師匠ゲットする
ウォルター侯爵家の馬車が城門に到着した。
通常は身分証明書がないと城門を通過できないが10年も殿下の婚約者をしている私は顔パスで通ることが可能なのだ。
婚約破棄が成立すると顔パスでは通れなくなることからも、まだ婚約破棄まで至っていないことが窺えた。
下車した私がまず向かったのはエドワードの執務室だった。
ここで大事なのは、王宮に来たという理由が欲しいということだ。
理由のためにわざわざ婚約破棄する相手と何を話すのかって。
実はエドワードが執務室にいない事は確認済なのだ。
エドワードは2~3日に一回侯爵家に訪問する。
婚約破棄の話を聞いていたとしたら今日あたり確認のため訪問するのではないかと予想していた。
案の定先触れが届いた。
通常先触れが届くと婚約者つまり私に先触れが届いたことを伝えにくるのだが我が家は少し違う。
先触れが私に伝わる前にフィリスが全て対応してしまうのだ。
狙いは私の準備時間を稼ぎ、少しでも長くエドワードと二人きりになるためだ。
父派の執事が先触れに気付いた時は私にも伝わるのだが最近フィリスも巧妙な手口を使うようになりフィリスvs執事の攻防が繰り広げられるようになった。
見ている分には面白いが。
そして今日、私はこっそりフィリスを見張っていたのだ。
『家政婦は見た!』はこんな感じなのかと考えながら。
先触れが届いたあとスキップをしながら部屋に戻るフィリスを見届けた私は執事に出かける事を告げ屋敷を後にしたのだった。
エドワードの執務室に到着し扉をノックした。
返答なし。よし、誰もいない。
浮かれ気分で振り返るとエドワードの側近が立っており、とっさにカーテシーをした。
「殿下に会いに来られたのですか、ウォルター侯爵令嬢」
まさか側近に会うとか。
舌打ちしたくなった。
「ご無沙汰しております、ピッツバーグ公爵子息様。殿下にお話ししたいことがありましたがご不在のようですので日を改めてお伺いします。それでは失礼いたします。ごきげんよう」
逃げるが勝ちと言わんばかりに話を切り上げその場を立ち去った。
回廊を進みエドワードの執務室から離れたところで胸をなで下ろした。
エドワードと話すことなどないのに執務室で待たされたら最悪だ。
次からは違う手を使おう。
気を取り直して魔術師塔に向かった。
実は魔術師塔に向かうのは初めてで、どこにあるのかもわからない。
たぶん騎士団宿舎のさらに奥だと思うという直感だけを頼りに突き進むも長い回廊が続くだけで建物らしきものが全く見えない。
そして気が付いた。
「もしかしなくても…迷子になった」
誰かに道を尋ねようと周囲を見渡すも、静かな長い回廊と風に揺られて気持ちよさそうに揺れる草木しかない。
なんで誰一人も通らないの。
歩いているうちに異次元の世界に紛れ込んだとか…。
不安で冷や汗が出てきた。
「邪魔」
背後から突然聞こえてきた声に出てきた冷や汗が引っ込んだ。
恐る恐る振り返ると黒いサラサラの短い髪に、鋭い藍色の瞳、中性的な綺麗な顔立ちをした背の高い青年が立っていた。
見惚れていると青年は訝しげな表情で一瞥すると私の横を通り過ぎ…ちょっと待ったーーーー!
私は青年の服を掴んだ。
突然服を掴まれた青年はバランスを崩し後ろに一歩よろめいた。
「何?」
顔だけ振り返った青年はすごく怒っているとわかる低音ボイス。
顔を歪めてもイケメンですね。じゃなくて!
「王宮魔術師の方ですか!」
そう、私が掴んだ青年の服は昨日町でぶつかった高級そうな金の刺繍を施した黒いローブだったのだ。
王宮でこの装いは魔術師で間違いない。
ここで会ったが百年目、目的を達成するまで離しません!
「そうだけど」
青年はローブを勢いよく引っ張りあっさりと私の手から引き抜いた。
「私、魔法が使えるようになりたいんです」
「あっそ」
話は終わったとばかりに歩き出す青年の前に両手を広げて立ちふさがった。
彼は鬱陶しそうに私を見下ろした。
「少しだけでいいのでコツを教えて下さい!」
勢いよく頭を下げると頭上から溜息が聞こえてきた。
「あんた良いところのお嬢様だろ。魔法なんか使えない方がいいんじゃない」
確かにこの世界では魔法は忌み嫌われている。
魔力を持つ人を悪魔と揶揄する者もいるくらいだ。
現にエリアーナも魔法に手を出そうなどと考えもしなかった。
でも、前世の記憶がある私からすると魔法が使えるなんて素晴らしいである。
「確かにこの国では魔法を良く思わない人は多いです。でも私は魔法を使えることが悪いことだとはどうしても思えません」
「人に呪いをかけたとしても?」
青年の言葉に私は首を傾げた。
「それって使い方の問題だと思うのですが。武器だって使い方次第では人や物を傷つけることができれば守ることだってできる。権力も私利私欲に使えば自分は私腹を肥やせるが民を苦しめることになる。要はどれにおいても使う者次第じゃないですか」
言い終えてから青年の顔を窺うも青年は無表情のまま。
うん。これは脈無しだな。
「生意気な口を利いて申し訳ありませんでした。今日は帰ります」
頭を下げ青年に背を向けた。
「教えてやってもいいよ」
振り返ると青年は私に背を向けて歩き出していた。
「いいのですか…」
目を輝かせて青年の後ろ姿を見つめていると、立ち止まり顔だけこちらに向けた。
「コツだけだからな」
「はい!師匠!!」
元気良く返事した私に青年はしかめ面をした。
「師匠って何…」
「師匠の名前を知らないので」
「ゼオンでいいよ」
「はい。ゼオン師匠」
師匠呼びは続くのかと言いたげな顔をしていたが知ったことではない。
こうして私はゼオン師匠をゲットしたのだった。
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