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悪役令嬢は魔術師になりたい  作者: 神楽 棗
第二章 奇想の魔術師
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掃除の魔女

「出たぞ!『掃除の魔女』だ!!」


 この不名誉な二つ名を叫んでいるのはお尋ね者の山賊さん達。

 魔女はいいよ。魔女だから。

 不名誉なのは掃除の方だ。

 なんで掃除って…?それは…。

 山賊が牽制の為の矢を放ち私の横を掠めた。


「馬鹿野郎!あいつを狙うんじゃない!掃除されたいのか!」


 山賊が可哀相なくらい焦っていた。

 あ、そろそろ来るかな…。

 山賊の後方から凄い威力の竜巻が…。

 竜巻に巻き込まれた山賊達は成すすべなく捕縛された。


「エリィ、無事か!?」


 地上から竜巻を容赦なく放った人物が心配そうにこちらを見上げていた。

 彼は私の婚約者でフリーデン王国の王太子、ゼオン・ルーレン・フリーデン。

 そして『掃除の魔女』の異名が付くことになった原因でもある。


 事の発端は数週間前。

 港の視察に行くと聞いてゼオンに頼み込んで同行させてもらった。

 海だよ。わくわくせずにはいられない。

 しかし港に着くと最近、近海で海賊が出没して困っているというではないか。

 私に任せなさいと海と空からの偵察を行っていると海賊船を発見。

 逃げる海賊船を空から追うと、海賊は振り払うため空に向かって矢を放ってきた。

 瞬間、ゼオンを乗せた船から海賊船一隻を簡単に燃やし尽くしてしまう威力の火の魔法が飛んできた。

 海賊達はすぐに海に飛び込んで無事だったが、船は炭と化し、海賊達は海の上をぷかぷか。

 鬼の形相をしたゼオンに縛り上げられた。


 そもそもプロポーズの際に貰った五枚の強固なバリアが胸にぶら下がっているのに海賊の弓くらいで怪我をするわけがない。

 ネックレスは壊れたんじゃないかって?

 自宅軟禁されている間にゼオンが修理させていた。

 もちろん新しいバリアの魔術もしっかり付与させて。


 話は戻るがこの事件以降、()に乗った女を狙うと魔法で()()されると噂が立ち『掃除の魔女』という変な異名を付けられた。

 これって私が原因じゃないよね!!

 なんで私の二つ名になるわけ!!

 箒だからってバカにしてるだろ!!

 そして原因を作った当の本人は『氷の指揮官』とかちょっとカッコいいあだ名が付けられているし!

 不公平だ!!


 回想が終わり、段々怒りが湧いてきた私はぷいっとそっぽを向いた。

 地上では何故私が不機嫌なのかわからずゼオンが右往左往していた。

 ゼオンは優しいしカッコいいし最高の婚約者だけど…過保護過ぎる!

 時々「お前は父か!」とツッコミを入れたくなるレベルだ。


 そろそろゼオンの元に戻ってあげようと視線を動かすと山小屋のような場所が目に映り進路を変えた。

 ゼオン?どうせすぐ追って来るでしょ。


 小屋は山賊達の住処らしく略奪した沢山の木箱や袋が乱雑に置かれていた。

 小屋の中を見回していると袋からはみ出した物に注視した。


「これって…」


 手に取った物は見覚えのある物だった。

 そう私が誘拐された時に地面に挿してあったという草…アテリア草だ。


「エリィ!!」


 髪を振り乱しながら現れたゼオンに抱きしめられた。

 痛い苦しい!!

 力強く抱きしめるゼオンの背中をタップした。


「エリィ!俺が何かしたなら謝るから機嫌直して!」


 タップしてるのに力強めるな!


「ゼオン、落ち着いて!怒ってないから!」


 いや、力を強めたことには怒れるが…。

 ゼオンは腕の力を緩めて不安そうに顔を覗き込んできた。


「本当…?」


 そんな可愛い顔されても…許してしまうだろ!!

 持っていたアテリア草を握り潰してしまった。


「それよりこれ見て!」


 手を開くと原型を留めていないくたびれた草が…。

 しかし草の色から察したのかゼオンの顔色が変わった。


「あそこの袋から出てた」


 袋を指差すとゼオンは袋の中を確認した。


「どうして山賊がこれを…」


 そこには多量に詰め込まれたアテリア草が入っていた。



 王宮に戻ると早速山賊達から事情聴取が行われた。

 事情聴取というより魅了(チャーム)の術で言わされたというのが正しいだろう。

 その結果分かったことはあの山小屋にあった品は全て隣国のガレフロナ帝国へと運ばれる途中の荷馬車から奪った物らしい。


「ピッツバーグ元公爵やメディーナから話を聞く必要がありそうだな…」


 尋問部屋から出てきたゼオンが呟いた。


「じゃあメディーナの聴取は私がする」


 挙手するとゼオンの反応は想定内だったが、後ろに控えていた騎士達の顔まで曇った。


「メディーナとの面会は危険すぎる。俺が行く」


 ゼオンはメディーナが何か仕掛けてくることを心配しているのだろう。


「大丈夫だよ。幽閉されている場所は『魔力封じの魔法陣』が施されているし、鉄格子のついた小窓から話すだけだから」


 あの事件から二ヶ月経ち、様子が気になったのもあるがゼオンと会わせたくないという私的な欲も少しあることは否定しない。


「ならせめて護衛を付けさせる。そうだな…ルイゼルに頼もう」


 ゼオンの言葉に後ろに控える騎士達の表情が期待から絶望へと変わった。

 自分達が護衛したいということだろう。

 この騎士達の表情が先ほどからうるさいのには訳があった。

 ゼオンストッパーである私がしばらく王都を留守にするからだ。


 『氷の指揮官』と呼ばれるゼオンはとにかく私以外の人間に容赦がない。

 ピッツバーグ元公爵が放ったと思われる魔物の討伐に向かった際、騎士達に『これくらい軽く倒せるだろ』と目で訴えて中型の魔物の群れに突っ込ませた事があった。

 討伐は成功したがアテリア草を含んでいる魔物は通常の魔物よりも強く苦戦を強いられた。

 怪我人が続出したことにゼオンは鍛え直しと王宮に戻ると直ぐに訓練を行うという鬼畜ぶり。

 そんなゼオンに団長クラスの人達は懐かしい光景だと涙を流したとか…。

 騎士が脱水と魔物からやられた傷からの出血で倒れた時にたまたま通りかかった私が「やり過ぎ禁止!」と治癒魔法をかけながらお説教をするとしょんぼりしながらゼオンは素直に従った。

 それ以降、騎士達は私に対して崇拝的な眼差しを向けるようになった。

 ちなみに私が山賊の討伐などに参加するきっかけになったのも騎士達の切なる願いからである。


 そんな騎士達も最近ではゼオンの扱いが分かってきたようで煽てるという技術を習得していた。


「エリアーナ様はいつもお美しいですが、殿下といる時が一番綺麗ですね」

 ゼオン、デレる。

「エリアーナ様はとてもお優しい方ですが、殿下に対しては我々とは違う優しさが滲み出ていますね」

 ゼオン、デレる。

「エリアーナ様はとても優しくてお綺麗でお嫁さんにしたい女性ですよね」

 ゼオン、キレる。


 お分かり頂けただろうか…。

 恐怖映像みたいな言い回しになってしまったが、ゼオンとセットならデレるが、他の男がピンで私を褒めると嫉妬で爆発するという面白い現象が起きる。

 なら私の話を出さなきゃいいのにと思うのだが、そこには騎士達にとって深~い事情があるらしい。


 ゼオンがデレると普通の訓練。

 何もない時は厳しい訓練。

 キレた時は死を覚悟する訓練になるらしい。


 お前ら国を守る騎士だろ!

 厳しい訓練しろよ!と突っ込まずにはいられなかった。



 結局すがるような眼差しを向ける騎士達を置いてメディーナが幽閉されている塔へと来ていた。


「本当に大丈夫か?」


 監視者であるエドワードが塔にかけられた魔法陣を解除しながらメディーナが私に危害を加えてこないか懸念していた。


「大丈夫ですよ。この塔の中では何もできないでしょうから」


 この塔には鍵がなく魔術で封鎖されており、王家の血を引いている者にしか開けられないよう強い制約が設けられている。

 無理に解除しようとすると中にいる者が命を落とすという恐ろしい塔でもある。


 狭い螺旋階段を上ると頂上に鉄格子がはめ込まれた腕一本分通るくらいの小窓が付いていた。

 もちろん扉は魔術で封鎖されていて存在が認識できなくなっている。


「あら一番見たくない顔を見てしまったわ」


 開口一番のセリフがこれである。


「あなたにお聞きしたい事があります。ピッツバーグ公爵領で栽培されていたアテリア草を他国に移すよう指示をしたのはあなたですか?」


 気を取り直して平静を装いながら質問した。


「つまらない話ね。もっと面白い話を持ってきてくれればいいのに…例えばゼオンと婚約破棄したとか」


 この(ひと)は!


「ゼオンの話なら喜んでしてあげるのに…王宮に来た当初はこんなに小さくて抱きしめてあげたいくらい可愛かったわ」


 メディーナは自分の胸くらいに手を添えた。


「毎朝裏庭でこっそり剣を振ったり魔法の練習をしたり。そうそう私が置いておいた差し入れを美味しそうに食べている姿がもう愛しくて…」


 うっとりしているメディーナを睨んだ。

 あえて私の知らないゼオンの話をして嫉妬させようと挑発しているのが見え見えだが…頬の引きつりを止めることは出来なかった。

 私の表情を見たメディーナは勝ち誇った顔をした。


「何も知らないなら結構です!」


 こめかみに青筋を浮かべながらやや強い口調で話をぶった切った。


「挑発に乗ってどうするんですか…少し落ち着いて下さい」


 後ろに控えていたルイゼルに諫められ、深呼吸をして心を落ち着かせた。


「あなたから情報を得なくてもアテリア草を所持していた者達から話は聞いているので、ご存じないようでしたら結構です」

「あら何も聞かずに帰るのね」


 メディーナから背を向けて出口に向かおうとすると声をかけてきた。

 立ち止まりゆっくり振り返ると無表情のメディーナと目が合った。


「何か教えてくれるのですか?」

「黒いフードの魔術師…」


 メディーナは遠くを見つめながら呟いた。


「彼らは元々ネルドの魔術師で私と一緒に逃げて来た者達だった。途中、囮になったり襲われたりして散り散りになってしまったけれど…」


 考え込むような仕草をして話を続けた。


「フリーデン王国に保護されてから私の元に現れた魔術師は自爆した彼だけだったわ。けれど他にも逃げてきた魔術師がいるとは聞いていたから」


 視線を上げて私を凝視した。


「私はこの中に裏切者がいるのではないかと疑っているわ」

「何人逃げて来たのかとかわかりませんか?」

「ネルドの城から私と一緒に抜け出したのは五人よ。ただそのうちの三人はもうこの世にはいないし、他の二人もどこでどうしているのかは知らないわ」

「二人が裏切者…」


 そいつらが密かにアテリア草を持ち出しガレフロナ帝国に送った…?


「その二人が裏切者かはわからないけど、ピッツバーグ公爵の地下の実験場からアテリア草を持ち出せるとしたら黒いフードの魔術師だけよ。あの施設は魔法で守られていたから簡単に外部から侵入出来ないようになっていたはずだから」


 転移の魔法陣で実験場に転移したことを思い出した。

 あれはたまたま私の入城証明書のプレートに施された結界が反応して現れたものだった。


「私が知っているのはこれくらいよ」


 メディーナは小窓から離れて背を向けた。


「ありがとうございました」


 私が頭を下げると少しだけこちらに顔を向けた。


「ネルドが滅びてから20年。私にとってこの国は故郷よりも長い年月を過ごしてきたわ…これでもこの国に愛着があるのよ…」


 最後は天井を見上げて呟いた。

 王宮で開かれたお茶会の席でメディーナは「今は幸せ」と話していた。

 この人はこの人なりにこの国で過ごした沢山の想い出に少なからず心を動かされていたのかもしれない。


「少し落ち着いたらまた話相手になりに来てあげますよ」

「嫌よ」


 即答!


「ゼオンなら大歓迎だけどね」

「断固拒否します!!!!!」


 以前、同じセリフを吐いた時は烈火の如く怒ったメディーナも今は穏やかに笑っていたのだった。

 




読んで頂きありがとうございます。

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