いざ幽霊屋敷に
私は今、幽霊が出ると噂される屋敷に来ていた。
幽霊の調査のためだ。
「で…殿下、傍にいて下さいね…」
私はゼオンの服を握りしめて震えていた。
「俺の傍にいれば大丈夫だから」
笑顔で頭をなでてくれた。
た…頼もしい。
色んな意味で私のドキドキが止まらない。
「ゼオン王太子殿下、団長より準備が整ったとの連絡がありました」
ルイゼルがゼオンに一礼した。
「今からピッツバーグ公爵邸の調査を行う!」
ゼオンの指示のもと騎士達が動き出したのだ。
数ヵ月前…。
「エリィ、俺、王太子になることにした」
ゼオンの突然の告白に私は持っていたクッキーを落とした。
隣に座るゼオンを見上げた。
ゼオンと想いが通じあってからは私達の距離感が以前より近くなった。
というよりゼオンが距離を詰めてくるようになったと言った方が正しいか。
すごく嬉しいのだがゼオンへの想いに気付いてからは心臓がショートしてしまうことがしばしばあり、いつか私の体が壊れてしまうのではないかというくらいドキドキが止まらなくなった。
これってきっと慣れなんだよね…。
ゼオンにその話をしたら「自分が傍に行くからいいよ」と笑ってくれた。
いやだからそれで心臓がショートするんだって…。
「色々今のままでは駄目だと思い知らされた…」
ゼオンは決意の眼差しで私を見つめた。
「以前から考えていたことだけど、俺もいい加減逃げてばかりいないできちんと自分の立場と向き合っていこうと思うんだ」
私はゼオンに寄りかかった。
「師匠がどういう立場になっても私はずっとついていきますからね」
ゼオンが息を呑むのがわかった。
ゼオンは私の頭に手を回すと自分の肩に私の頭を乗せた。
ゼオンが私を見つめてる…。
私もゼオンを見上げた…。
これって…ちょっと良いムード?
私が目を閉じると
「じゃあバリアの練習に行こうか」
ゼオンは立ち上がり部屋の扉に向かった。
ちょっと!今のキスするところじゃないのーーーーーーー!?
ぶすっ。
「エリィ…どうしたの…?」
「別になんでもないです」
仏頂面でゼオンを睨んだ。
あの場面は普通キスするでしょ。
私なんか勇気を出して目まで閉じたのに…。
思い返すと恥ずかしい…。
羞恥と怒りになんともいえない感情がこみ上げた。
いいですよ別に…。
ふーんだ。
ぶちぶち拗ねながらバリアをかけた。
最近一方面ならバリアを発動できるようになったのだ。
多方面?数学の苦手な私ができるわけないでしょ。
「一方面が出来ればまあまあ上出来かな。三方面は作っておきたかったけど…」
ぶすっ。
どうせ出来の悪い弟子ですよ。
不機嫌オーラ全開の私にゼオンが苦笑いを浮かべた。
「エリィ、機嫌直してよ」
ゼオンが私を抱きしめて頭を優しくなでた。
いつまでも不機嫌のままだと子供っぽいし、まだそういう段階ではないということだよね。
私は自分の中で結論を出すとゼオンの腕の中でコクリと頷いた。
ゼオンは私の反応を見て微笑んだ。
ああ私、この笑顔に弱いわ…。
それからしばらくしてゼオンが王太子になったと父から聞かされた。
就任式は大々的に行う予定だが、先に問題を片付けるため今回は簡易的に任命式が行われた。
師匠絶対かっこよかっただろうな…。
私がゼオンの任命式を想像していると父が咳払いをした。
おっとよだれが…。
「まあ、お前が想像している通り立派だったぞ」
ああ見たかったな。
どうしてこの世界には動画がないのだ!
動画で撮ったら永久保存版にするのに!
持っていたティーカップが小刻みに揺れた。
「就任式はお披露目もあるからその時まで楽しみにとっておきなさい」
少し不満だが…就任式までにカメラとか作れないかな。
娘の不敵な笑みに侯爵は見て見ぬふりをしたのだった。
ゼオンが王太子に任命されてから数日が経った。
私は緊張しながらゼオンのいる王太子の執務室の扉を叩いた。
「どうぞ」
中からゼオンの声がして背筋を伸ばした。
「失礼致します」
中に入ると手前にソファーとテーブル、奥に王太子用の執務机が設置されており山積みの書類に埋もれながらゼオンが書類と格闘していた。
何だかゼオンとの壁を感じて寂しくなった。
「エリィ?」
ゼオンは入ってきたのが私と知ると書類から目を離し笑顔で迎えてくれた。
服装はいつもの黒のローブではなく黒いシャツに金の刺繍が施された白いベストを着ており、黒いベルトで絞めた白いパンツを履いていた。
首元が窮屈なのか上段のボタンが外されており、シャツの隙間から見える鎖骨が色っぽくて…以前同じことを言っていた騎士ではないが鼻血出そう…。
いつもと違う雰囲気のゼオンにドキドキしながらカーテシーをして挨拶をした。
すると途端にゼオンは不機嫌になった。
なんで不機嫌!?礼儀を守っただけなのに。
ゼオンは私に近付くと頬に触れて私に視線を合わせて、上目遣いで私を見つめた。
「エリィにそんな他人行儀みたいな態度とられると悲しくなるんだけど…」
私の心臓は撃ち抜かれた。
お…落ち着け私の心臓。
「そういうわけには参りません。殿下は王太子になられたのですよ」
ゼオンの目を見たら負けだ!
私は目をつむった。
「じゃあせめて二人の時は以前のように接してよ。そうじゃないと俺、王太子辞めて逃げ出すかも…」
なんて恐ろしいことを言うのだこの人は!
私の言動が国家の命運を分けるとか!
責任重大過ぎる!!
「わかりました!師匠!!」
以前と同じようにしたはずなのに何故かゼオンは不機嫌なまま。
なんで!?何がいけないの?国家転覆の危機!?
「まあいいや。それはもうちょっと親密になってからで…」
親密との言葉に赤い顔がさらに熱を帯びた。
ゼオンは私をソファーに座らせると飲み物を用意してくれた。
相変わらずのマグカップに以前と変わらぬ空気を感じて嬉しくなった。
ゼオンは私の隣に座ると私の肩に頭を乗せて私の手を握った。
「エリィの傍は癒される…」
ゼオンのスキンシップに私は仏像と化した。
いつもよりスキンシップが激しくないですか!?
「そういえば師匠は側近の方は置かれないのですか?」
ドギマギしながら尋ねると、ゼオンは私の肩に頭を乗せたまま返事した。
「エリィがなる?」
私?王妃教育は受けたことはあるけど官僚の仕事はわからないよ?
私が真剣に考え込んでいるとゼオンが噴出した。
「冗談だよ。エリィには側近よりなって欲しいものがあるしね」
なって欲しいもの?
私は首を傾げた。
あれか!多方面バリアを張れる魔術師とかか!?
無理無理無理無理…。
私は小刻みに首を振った。
「エリィ…」
私が多方面バリアについて考えていると顔を上げたゼオンと目が合った。
ち…近い…。
いい雰囲気だが…二度も騙されないぞ!
今度は目を閉じずにゼオンを見返した。
私の目力に負けたゼオンが視線を逸らした。
やった!勝った!!…じゃない!
ゼオンは座りなおすと今度は言いにくそうに私を見た。
「エリィに頼みがあるんだ…」
私は首を傾げた。
「本音は連れて行きたくないんだけど…」
ゼオンはため息をついた。
「実はエリィを調査に同行させろという意見が多数出てさ…」
「魔術師の仕事ですか!」
私は目を輝かせた。
「エリィは本当に魔法が好きだね…」
だって魔法だよ。
不本意な噂を立てられることもあるけれど、やっぱり使っていると楽しい。
自分の体から水とか風とか出るんだよ。
たまに紙とかで切り傷が出来ると治癒魔法を使っている。
前世ではジクジクして治るまでに時間がかかったのに、魔法サイコー!
苦手なバリアだって出来るようになったときの喜びは尋常ではなかった。
「じゃあ、一緒に行ってくれる?」
もちろん!
「幽霊屋敷に」
ん?
「調査は幽霊屋敷なんだ」
ゆゆゆゆゆゆゆゆ…幽霊!?
私の心臓が違う意味でショートした。
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