の魔術師
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一番怖い猛獣は

 迷惑な手紙が届いて二日経ち、いよいよ皇太子が訪問する日を迎えた。

 この二日は準備に追われたが継母の指示通り大事にならない程度に抑えておいた。

 結局あの手紙を机に置いたのが誰かということは分からず終いのままだ。

 執事にも使用人にも確認したが誰も心当たりがないとのことだった。

 謎だらけのこの訪問に不安を隠しきれなかった。


 さらに私の不安を煽ったのはゼオンの噂話だ。

 最近ではどこに行くにも第八皇女と一緒におり仲睦まじい姿が目撃され、私との婚約破棄も時間の問題だろうと囁かれた。

 信じると言っても私の心にも限界はある。

 ゼオンが婚約破棄を突き付けてきたら私はどうするだろうか…そのような考えが時折頭をよぎった。

 うん。絶対婚約破棄書を顔面に叩きつけそうだ。


 そんなこんなでモヤモヤしていると本当に皇太子が護衛騎士一名だけを連れてやってきた。

 隣に立つフィリスの背中をエドワードが掴んでいた。

 皇太子の前に突っ込んで先に挨拶をしてしまわないためだ。

 猛獣か?


「エリィ、会いたかったよ。全然王宮で見かけないからこちらから会いに来てしまったよ」


 皇太子は隣に立つフィリスとエドワードを無視して私の頬を撫でた。


「ご挨拶申し上げます、皇太子殿下。ウォルター侯爵家に足を運んでくださりありがとうございます」


 カーテシーをしようとして皇太子は手で制した。


「エリィ、夜会で話したこと忘れたの?エリィとはもっと親密になりたいから畏まらないで欲しいな」


 皇太子は私の腰に手を回した。

 先ほどからセクハラが酷い。

 さりげなく離れ、空気と化していた猛獣と猛獣使いを紹介した。


「こちらはエドワード公と私の異母妹(いもうと)のフィリスです」


 二人は恭しく挨拶した。

 フィリスがまともに挨拶していることに異母姉(おねえちゃん)は感動したよ。

 尽力したエドワード、グッジョブ。

 心の中で親指を立てた。


「ああ、元第一王子と…なるほどエリィの異母妹(いもうと)ね」


 皇太子は意味ありげな笑みを浮かべた。


「殿下、お茶の席を用意しておりますのでご案内致します」


 私が庭に案内しようとすると皇太子は再び私の腰に手を回しエスコートし、後ろからついてこようとする二人に冷笑を投げかけた。


「まさか私とエリィの逢瀬を邪魔しようとしていないよね?」


 驚き顔を上げると皇太子は恐ろしいくらいの圧を放っていた。

 どのくらいの圧かというとあのフィリスが買われてきた猫のように大人しくなるレベルだ。

 二人の足が止まったのを確認すると極上の笑みを私に向けた。

 顔が近い…。


「私はエリィと二人きりで話がしたいんだ」


 腰に回していない方の手で私の髪を耳にかけた。

 その仕草に鳥肌が立ったが成すすべなく庭へと連行された。



 庭に到着すると護衛の騎士はその場を離れた。

 完全な二人きりである。


「エリィ、以前話した事考えてくれた?」


 席に着くと私の手の上に手を重ねてきた。


「どのお話しでしょうか…」


 さりげなく手を引いた。


「私の妃になるという話だよ」


 今度は手を取られて手の甲にキスされた。


「以前にもお話ししましたが私はフリーデン王国王太子の婚約者です。殿下のご希望には添いかねます」


 手を引こうとするも力強く握られて抜けなかった。

 しかも今度は掌にまでキスをしてきた。

 セクハラで訴えますよ!


「しかし肝心の王太子殿下は我が妹のエカチェリーナをご所望だ。今も二人で愛を深めあっている最中だよ」


 引いていた腕が力なく垂れた。


「こんなに可愛い婚約者がいるのに少し言い寄られただけで他の女に乗り換えるなんて…酷い男だ」

「…じゃない」


 皇太子の隙をついて手を引いた。


「ゼオンはそんな人じゃない!ゼオンは何があっても自分を信じろって言った。だから私は誰が何と言おうとゼオンを信じる!」


 一気にまくし立てると皇太子は目を見開いた。


「この先は困ります!…なんだ?動けない…」


 庭の入口が騒がしくなり視線を移すと入口から現れたのは…。


「皇太子殿下。勝手に外出されては困ります。外出する際は私の許可が必要だとお伝えしたはずですが?」


 ゼオンは私を見ようともせず皇太子を諫めた。

 ゼオンの態度に不安を感じ俯いた。


「王太子殿下は逢瀬で忙しいだろうと思い気を遣ったのだが?エカチェリーナを一人にしてきたのか?」

「ご心配には及びません。皇女殿下は今ご自分の想い人とお茶を楽しんでおられますので」


 想い人の言葉に顔を上げた。

 ゼオンが想い人じゃないの?


「それに私にはこんなに可愛い婚約者がいるのに他の女性に言い寄られたくらいで目移りするような酷い男ではありませんから」


 ゼオンは私を引き寄せて満面の笑みを浮かべた。

 もしかしてさっきの会話聞かれてた?


「エドワード公、皇太子殿下を王宮までお送りしてくれ。私は久しぶりに再会した愛しい婚約者と話をしてから帰る」

「承りました」


 ゼオンの後ろからついてきていたエドワードが皇太子を誘導した。


「エリィ、この国を守りたいなら私の下に来るべきだ」


 通りすがりに最後の警告とばかりに皇太子が言葉を発した。

 私の肩に置かれたゼオンの手に力が入った。

 私はゼオンを安心させるためその手の上に手を重ねた。


「私はゼオンと共にこの国を守ります」


 真っ直ぐ皇太子を見据えた。


「後悔することになるぞ」


 皇太子はそのまま立ち去って行った。

 立ち去った皇太子の後姿を見送っているとゼオンが顔を覗き込んできた。


「いつまで見てるの?」


 何か怒ってます?

 声のトーンが低いですけど…。


「今からじっくりと話をしたいからとりあえず転移しようか」


 ゼオンは有無を言わさず転移した。



 転移した先は大きなベッドと二脚の椅子が備え付けられたカフェテーブルが置かれたシンプルな部屋だった。

 色合いは黒と茶色がベースになっており落ち着いた雰囲気である。


「ここってどこ?」

「俺の寝室」


 驚き振り返るとゼオンはカーテンを閉めていた。

 何故カーテンを閉めるのでしょうか…?

 カーテンを閉めたゼオンは私の方を振り返った。

 緊張で硬直してしまった私は肩を震わせた。


「それで?どうして今日のこと俺に黙っていたの?」


 声が怒気を含んでいた。


「ゼオンが忙しいと思って…」


 そこを突かれると痛い。

 忙しいからと控えたのは本心だが、第八皇女の件で避けていたのも否定できない。


「俺が来てなかったらどうしてたの?こんな事とかされていたのに」


 ゼオンは私の手を取ると皇太子にキスされた箇所をキスした。

 一体どこから見てたの!?

 再限度高すぎてビックリだわ!


「でもちゃんと断ったよ」


 ゼオンは掌をキスしながら私を見上げた。


「知ってる。惚れ直したから」

「でも見てたならどうして助けてくれなかったの?」


 拗ねた目で訴えた。


「エリィが本当に俺の事が好きなのか知りたかったから」

「酷い!疑ったの!?」

「だってエリィはいつも俺に何も言ってくれないから」


 何も言えない…。


「でも今回は私だって不安でいっぱいだったんだよ…ゼオンが第八皇女殿下と…その…」


 上目遣いで精一杯の抗議をしてみた。


「でも信じてくれたんでしょ?」

「婚約破棄書を顔面に叩きつけるところまでは考えたけどね…」

「それは…信じていたと言えるのか?」

「信じていたって不安にはなるよ!」

「そうでしょ」


 ゼオンの勝ち誇った顔が憎たらしい。


「もし私が皇太子殿下の妃になるって言ってたらどうするつもりだったの?」


 意趣返しのつもりで聞いたことを後悔した。

 魔力の見えない私でもわかる。

 ゼオンを纏う空気が真っ黒く染まった。


「さあ…どうしていただろうね」


 笑顔が…黒い。

 私は肉食獣を前にした兎のように震えあがったのだった。


 良い教訓になった。

 人は興味本位で聞いてはいけない事があるということを。





読んで頂きありがとうございます。

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