不穏な夜会
ゼオンにエスコートされて会場に入ると一斉に視線が集まった。
品定めされているみたいで嫌だな…。
「エリィ。俺は陛下の後ろの席に移動しなきゃいけないけど、あとで必ず戻って来るからそれまでは変な男に捕まらないようにしてね」
ゼオンが私の耳元で囁いた。
ここまでゼオン色一色の姿の私に声をかけてくる強者がいるとは思えないが…。
誰が見ても私は王太子のモノですと言っているようなものだ。
心配性のゼオンに苦笑いを浮かべながら約束した。
陛下が会場に姿を見せると一斉に静まり返った。
「皆のおかげで今日という日を迎えることができた」
スピーチが始まると皆、陛下に注目した。
長いスピーチが終盤に差し掛かったところで話を切り出した。
「知っている者もいると思うが改めて紹介しよう。前王太子の嫡男で先日王太子に任命したゼオン・ルーレン・フリーデンだ」
ゼオンは立ち上がり一歩前に出ると挨拶をした。
陛下はゼオンをチラ見したあと咳払いをした。
チラ見していた時、ゼオンが意味深な笑みを浮かべていた気がする。
「また王太子の婚約者のエリアーナ・フロレンス・ウォルター侯爵令嬢だ」
会場の全員が陛下の視線の先のゼオン一色の私を見た。
突然名指しされて慌ててカーテシーをした。
婚約発表ってこの場で公表すること!?
しかも何も聞かされてないし!
ゼオンに抗議の目を向けるもゼオンは満足そうな笑みを浮かべていた。
陛下のスピーチが終わると陛下は王妃とホールの中央で踊り始めた。
「私と踊って頂けますか?」
降壇したゼオンが手を差し出してきた。
「喜んで」
不敵に笑い手をとった。
どさくさに紛れて足踏んでやる!
ダンスが始まると一斉に視線が私達に集まった。
令嬢達からは感嘆のため息がもれた。
そうゼオンのダンスが上手すぎなのだ。
そして私もダンスは上手い方であり身体に染み付いた動きを敢えて外すのはなかなか難しく、足を踏めないまま無常にも時は過ぎていった。
そんな私の気持ちを察したゼオンが可笑しそうに笑った。
「どうやらエリィを怒らせちゃったみたいだね」
私は踊りながらゼオンを睨みつけた。
「せめて前もって教えておいて欲しかったです」
今だ!と足を踏もうとしたら体を引き寄せられた。
今、ワザと足出したでしょ!
「そんなに怒らないで。他の男を牽制したかったんだよ」
ゼオンが耳元で囁いた。
そうだとしてもまた同じような事があると困るんですけど。
「今回は許してあげるけど今度私に黙って勝手な事したら結婚は考えさせてもらいます」
私の意趣返しにゼオンは慌てた。
「今度からは前もって伝えると誓うから許して!」
ちょっと病みつきになりそう。
余裕を失ったゼオンにほくそ笑んだのだった。
曲が終わるとエドワードとフィリスがやってきた。
「彼女と踊ってもよろしいでしょうか?」
ゼオンを見上げると笑顔は崩していないが目の奥が笑っていなかった。
私がゼオンの袖を軽く引っ張ると致し方ないといった感じで「どうぞ」と譲った。
私は久しぶりにエドワードと踊ることになった。
恐らくエリアーナの人生の中で一番踊ったのがこの相手である。
私はエドワードのリードで踊り始めた。
「婚約おめでとう」
おもむろにエドワードが祝いの言葉を発した。
「幸せか?」
「はい」
私が素直に答えるとエドワードは「そうか…」と呟いた。
「私はフィリスが好きだった…」
知っていますとは言えず聞き役に徹した。
「エリアーナや侯爵に辱められていると私を頼るフィリスが可愛かったんだ」
惚気ですか?
「だからエリアーナが私の前に姿を見せなくなって突然婚約破棄を言い渡されて怒りが湧いたんだ。私の気を引きたくてそこまでするなんて!と…」
えっと…完全に勘違いですね。
「でもそうではなかったと思い知らされた…」
エドワードはフィリスと踊るゼオンを見た。
私も踊りながらゼオンをチラ見すると無表情で踊るゼオンに苦笑した。
「あいつといる時のエリアーナはいつも楽しそうだった。俺には一度も見せてくれなかった笑顔まで見せて…」
エドワードの真剣な瞳とぶつかった。
「嫉妬したんだ」
初めて聞かされたエドワードの心の内に動揺した。
「その時に気が付いたんだ。エリアーナが好きなんだって…」
思わず俯いてしまった。
「別にどうこうして欲しいわけじゃない。ただ…」
エドワードは私を引き寄せて身体を密着させた。
「自分の気持ちにけじめをつけたいんだ」
耳元で囁かれた声音はとても哀し気だった。
「さようなら、エリアーナ」
曲が終わるとすぐにエドワードは離れた。
ゼオンが鬼のような形相で早歩きで近付いてきたからだ。
「嫉妬深い男は嫌われるぞ」
エドワードは不敵に笑うと立ち去っていった。
「何を話していたの?」
笑顔が崩れたゼオンは不機嫌そうに尋ねてきた。
「けじめをつけたいって言ってた…」
それだけでゼオンには何の事かわかったようでそれ以上は何も言われなかった。
挨拶を一通り終えて二人で外に出た。
「風が気持ちいいね」
背伸びをした。
「それじゃ風邪引くぞ」
ゼオンは上着を脱いでかけてくれたので、私はお礼の代わりに笑顔を返した。
「王太子妃になったら忙しくなるんだろうな…」
私の呟きにゼオンが不安そうに顔を覗き込んできた。
「王太子妃は嫌?」
「魔法を使う機会が少なくなりそうで…」
「エリィは本当に魔法が好きだね…魔法に嫉妬しそう…」
ゼオンの言葉にくすりと笑った。
「魔法は好きだよ。だってゼオンと出会うきっかけになったから」
ゼオンの手を握ると指を絡めてきた。
「だからたまには魔法を教えて下さいね、師匠」
見上げると優しく微笑むゼオンの顔が近付いてきて…
「キャーーーーーーーー!!」
会場から悲鳴が上がった。
長い夜の幕開けである。
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