魔術は発想です
本日二度目の投稿させて頂きます。
目を開けるといつもの見慣れた天井。
あれ?私、ゼオンに抱きついた後どうなったっけ?
重い体を起こすと部屋の扉の開く音がした。
扉の方に目を向けると口元に手をあてて涙ぐむマリーの姿があった。
「お嬢様。お目覚めになられたのですね」
え?何?寝ている間に何があったの?
「すぐに旦那様をお呼びします!」
マリーは廊下を走って行ってしまった。
廊下は走っちゃいかんよ。
窓に目を移すと白とピンクの胡蝶蘭が花瓶に可愛く生けてあった。
私はベッドから降りると少しふらつくが歩いて花瓶に近付いた。
「綺麗…」
胡蝶蘭に触れていると父が部屋に入ってきた。
「エリィ!」
父は涙を流しながら早足で近付いてきて私を抱きしめた。
強い!強いよ!
私が父の背中をタップすると父は腕の力を緩めた。
「お父様、一体何があったのですか?」
父の話ではゼオンに抱きついた私は魔力が尽きて気を失ったらしい。
またですか…。
ゼオンがベッドまで運んでくれたそうだ。
お姫様抱っこで…。
ゼオンが無事だったことに安堵したが、眠っていたことに後悔した。
貴重なお姫様抱っこ体験が!
起きていたら羞恥で暴れていたかもしれないけどね…。
それから10日間、私は眠り続けたとのことだった。
うん。体が重いはずだ。
父が私をベッドに座らせるとゆっくり休むように言い部屋を出ていった。
ゆっくりったって10日間も寝ていたのだが…。
「お嬢様、今日の花を飾りますね」
マリーは胡蝶蘭の花瓶と桔梗の花瓶を入れ替えた。
「毎日花を変えてくれていたの。とても綺麗ね。ありがとう」
お礼を言うとマリーは複雑そうな表情を浮かべた。
「王太子殿下が毎日花を持ってきて下さるので、お嬢様の部屋に飾らせて頂いていました」
ゼオンが…。
心が温かくなった。
「その胡蝶蘭、まだ綺麗だからそこに飾っておいて」
私はベッドの隣にあるサイドテーブルを指した。
「けれどこれは昨日の花ですよ?」
「それでもいいの。お願い」
マリーはサイドテーブルに胡蝶蘭を置いてくれた。
ゼオンが毎日用意してくれたと思うと愛おしさが込み上げてきた。
胡蝶蘭に触れているとマリーが慌てた様子で部屋に入ってきた。
「お嬢様!王太子殿下がお見えになりました」
マリーの後ろからゼオンが姿を見せた。
私、お風呂入ってない!
臭わないよね…。
いそいそと髪を整えているとゼオンは私のベッドに腰掛けた。
「師匠、ここまで運んで下さってありがとうございます」
私がお礼を言うとゼオンの表情に影が差した。
「エリィ…」
ゼオンの表情が暗く嫌な予感がした。
「俺達はもう会わない方がいい…」
私の思考が停止した。
会わない方がいいって…どういうこと…?
言葉に出来ず私はゼオンの服を掴んだ。
ゼオンは私の掴んだ手を見つめた。
「今回は運よくエリィの治癒魔法のお陰で大事には至らなかったけど、それでもエリィが眠っていた10日間は生きた心地がしなかった」
ゼオンは私の手から自分の手に視線を移すと、両手を力強く握りしめた。
「俺は怖いんだ。自分の力でエリィが傷つくのを見るのが…。今回だってもしかしたらエリィは…」
ゼオンは言葉を詰まらせ項垂れた。
「私、頑張りますから!自分の身は自分で守れるようになりますから…」
だから会わないなんて言わないで…。
私は零れ落ちそうになる涙を堪えながらゼオンの腕を掴んだ。
ゼオンは悲痛な面持ちで目を閉じた。
傍にいさせて欲しい…ゼオンの肩に頭を乗せた。
ゼオンは振り返ると私を強く抱きしめた。
「ごめん…エリィ…」
囁かれた言葉に涙が頬を伝った。
それが別れの言葉だと悟ったからだ。
ゼオンは振り切るように私を離すとそのまま部屋を出ていった。
「行かないで!ゼオン!!」
私は思うように動かない足を動かしてゼオンの後を追いかけ廊下に出た。
そこにはもうゼオンの姿はなかった。
「エリィ…」
ゼオンが去ったあと父が私の部屋に訪れた。
泣いている私の背中をなでた。
「お父様。私がいけなかったの。ルイゼル副団長に止められたのに私が師匠を止めようとしたから。師匠がいなくなっちゃいそうで怖かったから。なのに私が弱いせいで師匠は責任を感じて…」
父が私を抱きしめた。
「誰も悪くないよ。エリィも殿下も各々のするべきことをしただけだ。責任を感じる必要はないんだよ」
「でも、師匠は…」
「殿下には少し時間が必要なんだ。エリィも今は何も考えずに休みなさい」
父は私をベッドに寝かせると私の目の上に手を置いた。
「ゆっくりおやすみ…エリィ…」
私はそのまま眠りについたのだった。
ゼオンから別れを告げられてから数日が経った。
一度ゼオンに会いに行こうとしたが、胸についていた許可証が無くなっていた。
ゼオンのもとに向かう時に何かが壊れる音がしたがゼオンの魔力に耐えられなかったバリアが壊れたのだろう。
父に連れて行ってもらおうかとも考えたが公爵邸の事後処理に追われて忙しそうな父を見て頼むのをやめた。
父が忙しいということは指揮官だったゼオンはもっと忙しいに違いない。
邪魔はしたくなかった。
ゼオンが贈ってくれた胡蝶蘭と桔梗の花は枯れる前に押し花にした。
私は窓辺でしおりにした押し花を眺めていた。
「お嬢様、今日は天気がいいですからお散歩にでも行かれては如何でしょう」
マリーはあの日以来私を気遣ってくれていた。
マリーだけではない。
庭師も毎日私の部屋に飾る花を用意してくれた。
料理長も私の好物を用意してくれたり、今までフィリス派だった使用人達もこっそりお菓子を届けてくれたりとその心遣いがとても嬉しかった。
嘆いていてもゼオンに会えるわけではない。
だったら今は自分の出来ることをしよう。
弱いならゼオンも自分も守れるくらい強くなればいい。
強くなったら私からゼオンに会いに行くんだ。
私は押し花を魔術の本に挟み立ち上がった。
「マリー。魔法の特訓を始めるわ」
私は目を輝かせたのだった。
中庭に出た私はまずバリアの強化に挑んだ。
ゼオンは円形から四角まであらゆる形のバリアが張れる。
一度どうやって張っているのか聞いたことがある。
ゼオン曰く起点となる点から必要な大きさを計算して魔力を割り当てる…ちんぷんかんぷんである。
「魔法みたいに感覚でできないのかな…?」
とりあえず一面から数を増やしていくことから始めてみた。
二面は簡単だった。
腕が二本あるからね。
三面張ろうとすると一方が消えてしまう。
これどうすればいいんだ!?
両足を使えば四面…ってお嬢様的にそれはタブーだ!!
私は頭を抱えた。
「お嬢様、今日はどんな魔法を使ってくれるのですか」
久しぶりに私の姿を見た庭師が嬉しそうに袋に入れた工具を持って通りかかった。
庭の手入れには全く関係の無いバリアです。
「そういえばいつも綺麗なお花を届けてくれてありがとう」
私が花のお礼を言うと庭師は照れたように袋を持ち直して立ち去った。
袋か…。
袋って確か一枚を繋げて使うよね…。
一枚のバリアを繋げれば全面に張れる?
計算をしてバリアを張っているゼオンには申し訳ないが、これが出来たら『魔術とは発想である』という本でも出そうかな。
私は試してみることにした。
まずバリアが柔らかくなるか試してみた。
ゼオンがバリアを色んな形にしていたから可能なのではないかと考えた。
袋をイメージして…。
私は両手でバリアを張りそれを広げてみた。
バリアは私の手に合わせてゆっくり広がった。
良い感じ!
しかし途中で気付いてしまった。
両手を左右に広げると背中にまで手が回らない!
途中で止まってしまったバリアは最初にかけた部分から消えていった。
しばらくなら消えずに残ることがわかった。
プラス思考でいこう。
次はあれか、魔法少女が変身する時みたいに一回転してみるとか…。
年齢的にあれをイメージするのは恥ずかしいが。
今度は回転しながらかけてみた。
一瞬だったが卵型にバリアがかかった。
やった!
ガシャンッ!
音のした方に振り向くとおやつを持ってきたマリーが見てはいけないものを見た顔でトレーを落とした。
ちょっと魔法少女をイメージしてポーズとかとったけど私は正常です!
「マリー、あのね…」
「大丈夫です、お嬢様。私は誰にも言いませんから!」
う…うん。ありがとう。
調子に乗るの止めよ。
マリーが新しいおやつを取りに行っている間、バリアの練習を続行した。
さっき回転した時に手を上に挙げたら卵型になった。
だとしたら上から下に向けて左右に手を下げていけばバリアが張れるのでは?
試してみると先ほどと同様卵型になった。
あとは形を維持して強化すれば。
これ出版決定だな。
後日。
お嬢様は王太子殿下と別れてから透明の殻に閉じこもるようになったと侯爵邸で噂が立った。
バリアの練習をしていただけなのに不本意だ!
読んで頂きありがとうございます。




