お付き合いは健全に(ウォルター侯爵視点)
陛下の執務室。
執務用の机に両肘を付き口元で手を組み合わせた陛下が神妙な面持ちで私を見た。
「お前はどう思う?」
書類整理を黙々とこなす私に陛下が尋ねてきた。
「とても良い傾向だと思います」
私が返事をすると陛下は顔を輝かせた。
「やっぱりそう思う?ゼオンとエリィちゃんのお陰で最近は魔法の人気が急上昇しているし、ゼオンを王太子にと望む声が上がってきている。これでゼオンが王太子になったら言う事なしなんだが」
陛下が仰っているのは最近流行っているお芝居の話だ。
このお芝居のお陰で私達が頭を痛めていた問題がいくつか解決した。
一つは魔法の異端問題が解決された。
もう一つは王太子の問題だ。
ゼオンは王太子候補としては優秀な人材だがあまり表立って動くことがなかった。
そのため元老院もゼオンかエドワードかで決めかねていたが、今回の件でゼオン派が圧倒的に増えていた。
あとは本人次第だが…。
陛下、休憩もいいですが仕事してください。
「でもさ、ちょっとスパイスが足りない気がするんだよね…現実味がないというか…」
急に何を言い出すんだこのおっさんは…。
というか芝居観に行ったのか?
私だってまだ観てないのに!
エリィを誘って行こうとしたが
「あんな恥ずかしい劇、観られません!!」
って断られたんだよな。
フィリスが母親と観に行った話を聞いて羨ましかった。
「私が考えるに、もっと胸キュンの場面があっても良いと思うのだが…」
年寄りが何を言っているんだ。
下らないこと考えてないで仕事してください。
「私が二人を見ていて一番胸キュンしたのはやはり組紐なる物をゼオンの腕に巻いている場面ではないかと思うのだが」
確かにあの時柱の陰から見守っていた私達の目にもエリィの可愛さが際立っていた。
「しかし、ゼオン殿が鬼の形相で抗議しに来られると思うのですが…」
「大丈夫大丈夫」
絶対大丈夫じゃない。
私は警告しましたからね。
何があっても自分で対処してくださいよ。
「ということでだ、裏からこっそり脚本家を連れてきてくれ」
脚本家を連れてくる間の分の仕事は陛下が全てこなして下さいよ。
私は仕事をしない陛下を睨むのだった。
「あ…あの…私はどうしてここに呼ばれたのでしょうか…?」
こっそり夜中に王宮の応接室に呼ばれた脚本家は恐縮し通しだった。
脚本家的にはモデルのゼオンを王太子扱いした事への罰が下るのではと思っているのだろう。
ゼオンは表向きただの王宮魔術師という肩書だからだ。
大丈夫。このおっさんは下らないことで呼んだだけですから。
むしろゼオンを王太子にした事で今なら頼めば褒美も貰えるかもしれない。
「今日はお前に頼みがあって呼んだのだ」
陛下が言葉を発すると脚本家が飛び上がり床に頭をつけた。
こんなに怯えさせて可哀相に…。
陛下はそんな脚本家に近付くと脚本家の肩に手を乗せた。
脚本家の体が跳ねた。
「あのお芝居…とても素晴らしかった!」
陛下が褒めると脚本家は目が点になった。
「よくあの演目を公演してくれた。お礼をしたいところだが、内容的に王家が公に動けないのはわかってくれるか」
脚本家は物凄い勢いで頷いた。
「そこで私から胸キュンになる場面の情報を与えてやろうと思う」
それはもう絶対使えとの命令ですよね。
数日後…。
「これは一体どういうことですか」
だから言ったでしょ。
私は知らぬ存ぜぬを押し通した。
私に見捨てられた陛下は開き直った。
反論していたゼオンだったが陛下の一言でゼオンが押し黙った。
「王族の私生活と言いたいのなら、まずは自分が王子であることを自覚することから始めなさい」
陛下は立ち上がり後ろで手を組むと窓の方を向いた。
一見威厳のある格好いい姿に見えるが私の角度からはしっかりと見えていた。
ゼオンの反応を気にしてちらちら視線だけ後ろに向けているのを。
嫌われたらどうしよう…って乙女か!
気になるなら最初から面と向かっておいてください。
今日はエリィが王妃に組紐作りを教えるため王宮に来ている。
私にも作ってくれないかな。
正直に言うとゼオンがずっと羨ましかったのだ。
私達が黙々と書類整理に勤しんでいると、王妃が謁見したいとの申し出がきた。
王妃の珍しい行動に私達は顔を見合わせた。
王妃を執務室に通すと衝撃的な内容を口にした。
「エリアーナが泣きながら侯爵邸に帰ったみたいなんだけど…」
エリィが泣いている?
「恐れながら理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ルイゼル副団長からは元凶が説明しにくると思うのでそれまでお待ちくださいって…」
元凶?誰だ?
私はすぐに帰宅したい気持ちを抑えながら元凶とやらを待った。
王妃が退室してしばらくするとゼオンが入室してきた。
まさかゼオン殿がエリィを泣かせた?
私は驚きのあまり目を見開いた。
「ウォルター侯爵、エリィに会わせてもらえませんか」
「その前にエリィを泣かせたというのは本当ですか!?」
私は怒りを抑えながらゼオンに問いた。
「誤解なんです!俺は誓ってエリィを泣かせるようなことはしていません!」
ゼオンの必死の形相に本人達にしかわからない行き違いが生じているのだろうと察した。
そもそもゼオンがエリィを悲しませるようなことをするとは思えない。
「わかりました。私も帰宅しようと思っていたので一緒に行きましょう」
残りの業務を陛下に押し付けた私はゼオンと共に帰路についた。
家に到着するとゼオンがフードを目深に被った。
玄関ホールではエリィを心配するマリーが私の帰りを待っていた。
「エリィの様子は?」
「今はおやすみになっています」
マリーは私に報告をしながら後ろに立つ顔の見えない人物を訝しんでいた。
私はゼオンに目で合図を送ると一緒にエリィの部屋へと向かった。
エリィの部屋をノックすると鼻声の愛娘の声が返ってきた。
私を心配させまいと気を遣う娘に私の方が泣きそうだった。
ゼオンを見ると彼は力強く頷きエリィの部屋へと入っていった。
私は少しだけ扉を開け二人の様子を見守った。
陛下ではないが胸キュンのやり取りをする二人に愛娘をとられた悲しみとお互いを慈しむ姿から嬉しいような悲しいような複雑な心境に陥った。
これ陛下が見てたら絶対脚本家を呼び出すだろうな。
エリィは眠ってしまったのかゼオンがエリィを寝かせていた。
眠るエリィを見ていたゼオンが顔を近付けて…。
まだ早い!!!!!!!!!!
私はエリィの部屋の扉の柱をギリギリと爪を立てて握った。
ゼオンは私の心の声を察してエリィから離れると、私に頭を下げ転移魔法で姿を消した。
今度釘を刺しておかなければ。
結婚するまでは健全なお付き合いをと!!
読んで頂きありがとうございます。




