精霊の加護
シャクシャクシャク…。
「魔術師達を派遣したから食料問題は解決できそうだよ」
私の実験は育ち過ぎを除けば成功したといえる。
父の雷は落ちたが、私の成果に陛下が直ぐに動いてくれたのだ。
私も新しい魔術が使えるようになったし一挙両得とはまさにこのこと。
「これで少しは治安が良くなればいいけど…」
シャクシャクシャク…。
リンゴはやはりもぎたてに限るな。
孤児院などに送ったりもしたが全く減らないリンゴが最近のおやつである。
私が成長させたリンゴの木は何故か季節外れでもリンゴの実がなる。
氷の魔術を追加したから季節ボケを起こしているのだろうか?
ゼオンの魔術師魂に火がついたのか「この木、調べたいな…」と眺めていた。
この実験から魔術師と庭師の一大プロジェクト『魔術で野菜を作ろう作戦』が発足された。
今回のリンゴのように延々と生り続けると食材が溢れてしまい物価が極端に変動してしまうため、荒らされた分の作物だけを魔術を改変せず成長だけさせるという作戦だそうだ。
この作戦で一番役に立ったのはゼオンの転移術だろう。
転移の魔術は相手の魔力を読み取って相手の元にピンポイントで転移する方法と座標を組み込んでその場所に転移する方法があるらしい。
今回は紙に転移の魔法陣と座標を組み込んで必要な場所に飛ばすことになった。
紙に書かれた魔法陣はゼオンの魔力が注入されているため、膨大な魔力を必要とする転移術でもゼオンの魔力で簡単に跳べるということだ。
全国どこでも出張します状態である。
そして私はこの時気付いてしまった。
ゼオンに弟子入りした時に床に散らばっていた地雷…。
あれ転移の魔法陣じゃない!?
ゼオンを問い詰めると私が喜んで踏みそうだったからって!…否定できない…。
「エリィ、そろそろ王妃教育の時間じゃない?」
もぎたてリンゴ食べてる場合じゃなかった。
ゼオンの婚約者になってから王妃教育を再開したのだが、エドワードとの婚約中にも受けていたためほぼ終了している状態である。
今は王妃の恋バナのお付き合いが大半だがこれがまた苦痛なのだ。
だって自分の惚気話をするんだよ!恥ずかしい!
王妃様の元に向かうとアップルパイにリンゴのタルト、リンゴのコンポートに…以下略がテーブルの上に広がっていた。
何か申し訳ないです…。
惚気話で許してください。
「この前やらかしちゃったんですって?」
父に説教された時のことを指しているのだろう。
「駄目よ。ベタベタするなら二人きりの時にしないと」
王妃はうっとりとした表情を浮かべた。
そういうことで怒られたわけではないですから!
この王妃絶対勘違いしているよね!
気を取り直して席に着いた。
いつもはすぐに惚気話を聞きたがる王妃の様子が今日は少し違った。
「陛下と相談したのだけれど、エリアーナにもこの国の加護について話をしておくわ」
王妃はテーブルの上に置いてあった古ぼけたタイトルのない本を私の方に寄せた。
「本来は王太子妃になってから教える話なのだけれど、あなたは光魔法も使えるしこの国にも貢献している。それにほら、ゼオンがあの通りだから…」
結婚確定と仰りたいのでしょうか。
本を受け取り開いた。
あれ?この字、どこかで見た事ある気がする…。
考え込む私に王妃が首を傾げた。
「何か気になる事でもあったかしら?」
「この字をどこかで拝見した事がある気がしまして…」
「これは初代フリーデン王が残した手記だから数千年前の物になるわよ?」
思わず手を離してしまった。
そんな貴重な物をまだ婚約者の私に見せてもいいのか!?
「大丈夫よ。ただの本だから」
私の心情を察した王妃のノリが軽すぎる。
震える手で本を開き文字を見ると何故かワクワク感が芽生えた。
この感じやっぱりどこかで…しかも結構最近な気が…。
今まで読んだ本を振り返り思い出した。
「『魔法が世界を救う』だ!」
ゼオンと初めて出会った時に購入した本だ。
私が魔法に興味を持ったきっかけでもある。
「確かにあの本も初代フリーデン王が書いた本よ。でも初版だとこの手記と同じで数千年前の物になるけど…」
でもあの本はそんな古い感じはしなかった。
「これほど古い感じはないですが、書いてある文字の特徴は同じです」
「だとすると…その本に何か特殊な魔術がかけられているのかもしれないわね」
何のために?
「魔術の事ならあなたの傍に専門家がいるでしょ。あなたの為なら国も滅ぼしかねない人が」
王妃様ニヤニヤし過ぎです。
そして国を滅ぼすような暴挙に走ったら全力で止めますから。
「その手記は持ち出し禁止だから時間をあげるから今読んでしまってね」
王妃はそれだけ言うとその場を立ち去った。
残された私は年季の入った手記を開いた。
中には今は無き帝国からの独立について記載されていた。
内戦で帝国から独立を勝ち取り、当時民衆を率いて戦った初代フリーデン王が王となったが、独立後他国から狙われ戦争の日々が続いたことが綴られていた。
このままでは滅びてしまうと考えた初代フリーデン王は精霊を使いこの国を守る方法を見つけた。
『光と闇の魔法で私はこの国を何者にも侵されない国へと変える』
初代フリーデン王の文字はここで終わっていた。
その後に別の字で続きが書かれていた。
『この国はあの人の力で精霊の加護を得ることができた。でもあの人が戻ってくることはない。二度とこのような悲しみが続かないことを祈ります』
これを書いたのは初代フリーデン王の正妃だろうか…。
国を守るため初代フリーデン王は命を落とした?
私がこの日記の意味を考えていると王妃が戻ってきた。
「この国は今『精霊の加護』のおかげでどの国も侵略出来ないでいる」
席に座ると王妃が補足説明を入れた。
「侵略しようとすると精霊に阻まれるからよ」
王妃が新しく入れ直したお茶をすすった。
ちなみにリンゴティーである。
「この国に精霊がいるのもその関係なのですか?」
王妃は小さく頷いた。
「他の国にも精霊がいないわけじゃない。でもこの国の精霊の比ではないわ。魔力が高い人間が産まれやすいのも精霊が多いからだと言われている」
王妃はティーカップをソーサーに戻すと真剣な表情で私と向き合った。
「でもその加護が今、弱まりつつあるようなの」
王妃の鬼気迫る様子に固唾を呑んだ。
「本来なら20年前のネルドの侵略は起こらないはずなのにネルドの狂戦士は攻めてきた。そして最近起こった不穏な数々の出来事…」
王妃は悲しそうにカップに視線を落とした。
「あなたにこの話をすることになったのは、今この状況であなたとゼオンが光と闇の魔術が使える者だからよ」
「つまり私達に精霊の加護をかけ直す方法を見つけろということでしょうか?」
「もちろん犠牲になってとかそういう話ではなくて、こういう話があるということを念頭に置いておいて欲しいの」
私はもう一度本に目を落とした。
『でもあの人が戻ってくることはない』
この一文が目に焼き付いて離れなかった。
屋敷に戻り『魔法が世界を救う』を引き出しから取り出した。
やはり筆跡は昼間見た手記と同じだった。
本は古い感じはあるが手記程の古さはなく数千年前に書かれたとは思えなかった。
王妃の特殊な魔術と言う言葉に箒が脳裏を掠めた。
箒を作成する際、ゼオンが魔法道具の説明をしてくれた。
もしこの本が魔法道具なら…。
私は本に自分の魔力を注入してみた。
すると本が光りだし消えた時には白かった本が黒く変わっていた。
え!?焦げ…てないよね?これ『魔法が世界を救う』…でいいよね?
魔法道具だから弾かれると予想していたのにまさかの展開にプチパニックを起こした。
恐る恐る中を開くと、内容が以前とは全く違うものになっていた。
出だしは『この本がこの国の危機を救う手立てになることを祈る』と記されていた。
私は思わず本を閉じてしまった。
気持ちを落ち着かせるため深呼吸をして先を読み進めた。
もともとこの『魔法が世界を救う』は光と闇の魔法に反応して現れるように仕掛けがしてあるそうだ。
この本を見つけた時も店内に光魔法の資質がある私と闇魔法の資質のあるゼオンが揃っていた。
本が千年経った感じがしないのは光と闇の魔法が揃うことが滅多になく出現した回数が少ないからだろうか?
白い本にも理由があった。
白い本は光魔法をあてると黒い本に変わり、黒い本は闇魔法をあてると白い本に変わるという仕掛けらしい。
光魔法が使える者は正の感情の持ち主であるため黒い本の内容を読まれても悪用しないだろうという考えからだそうだ。
そんなに褒めても何もでないよ。
肝心なのはその先の内容だった。
『この世界は光と闇で出来ている』
私の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
正確に言うと分かるような分からないようなである。
初代フリーデン王は光と闇の精霊王に会い力を授かることに成功した。
ちなみに光と闇の精霊王は地水火風の精霊王と違い特定の場所にいるわけではないらしく探して見つけるのはほぼ不可能らしい。
なぜなら人間に転生していることもあるからだそうだ。
力を授かった時に光の精霊王から世界を変える方法を聞いたそうだが、その方法は機密とされているためこの本には記せないと書かれていた。
静かに本を閉じた。
「なんの手立てもない!!」
本当にこの中にヒントがあるのか!?
精霊王に会う方法も書いてなければ世界を変える方法も機密。
じゃあなんでこの本を残したんだ!!
もっと分かりやすく書けよ!!
とても『正の感情の持ち主』とは思えない怒りを今は亡き初代フリーデン王にぶつけたのだった。
読んで頂きありがとうございます。




