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悪役令嬢は魔術師になりたい  作者: 神楽 棗
第一章 ひよっこ魔術師
5/81

師匠vs

 ゼオンの後をついていくと王宮の一室で立ち止まった。

 部屋の前には広い中庭があり中庭の奥に円柱の塔が見えた。

 あれが魔術塔だろうか。


 ゼオンが部屋の扉を開けると紙に書いた魔法陣や分厚い本が床に乱雑に置かれていた。


「ここが師匠の部屋ですか?あちらの塔には行かないのですか?」

「俺専用にこの部屋が与えられている。他の王宮魔術師達はあっちの塔で仕事しているんじゃない」


 個室って師匠実はすごい魔術師なのでは。

 私、もしかしてかなり大物捕まえちゃったとか。

 不安と期待を抱きながら部屋に入るゼオンについて行こうと一歩足を踏み入れると、


「そこら辺の魔法陣、爆発するかもしれないから触るなよ」


 とんだ爆弾発言を残してくれた。

 地雷か地雷なのか。

 

 部屋に入れず立ち尽くす私を余所にゼオンは奥の部屋へと姿を消した。

 師匠のあとを追うには地雷という名の魔法陣を避けていく必要がある。

 しかし師匠が跨いだ唯一のスペースは私の大股で届くか届かないかの位置で下手をすればスカートが地雷にあたり爆発。

 想像して鳥肌が立った。


 魔法陣と格闘すること数分。

 奥の部屋から広辞苑並みの分厚い本を持ってゼオンが戻ってきた。


「昨日の本は読んだんでしょ。魔法が使いたいならこれくらいは読んでおかないと」


 ん?昨日?昨日買った本って『魔法が世界を救う』のことか?

 疑問符を頭いっぱいに浮かべているとゼオンが補足した。


「昨日本屋で魔法の本買っていたでしょ」

「昨日って…あのぶつかった黒ローブの人って師匠ですか!」

「え、今頃…」

「だってフードを深く被っていて顔が見えなかったので…」

「普通気配でわかるでしょ」


 ゼオン曰く魔力は指紋のように人それぞれ違うらしく魔力を見れば誰なのか大体判るらしい…ってわかるかい!

 心の中で忙しくツッコんでいるとゼオンは持っていた辞書のような本を手渡してきた。重。


「それ読んだらもう一度ここに来て」

「わかりました」


 婚約破棄までどのくらい期間があるかわからないけど、一度くらいなら王宮図書室に行きたいと父にお願いすれば入城できるかも。


「ところであんた名前は?」

「エリアー…エリィと呼んで下さい」


 危なかった。本名を名乗れば第一王子の婚約者ってバレてしまうかも。

 王家と関係があることを知られて余計な萎縮を感じてもらいたくなくて咄嗟に愛称を名乗った。

 ゼオンは訝しげな表情を浮かべていたがそれ以上問い詰めることはなかった。



 屋敷に帰ると執事から第一王子が来訪したことを告げられた。

 うん、知ってる。とは答えず曖昧な返事をしておいた。



 重過ぎる本を持って部屋に戻ろうと階段を上ると今度は面倒な相手が待ち構えていた。


異母姉様(おねえさま)、今日はどちらに行っていらしたの?せっかくエド様がいらっしゃったのに。リリィがいたから殿下も満足して帰られましたけど、これじゃあ異母姉様(おねえさま)より私の方が婚約者みたいね」


 笑っている顔は天使のようなのに言っていることは腹黒い。

 欲しいならどうぞ熨斗付けてあげますよ。


「本当にね。リリィが婚約者の方が殿下も喜ばれるかもしれないわね」


 目を輝かせて喜ぶフィリスを放置し部屋へと戻った。



 誰もこの重々しい本についてツッコまなかったな~なんてことを考えながら机に本を置くと腕がプルプルした。

 まさかの筋肉痛!?ティーカップより重い物は持てません!ってか。

 淑女に余計な筋肉は必要ないとはいえ、本を持って歩いて筋肉痛とか自分の腕の筋肉量の少なさに衝撃を受けた。

 筋トレしよ!

 

 家着に着替え、机の前に座り本を開いた。

 本には魔法の基礎知識から始まり、魔法の歴史、魔法と魔術の違い、薬学や生物学、精霊についてなど事細かに記載されていた。

 こんなに分厚くて中身がスカスカだったらそれはそれでビックリだけどね。


「お嬢様、夕食のお時間ですが…」


 マリーの声に顔を上げた。

 夢中で読み進めて気が付いたら外は暗くなりかけていた。


「お父様は?」

「まだお帰りになられていません」

「そう、なら今日は部屋で食べるわ」

「かしこまりました」


 父が不在ということは食卓につくのは継母とフィリスだけになる。

 食卓にあの二人しかいない時は極力部屋で食べるようにしていることもありマリーは暗黙の了解とばかりに頭を下げて退出した。

 これで今日はゆっくりと本が読める。


 このあと空が白み始めるまで集中するのだった。



 二日後、まだ婚約破棄になっておらず顔パスで城門を通過した。


 広辞苑もとい魔法の本はとても興味深くこの二日間ほぼ徹夜で読んでしまった。

 完徹できるとか私もまだまだ若いな。

 マリーには「お顔の色が悪いですが、本当に行かれるのですか…」と心配されたが婚約破棄間近の私には時間がなく魔法のコツだけでも今日中に教えてもらいたかった。

 

 長い回廊を通りゼオンの部屋の前で扉をノックした。

 部屋からは返事がなく扉を開けると、前回は魔法陣や本で散らかっていた部屋が今日は綺麗に片付いていた。

 入口で部屋の主を探していると背後からぶっきらぼうな声がした。


「なんか用?」


 振り返るとゼオンが真後ろに立っていた。


「おはようございます、師匠」


 ゼオンは私の挨拶を無視して手の中にある分厚い本を一瞥した。


「わからないところでもあった?」

「いえ。読み終えたら来るように言われたので来たのですが…」


 読んだら来いと言ったのはゼオンだ。


「それ、読んだの?」


 ゼオンの目が少しだけ見開いた気がした。


「そういうお話でしたので」

「魔法と魔術の違いは?」


 いきなりクイズですか!


「魔法は自然現象など不可思議な力を魔力や精霊の力を使って放出するもの。魔術は魔法をベースに新しく創られた術のこと」

「魔物とは」

「魔物は生き物の発する闇が具現化したもの。稀に食すことで生き物が魔物と化してしまう植物もある」

「精霊について」


 最初以外質問がざっくりしてきたな。


「精霊は地水火風の四大元素と最上位元素の光闇があり、精霊の力を借りれば通常の魔力よりも高火力での魔法を発動できる。また精霊は気分により求める以上の力を貸すことがあり『精霊の気まぐれ』と呼ばれている。精霊は元素別に精霊王がおり人に祝福を与えることがある。初代フリーデン王はこの国で唯一光と闇の精霊王から祝福を受けた人物として有名である」


 どうだ!ドヤ顔でゼオンを見上げるも無表情で私から本を取り上げ部屋に入った。

 あの重い本を軽々と。


「座れば」


 顎でソファーを指すと奥の部屋へと行ってしまった。


「お邪魔します」


 今日は地雷ないよね。

 恐る恐る窓の近くの二人掛けソファーに腰掛けた。


 しばらくするとマグカップを二つ手に持ってゼオンが奥の部屋から戻ってきた。


「お嬢様ならティーカップの方がいいんだろうけど、ここにそんな上品な物はないから我慢して」


 ゼオンはソファーの前にある木のテーブルの上にマグカップを置き、テーブルを挟んだ向かいの一人用ソファーに腰掛けた。


「いただきます」


 お茶を一口すするとハーブの香りが口の中に広がりホッと一息つけた。


「魔法の訓練だけど二日後にしようと思う」


 お茶をもう一口すすろうとカップに口を付けたところでゼオンの言葉に固まってしまった。

 婚約破棄まであとどれくらい時間があるかわからないから今日中にコツだけでも聞きたいのに。

 私はマグカップをテーブルに置いた。


「できれば今日中にコツを教えてもらいたいのですが」


 ゼオンは眉間に皺を寄せた。


「今日は無理だよ。寝不足の状態で魔法を発動しようとすれば暴発して怪我をするかもしれない。今日、明日と身体を休めてからしか教えない」

「コツだけでいいですから、教えてもらえませんか」


 頭を下げて懇願すると頭上から溜息が聞こえてきた。


「何か急いで学びたい理由でもあるの?」


 第一王子との婚約の件は知られたくなかったが背に腹は代えられない。

 頭を上げてゼオンを真っ直ぐに見た。


「実は私、もう少ししたら王宮に入れなくなるかもしれないんです」


 ゼオンは興味なさそうにハーブティーをすすりながら静かに聞いていた。


「今まで王宮に入れていたのは私が第一王子の婚約者だったからなのですが、今、婚約破棄を申し出ていまして…」


 驚くかと思いきやゼオンは動揺の色を全く見せることなくマグカップをテーブルに置き見惚れてしまうほどの綺麗な藍色の瞳をこちらに向けた。


「婚約破棄の件は知らないけど、第一王子の婚約者だろうということは予測してた」


 ゼオンより私の方が動揺した。

 予測していた…だと!?


「王宮を誰にも咎められず歩きまわれる令嬢なんて王家の人間かそれに連なる者かに限られる。今の王家にはエリィくらいの歳の王女はいない。王妃様に呼ばれた令嬢だとここにたどり着く前に騎士団の人間に止められる。王女でもなく、騎士団にも止められることのない令嬢とすれば今後王家に連なる予定のある人間、第一王子の婚約者しかいない」


 バレバレやん。


「そこまでご存じでしたら婚約破棄をしたらここまで来るのが難しくなることもお分かり頂けますよね」


 不貞腐れた顔をして上目遣いで睨んだ。

 ゼオンは私の視線を受け溜息をついた。

 師匠、溜息つき過ぎると幸せが逃げますよ…なんて言ったら私がつかせているとか返されそうだけど。


「仕方ないな…」


 ゼオンが私に聞こえないくらいの声量で呟いた。


「俺が王宮に入れるよう手配しておいてやるから予定通り二日後に来て。それまでに体調を万全にしておくこと」


 手配ってそんなに簡単に部外者を王宮に入れられるのだろうか?


「返事は」

「はい!」


 ゼオンの圧に思わず返事をしてしまった。


「納得したなら今日は帰ってすぐ寝ること」

「はい!お茶ご馳走様でした」


 妙なオーラに押されて部屋を出た。



 回廊で一息つくと眠気が襲ってきた。

 師匠の言う通り早く帰って寝よ。


 回廊を曲がると前から見知った人物が歩いてきた。


 やばい、エドワードだ。


 隠れる場所を探すもだだっ広い回廊に隠れる場所などない。

 最終手段木に擬態するか。いや、色的に無理だろう。

 やむを得ずこちらに気付いて早足になったエドワードにカーテシーをした。

 私の前で立ち止まったエドワードは怪訝な表情を浮かべていた。


「久しぶりだな、エリアーナ」

「ご無沙汰しております、殿下」

「王宮に来ているのに私に会いに来ずにここで何をしていた」


 苛立ちを含んだ声色だった。


「今から伺おうと思っておりました」


 嘘だけど。


「婚約破棄の件、陛下から聞いた」


 質問に答えていないのに聞きたいことが山ほどあるのかスルーしてきた。


「左様でございますか」

「宰相に話す前になぜ私に言わなかった」

「侯爵家ではいつもフィリスが同席しておりましたし、先日王宮に伺いましたがご不在でしたのでお伝えする機会を逃してしまいました」


 半分嘘だけど。

 フィリスの所為にしたのが気に入らなかったのか又は嘘がバレたか、徐々にエドワードの目が据わってきた。


「お前はいつも可愛くない。もう少しフィリスを見習ったらどうだ」


 カッチーン。


「私も殿下が婚約者として誠実な方でしたらもう少し可愛くしていたかもしれませんね」


 これにはさすがのエドワードも怒りを抑えられず手を振り上げた。


 ぶたれる!


 咄嗟に目を閉じた。

 しかしいつまで待っても頬に衝撃が来ず、薄っすらと目を開けた。

 エドワードの腕は宙を浮いたまま私の斜め前を睨みつけていた。


「お前、私が誰かわかっているのか?」


 エドワードが凄みを利かせた声を発した。

 エドワードの視線の先に目をやるとエドワードの腕を掴んだゼオンが立っていた。


「部屋の近くで騒がないでくれる。うるさいんだけど」


 エドワードの凄みにゼオンが動揺する気配なし。

 まさか目の前の人物が第一王子と知らないのでは。

 このままでは師匠が不敬罪で捕まってしまう!

 焦った私はゼオンの袖を引っ張るが何を勘違いしたのかゼオンはエドワードの腕を離し私の手を取った。


「お前のせいでエリィがこんなに怯えている」


 ちっがーう!怯えさせているのは師匠でしょ!


「エリィ…だと…」


 エドワードはエドワードで違うところに反応してるし。


「大丈夫だから、エリィ」


 ゼオンは見惚れてしまうくらい綺麗な笑顔で私を見つめた。


 だからエドワードを煽るな!


「お前、この女が私の婚約者と知っているのか?」


 エドワードのこめかみに血管が浮き出てきた。

 これもう完全に不敬罪で罰せられる…。

 顔面蒼白の私を尻目にゼオンは不敵な笑みを浮かべた。


「婚約破棄間近なんだろ、第一王子様」


 エドワードも私も驚愕のあまり立ち尽くしてしまった。


 知っていてのこの態度!


「お…お前…知っていて…」


 同感です、殿下。

 初めての体験にさすがのエドワードも動揺を隠せないようだ。


「エリィが『殿下』って呼んでいたし、第一王子が婚約者だと聞いていたからね」

「し…知っていてその態度は不敬だぞ!」

「俺の態度より女性に手を上げる行為の方が王族以前に紳士としてもどうかと思うけど」


 飄々と答えるゼオンにエドワードも為す術なく、


「不敬罪で陛下に報告させてもらうからな!」


 と怒鳴り散らして去っていった。


 これは非常に不味い。

 陛下に報告されたらゼオンは間違いなく王宮にいられなくなる。

 下手をすれば牢獄、処刑もあり得る。

 青白い顔でゼオンを見上げるもゼオンは何処吹く風。


「師匠、私のせいでごめんなさい…」

「何が?」

「何って不敬罪で王宮にいられなくなるかもしれないんですよ」

「それならそれで有難いけど、たぶん無理だろうから大丈夫だよ」


 首を傾げる私の頭に手を置いて優しく叩いた。


「エリィは気にせず二日後にまた来なよ」


 ゼオンの言葉と少し緩んだ口元に不思議と気分が落ち着いた。


「師匠、助けてくれてありがとうございました」


 お礼に目一杯の笑顔をゼオンに向けて、帰宅の途についた。



 壮絶な争いのあとの疲れと睡眠不足が相まって自室に戻ってすぐにベッドにダイブしそのまま寝落ちした。

 

 次に目を覚ましたとき私の目に一番初めに映ったのは顔面蒼白で私を起こすマリーだった。


「お嬢様、すぐ起きて下さい!旦那様がお呼びです!」


 お父様が!?

 呼び出しの心当たりがあり過ぎて一気に目が醒めた。


「大至急書斎に来るようにとのことです」


 一難去ってまた一難。体力持つかな…。


 重い足を引きずりながら書斎に向かった。



 ここは入室と同時にスライディング土下座をするべきか?

 それともゼオンのように余裕の態度で挑むべきか…。


 良い対応策が出ないまま書斎の前に到着した。


 いっそ逃げるか…。無理だよね。

 思考を振り払うように頭を振った。


 ノックをすると「入れ」と厳格な声が聞こえてきた。


「失礼致します」


 恐る恐る入るとソファーに座るよう促された。

 使用人を退室させると父は私の向かいに座った。


「お前、ゼオン殿と知り合いなのか?」


 ん?不敬罪の件ではない?


「はい。先日から魔法を学びたく師になってもらっています」


 父の眉間に皺が寄った。


「どうして魔法を学ぼうと思ったかのところから説明してもらってもいいか」


 私は一連の出来事を父に話した。

 時折父の顔色が悪くなるのは気のせいではないだろう。


「それで通りすがりの師匠をこうガッと掴んで…」

「ちょっと待った。そんな勢いで掴んだのか?」

「はい。やっと出会えた王宮魔術師でしたので逃がしてはいけないと思って」


 父は眉間を揉んだ。


「その後は少し話をして無理そうだったので諦めようと思ったのですが何故か弟子入りさせてもらえました」


 その時の事を思い出すと嬉しくなって満面の笑顔で答えた。

 父はソファーに腰を掛けなおしながら深い溜息をついた。


「つまりお前はあの方がどういう立場の方か知らずに声をかけたと…」


 父の言葉に首を傾げた。


「あの方のお名前はゼオン・ルーレン・フリーデン」

「フリーデンってまさか!?」

「陛下の嫡孫で王位継承権第一位の資格者だ」





読んで頂きありがとうございます。


次からしばらく○○視点の話になります。

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