父と母(ゼオン視点)
ゼオン視点になります。
残酷な描写があるため注意してください。
俺の名前はゼオン。
12歳まではフリーデン王国の国境付近の山奥で過ごしていた。
産まれた時から山奥育ちのため自給自足の生活に不便を感じたことはなかった。
唯一厄介だったのは父と村に買い出しに行くときくらいだろうか。
村に行くと決まって住人達に囲まれる。
お目当ては父だ。
父は金髪碧眼の綺麗な顔立ちをしており村の老若男女問わず父を一目見ようと集まってくる。
たまに年配の女性が拝んでいる姿を目にするくらいだ。
歳を重ねるごとに噂が広まり10歳を過ぎたあたりからはこいつら絶対村の奴らじゃないだろうとわかるような奴らまで集まるようになった。
あらゆる方面で人気者の父だが俺は知っている。
どれだけ綺麗な笑顔を見せていてもそれは上辺だけだということを。
おそらく紳士の仮面を外した笑顔を見たことがある人物がいるとしたら俺と母だけだろう。
父が溺愛してやまない母は黒髪の黒い瞳のおっとりとした綺麗な人だ。
夜、月明りの下で歌を歌ってくれるのだがその時の姿は女神と例えてもおかしくなかった。
父と母の仲の良さは一緒に過ごしていたらよくわかる。
一度、母が料理中にGなる黒い虫に驚いて魔法を暴発、台所を半壊させたことがあった。
母は悪びれる様子もなく「魔法の調整に失敗しちゃった」と自分の頭を小突いた。
さすがの父も怒るだろうと父を窺うと母のおでこを人差し指で小突いて「母さんは可愛いな」である。
子供ながらにドン引いた。
このあと俺と父さんの二人で台所を建て直すという重労働が待っていたのは言うまでもない。
こんな父と母だが二人ともそれぞれすごい能力を持っていた。
父は魔法、剣術、武術などの戦闘力に長けているだけでなく、一般知識はもちろん社交から世界情勢まであらゆる知識を持ち合わせており幼少の頃から俺の家庭教師といえば父であった。
世間のことが分かるようになってから父は平民ではなく貴族なのではないかと疑っていた。
しかしそんな父も魔法だけは母よりも劣った。
小さいG相手に台所を半壊させる魔法を使えるような人だ。
魔法能力の高さは折り紙付きだ。
ただ母は魔法というより不思議な能力を持っている印象の方が強かった。
予知能力というか直感というか。
一度母に「運命に導かれたら素直に従いなさい」と言われたことがある。
当時の俺は意味がわからなかったが、父と母の出会いは母曰く『運命』だったらしい。
母はこの山奥から外に出たことがなく貴族出身と思われる父とどうやって出会い恋に落ちたのか不思議でならなかった。
子供なら一度は聞いてみたい『お父さんはお母さんのどこを好きになったの?』を発動してみた。
ちなみに母は運命に従っただけだと言っていたことを補足しておこう。
「母さんと初めて会った時、父さんは半分土に埋められていたんだ」
俺の頭は『?』でいっぱいだった。
父はここに来る前は王都に住んでおりよく命を狙われていたらしい。
ここに来たのも婚約者と結婚式を挙げる前夜に刺客に命を狙われて崖から落ちて流されたそうだ。
流れ着いたのがこの山って、遠すぎでしょ!どれだけ流されたの!
「母さんは父さんが死んでいると思ったらしくて、埋めようとしてくれてたんだ」
父さん目が輝いていますが。
なに『母さんは優しい人なんだ』的な顔してるの。
「意識が戻ったとき、スコップに土をのせた母さんが土をかける寸前に父さんに気が付いて「あら、生きてたの」って言われて…痺れた」
知りたくなかった。自分の父が変態だったなんて。
しかもその痺れは埋められて身体が痺れたの間違いでは…。
軽蔑の眼差しで父を見ると父は誤解だと言わんばかりに必死で弁明した。
どうやら父は自分に好意を寄せてくる女性が苦手らしく、全く自分に関心がない母と接しているうちに恋に落ちたらしい。
確かに父の熱狂的な信者には怖いものがあり父の気持ちもわからなくはない。
埋められて喜ぶ変態には違いないが…。
こんな父と母だが俺なりに二人といる時間は楽しかった。
12歳のあの日までは…。
母が突然父と俺に隣町まで買いに行って欲しい物があると頼んできた。
滅多に欲しい物など頼まない母が珍しく頼み事をしてくれたことに父は喜んでいた。
隣町まで行くには村で馬を借りて往復で3日かかる。
俺は胸騒ぎを覚えながらも父についていった。
村に到着するといつもの如く村人達に囲まれた。
父が早速村長に馬の手配を頼むと村長が思い出したように父に話をした。
「そういえば最近お前さんのことをよく尋ねられるぞ」
父の気配が変わるのを感じた。
「どんな奴だった?」
「6日くらい前は黒いフードを被った3人組だったな。2日前は騎士団みたいな立派な鎧を着た2人組だったぞ。どちらもお前さんの特徴を聞いてきたから答えたが…」
村長が話を終える前に父は山に向かって走り出した。
走りながら村長に「ゼオンを頼む!」と言い残して。
何か嫌な事が起きようとしている。
俺は村長の呼ぶ声に振り返らず、父の後を追った。
家の近くまで来ると大きな振動と獣の咆哮が響いた。
息も絶え絶えに走り続け、家の前の開けた場所に出ると巨大な異形の魔物が鋭い爪を振り下ろし父の腹部を貫いた。
俺はショックのあまりその場に立ち尽くしてしまった。
魔物が父を投げ捨てると今度は傍にいた母めがけて爪を振り下ろした。
その瞬間、座り込んでいた母から尋常ではない炎が立ち込めた。
自爆する気だ!
「母さん!」
俺の呼びかけに母は虚ろな目でこちらを向き…爆発した。
爆発の寸前、母は美しい笑みを浮かべていた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」
魔物の咆哮が轟いた。
なんで生きてるんだよ。
心臓の音がうるさいくらい聞こえてきた。
身体が燃えるように熱い。
気付くと俺は倒れた父の前に呆然と立っていた。
あたりは魔物の焼け焦げた臭いが立ち込めていた。
「ゼ、オン…」
「父さん!」
父は苦しそうに咳き込みながら震える手を伸ばしてきた。
俺はすぐに回復魔法を使おうと父に手をかざした。
しかし回復魔法が苦手な俺では止血は出来ても回復させることはできず、父はもういいと手を重ねた。
「ゼオン。もうすぐ王都から騎士団が来る。騎士団が来たら父さんの机の引き出しにある懐中時計と手紙を渡しなさい。あとは騎士団の指示に…」
父は苦しそうに息をした。
「父上ならきっとお前を守ってくれる。愛しているよ…ゼオン……」
父の手がするりと力なくすり抜けた。
俺はこの日、人生で初めて慟哭した。
読んで頂きありがとうございます。
次話もゼオン視点になります。