王太子になる覚悟(ゼオン視点)
エリィに想いを伝えた翌日。
俺は陛下の執務室でウォルター侯爵と向き合っていた。
「二人の恋は応援します。私もゼオン殿ならエリィを幸せにして下さると信じていますから…」
俺は仁王立ちする侯爵の前で『正座』をしていた。
「しかし!結婚するまでは健全なお付き合いをして下さい!口付けなど以ての外です!!」
「はい…」
俺は小さくなりながら返事したのだった。
侯爵のお説教のあと、俺は黙々と書類整理に勤しんだ。
エリィに会いたい…。
若干エリィ欠乏症になりながら仕事をしていると、一枚の嘆願書に目が留まった。
嘆願書は第三騎士団の団員からのものだった。
内容は『ピッツバーグ公爵邸付近で不気味な声が聞こえる。調査して欲しい』とのことだった。
騎士団に所属する団員がこのような嘆願書を出すなど聞いたことがない。
しかもピッツバーグ公爵領の事であればまず公爵領の管理者に報告するはずだ。
それを無視して陛下に直に嘆願するということは…。
「陛下。この案件、俺が調べてもいいですか?」
俺は陛下に嘆願書を渡した。
陛下は嘆願書を黙読したあと俺に用紙を返した。
「好きにするといい」
俺は早速第三騎士団へと向かった。
ルイゼルの協力でピッツバーグ公爵領に家族がいるという団員を呼び出してもらった。
「その嘆願書は私が出したものです」
団員は俺の顔を見るなり開口一番に言った。
「公爵は知っているのですか?」
俺の問いに団員の顔が恐怖の色を滲ませた。
「姉からの手紙では最初は公爵邸に不気味な声が聞こえると町長が何度か要請書を提出していたそうです。しかし一向に改善されないため、町の住人達が公爵邸に押し掛けたようなのですが…」
団員は躊躇いがちに口を開いた。
「誰一人帰ってこなかったそうです…」
公爵に殺されたのではと恐れた住人達はそれ以降口を閉ざしたらしい。
しかし公爵邸から聞こえる不気味な声は今も変わらず続いており、姉が何とか出来ないかと団員に相談したようだ。
「私のような身分の者が陛下に直接嘆願書を出することに抵抗はありましたが、陛下の書類を管理しているゼオン殿の目に留まれば動いてくれるのではないかと思い提出しました…」
「どうして俺が陛下の書類の管理をしていることを知っていたのですか?」
「今回の件で相談したらルイゼル副団長が提案して下さったのです」
あいつこの件のこと知っていたのか!?
以前から思っていたが俺の内情についても知っている感じだし侮れないな。
「事情はわかりました。この件については陛下とも相談して決めたいと思いますので、内密にしておいて下さい」
団員は俺に頭を下げると戻っていった。
これを理由にすれば公爵領を調査できる。
俺は陛下の執務室へと急いだ。
「調査は難しいだろう」
陛下は俺の報告を受け渋い顔をした。
「どうしてですか!?町の人達が行方不明なのですよ!?」
「相手は五大公爵の一つ。私の命令で兵を動かしたとしても白を切られたら兵たちは何も出来ず泣き寝入りして帰ってくることになる。公爵とはそういう立場にあるのだよ」
権力か…。
「公爵より上の位の者が直接乗り込めば話は別だろうがな…」
陛下は真っ直ぐに俺を見つめた。
俺が王太子になって指揮を取れば可能だと言いたいのだろう。
けれど公爵を捕まえる目的の為だけに民を犠牲にはできない…。
俺は頭を下げて陛下の執務室を後にした。
部屋に戻るため回廊を歩いていると前方から見たことのある人物が歩いてきた。
あれは確かピッツバーグ公爵の子息か?
子息も俺に気付き通りすがりに頭を下げた。
「公爵領の噂話を知っているか?」
子息は立ち止まるとゆっくりとこちらを振り返った。
その顔つきは以前エドワードと覗き見をしていた時のような軽薄な顔とは違い峻厳さを纏っていた。
流石は五大公爵の子息といったところか…。
「知っていたとしても今のあなたに話す事は何もありません。あなたが私を公爵にしてくれると言うのであれば話は別ですがね」
彼はそのまま立ち去ってしまった。
一王子の俺には陛下に存命する公爵の継承を進言することは出来ない。
しかし俺が王太子になり指揮官として公爵邸を探索し、現公爵の領地管理が難しいと判断できた場合は陛下に進言して襲爵させることが出来る。
ここでもまた権力の壁が立ちはだかった。
俺は部屋に戻るのをやめ、王宮で一番高い見晴らしのいい塔の屋上に向かった。
屋上に到着すると強い風が吹いていた。
俺は塀にもたれながら屋上から見える城下を眺めていた。
「ここにいたのか」
後ろから声をかけられ振り返ると陛下が立っていた。
今は一人で考えたいと俺は返事をせずに再び城下へと視線を戻した。
「ここから見る城下の眺めは絶景だろう」
陛下は俺の隣に立ち城下を見下ろした。
「お前達はやはり親子だな」
なんのことだと陛下を見上げると陛下は優しい笑みを俺に向けていた。
「お前の父も悩むとよくここから城下を眺めていたよ。自分が何をすべきなのかを確認するためにな」
父もこの場所に立っていた?
俺にとって父はあの山にいる印象だったが、陛下の言葉に王宮で暮らしていたという父の残痕を感じた。
陛下は俺の頭をなでると手紙の束を差し出した。
「第二騎士団からお前に渡して欲しいと預かった」
手紙は巨大魔物から救った町の住人や難民達からだった。
陛下は出口へ向かいながら手をひらひらと振ってその場を立ち去った。
俺は手紙を一枚一枚開けて読んだ。
そこには俺とエリィに対しての感謝の言葉と平穏になった町の状況が綴られていた。
中には難民の子供から押し花を付けた手紙も混ざっていた。
きっとエリィが助けた時に舞った花を押し花にしたのだろう。
俺はくすりと笑った。
あの時俺は仕事として任務をこなしていた。
しかしあの地で暮らす人達にとっては死活問題であったことがこの手紙からも窺えた。
この国には他にも同じような悩みを抱えた民が沢山いる。
今回のピッツバーグ公爵邸の町民達もそうだ。
俺が王太子になればそういう人達を救う事が出来るだろうか。
民が平穏に暮らせる生活。
それをこの国全土に拡大させる。
それが俺のやるべきこと。
俺の中で結論が出た瞬間だった。
翌日、エリィに王太子になることを伝えた。
俺の隣に立つ妃はエリィ以外考えられなかったからだ。
しかしエドワードと婚約を破棄したのに俺が王太子になりエリィが王太子妃になればまたエリィは自由を失う。
正直嫌がるかもしれないと覚悟していた。
「師匠がどういう立場になっても私はずっとついていきますからね」
エリィの言葉に嬉しさが込み上げてきた。
俺は愛しくなって俺に寄りかかるエリィを引き寄せた。
口付けをしたい衝動に駆られてエリィを見つめて…思い出した。
侯爵と約束していたんだった…。
俺は誤魔化すように立ち上がった。
その後、エリィが不機嫌になった理由もわかっている。
わかっているが…俺だってしたいんだよーーーーーー!
俺の心の声がこだましたのだった。
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