食料問題を解決します
「黒いフードの奴か…」
私の報告を受けたゼオンが呟いた。
ゼオンの執務室のソファーに座り報告会を行っていた。
ゼオンが聴取しに行ったピッツバーグ元公爵の方は黒いフードの者はメディーナの手下でありメディーナの命令でアテリア草を移したと話していたそうだ。
ピッツバーグ元公爵とメディーナは自我を保つ実験のため長年少しずつアテリア草を蓄積していた。
ピッツバーグ元公爵に至っては黒いフードの者が飲み物に少しずつ混ぜて本人の知らないところで服用させられていたようだ。
巨大な魔物化に変化できる頃には二人は情緒不安定となっていたが、体内のアテリア草が消えた今は本来の精神に戻っている状態だ。
「とりあえず今調べられるのは山賊の襲った荷物がどこから配送されたかってことくらいかな…」
私の提案にゼオンはすぐに指示を出した。
後ろに控えていた騎士が指示を受け執務室を退室した。
「これに関しては黒いフードの奴がどこにいるかわからないから動くのを待つしかないな…」
ゼオンは私の肩に頭を乗せた。
今、大事な報告会を行っていなかったっけ?
私の提案をすんなり受け入れたと思ったら、護衛の騎士を追い出したかっただけかい!
「騎士がいつ戻ってくるかわからないのにいいの?」
「大丈夫。扉開けられないようにしておいたから」
ゼオンは私の手を取って握りだした。
開けられないようにって鍵付いてないのに?
扉に目を向けると驚きで目が飛び出るかと思った。
扉が黒いモヤで塞がれているではないか。
「あれって…闇魔法…?」
なんて勿体ない上位魔法の使い方…。
というよりいつの間に闇魔法が使えるようになったの!?
目を丸くしながらゼオンの方を向くと穏やかな顔で目を閉じていた。
もう一度扉に目をやると先ほどと変わらず黒いモヤが扉を塞いでいた。
堪えきれなくなったゼオンが噴き出した。
「エリィの反応が面白過ぎる」
「だって、いつの間にか闇魔法を習得してるし…!」
「そりゃあ弟子には負けてられないからね」
体を起こしたゼオンは私に軽くキスをした。
「でも正直、闇魔法を習得するのは大変だった…主に精神面が…」
上位魔法である光と闇は感情に左右されるのではないかと以前ゼオンが話していたが。
闇というくらいだから発動条件の感情はあまり良い感情ではなかったのだろうか…?
それにしても許せない!
「ずるい!私の知らないところで闇魔法の特訓してたなんて!」
ゼオンの足に両手を乗せて迫るとゼオンが体を少し後ろに引いた。
「エリィ…ちょっと離れようか。俺が色々まずいから…」
「私も新しい魔法を覚えたいです!師匠!」
「わかった。付き合うから少し離れて」
両肩を掴まれて引き離された。
これは負けていられない!
魔術師魂に火がついたのだった。
屋敷に戻り早速魔術書を開いた。
どうせなら役に立つ魔法がいいな。
魔術書を読み進めていると夕食の時間となり食堂へと向かった。
運ばれてきた食事に違和感を持った。
とても綺麗に盛り付けられているのだが…色合いが悪い?サイズが小さい?
「なんだか料理がいつもと違う感じがするのですが…気のせいでしょうか…?」
私の言葉に食事を食べ始めていた父と継母が食事を注視した。
フィリスはエドワードの元で花嫁修業中のため不在だ。
「料理長を呼んでくれ」
父が使用人に指示を出すと直ぐに料理長を呼びに行った。
コック帽を外した料理長は恐縮した様子で現れた。
「いつもと料理が違う気がするのだが何かあったのか?」
父に質問され料理長の額から汗が噴き出した。
「申し訳ございません。思うような材料が中々手に入らなくて止む無く手に入った材料でご用意しました…」
「そうか。事情はわかった。ある材料でよくここまで美味しく作ってくれた。これからもよろしく頼むぞ」
原因がわかったのか父は料理長に労いの言葉をかけた。
料理長は目を潤ませながら頭を下げて退室した。
「お父様、何があったのですか?」
「最近討伐に行っていて気付いたことはないか?」
父に問われ考えた。
「最近の討伐といいますと…魔物、海賊、山賊…」
「この三つの因果関係は?」
この三つは繋がっている?
魔物はピッツバーグ元公爵が放ったもので各地を荒らし回っている。
海賊や山賊は町を荒らしたり荷馬車から物を強奪したりしている。
三つとも民を困らせている…?
待って。海賊や山賊だって民だ。その民が民の所有物を強奪している理由。
「魔物の出現で貧困層が増えている…?」
「そうだ。そして生きていくために山賊や海賊に身を落とした者も少なくない。市場の食材が手に入りにくいのも魔物や山賊に畑を荒らされたり、海は海で海賊になった者達に狙われて思うような漁獲量を増やせない。つまり今この国は悪循環による食糧難に陥りかけているということだ。国も対応はしているが市場の様子を見ても追いついていない状態だ。早急に手を打ちたいところだが…」
野菜や果物が直ぐに育つ方法か…。
前世では食糧難の経験がないからな。
貧困の国は他の国から支援してもらうという方法もあったが。
「他国からの援助は難しいのですか?」
「それは最終手段だな。この国が弱っていると他国に晒す事になるからな」
「そうですか…」
魔法で何とかならないだろうか。
食後部屋に戻ったら方法を探してみよう。
翌日。
私はテンションが上がっていた。
あの後、食料問題を解決するかもしれない方法を見つけたのだ。
ゼオンの執務室をノックすると「どうぞ」と返答が返ってきたため勢いよく扉を開けた。
「ゼオン!相談があるの!」
ゼオンはしまったという顔で斜め上を窺った。
私はゼオンの視線の先を目で追って大の字で立ち尽くした後そっと扉を閉めた。
「エリィ!!!!!」
室内から雷が落ちたような怒声が響いた。
「ごめんね、エリィ。まさかこんなことになるとは思わなくて…」
ゼオンは撃沈した私の頭を撫でた。
「殿下は悪くないです。礼儀を守らなかった私が悪いのです」
まさか父がいるとは思わずいつものノリで入ってしまった。
何故か正座のお説教に慣れていた父は数刻もの間、令嬢の在り方について切々と語った。
冗談で言った足の痺れの罰が現実のものとなった。
「エリィ、今は二人だけだからいつものように接して」
ゼオンが哀愁を漂わせながら私の顔を覗き込んだ。
ゼオンの優しさが心に染みる…。
「うん…」
ゼオンを抱きしめると優しく包み込んでくれた。
涙出そう…。
「ところで何か用があったんじゃないの?」
本来の目的を忘れてた!
「食料問題を解決出来るかもしれないの!」
体を少し離してゼオンを見上げた。
「植物を出す魔術を使えば上手くいくかも」
「でもあの魔術は蔦が現れるだけだよ?」
「だから土に植えた種子に直接魔術をかけるの。私の箒みたいに」
「あれは魔法道具だから上手くいくけど種子は魔法道具じゃないから…」
「試してみるだけでも駄目かな?」
縋るような目で見つめた。
「まあ試してみる分には問題ないから…やってみる?」
私は目を輝かせたのだった。
ゼオンといつもの練習場に来ていた。
日当たりのいい場所に王宮で使用している肥料を分けてもらい土に混ぜ、侯爵邸から持ってきたリンゴの種を植えた。
「じゃあ始めるよ」
ゴクリと唾を飲んだ。
私はリンゴの種に向かって植物を出す魔術をかけた。
実はこの魔術、少し改変したのだ。
実験に使う種をリンゴにすると決めた時にリンゴの事も調べたが『リンゴの種は寒さに当てないと発芽しない』これを読んで植物を出す魔術に氷の魔術を組み込んでみた。
成功して!
祈りながら魔術を掛けているとニョキっと何かが生えた。
これは…リンゴの苗かな?
実物を見たことがない私は生えてきたのがリンゴの木なのか不安になりながら眺めていると、どんどん幹が太くなっていきリンゴが生えだした。
嬉しくなってゼオンの方を向くとゼオンが狼狽した。
「エリィ!魔力与えすぎ!」
え?
振り返るとリンゴの木は成長を続け魔術師の塔の頂上にまで達してしまった。
魔術師達が何事かと窓から顔を出そうとするがリンゴの生る木に阻まれて窓が封鎖されてしまった。
これはもうてっぺんでオカリナとか吹いちゃう?
「エリィ!!!!!」
本日二度目の雷が落ちたのは言うまでもない。
この後、王宮と侯爵邸ではしばらくリンゴずくめの料理が続いたのだった。
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