魔法との出会い
婚約破棄の件は父に任せることとなり自室へと戻った。
「お嬢様が婚約破棄を望まれるとは思いませんでした」
侍女のマリーがテーブルに飲み物を置きながら心なしか嬉しそうな顔をしていた。
「あなた王子殿下とフィリスの関係を知っていたの?」
「ええ、使用人の間では有名な話でしたから」
頭をテーブルに打ち付けたい衝動にかられた。
知らぬは亭主ばかりなりとはまさにこのこと。
「ちなみにいつから知っていたの」
「一年くらい前からです」
マジか…。一年も気付けなかった自分に情けなさを感じた。
いや、気付いていたが都合の悪いことは聞き流していた気がする。
自分は婚約者だから大丈夫と。
そういえばマリーも苦言を呈してくれていた気がする。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
ソファーに脱力しながら遠い目をした。
思えばこの10年間殿下との結婚を夢見て厳しい王妃教育や苦手な夜会に時間を費やして自分のしたいことって何もしてこなかったな。
しみじみ過去の自分を振り返った。
もっと自分のために自由に時間を使ってみたい。
身体を起こし、口元に手を当てた。
だったらこれからすればいいのでは。
これを機に色々やってみようかな。
エリアーナは貴族社会の中で生きてきたため、今までの『楽しい』日常は刺繍をしたり、同年代の友達や殿下とのお茶会くらいだ。
それ本当に『楽しい』か?
刺繍は淑女の嗜みとしてやっていただけだし、友達のお茶会だって将来の王妃に媚を売ろうとしている奴らばかりだし、殿下とのお茶会に至っては論外だ。
これらを『楽しい』日常と捉えられていた自分に虚しさを感じた。
しかしその『楽しい』日常とも今日でお別れだ。
せっかく前世の記憶があるのだから前世では出来なかったことをやってみたい。
そのためにはこの世界に何があるのか知ることから始めよう。
何だかワクワクしてきた私は勢いよく立ち上がった。
「マリー、明日、城下町に出かけるわよ!」
翌日、マリーと二人で城下町を歩いていた。
町娘風を装うため地味目のワンピースを着用した。
私達から少し離れて護衛の騎士も付いてきていたが、お忍びを配慮してシャツと動きやすいパンツとラフな格好をしてくれた。腰の剣だけは譲れないようだが。
「マリー見て!美味しそうな屋台があるわ」
私は屋台に向かって一直線に駆け出した。
屋台は串焼きのお店でタレの美味しそうな匂いが漂っていた。
「おじさん。鳥の串焼き3本下さい」
「はいよ。お嬢ちゃん可愛いから1本おまけしてあげるよ」
おお!さすが美人のエリアーナだ。美人はやっぱり得するよね。
屋台のおじさんにお礼を言い、串焼きを4本受け取るとマリーと護衛騎士に1本ずつ手渡した。
仕事熱心な護衛騎士は初めこそ断ってきたが、伝家の宝刀『主の串焼きが食べられないのか』を抜くと素直に受け取った。
食べ歩きは行儀が悪いとマリーには窘められたが、せっかくお忍びで町を散策しているのだから町民たちの気持ちを味わいたいと社会勉強の一環を示唆するとしぶしぶ了承してくれた。
その後も数件食べ歩きしてみたり雑貨屋に寄ったりと気付くと夕方近くになっていた。
「帰る前に本屋に寄りたいわ」
「あまり時間もありませんし長居はできませんよ」
「大丈夫。最近流行りの本が何か見たいだけだから時間はかけないわ」
私達は近くの本屋へと足を運んだ。
本屋は古い紙とインクの匂いがした。
この世界の本は全て手書きであり写本をすることで部数を揃えている。
パソコンがないなんてなんて不便な…。
そんなことを考えながら本のタイトルに目を通していると『魔法が世界を救う』と書かれた白い薄めの本が目に付いた。
異端扱いされやすいため関わることがなく忘れていたが、この世界には魔法がある。
本を手に取り開いてみると書き出しに『魔法は誰でも使える』と記載されていた。
前世では当たり前だが魔法などなかった。
特殊能力や魔法の話が多かったのも魔法使いに憧れていた人が多かったからだろう。
かく言う私もデッキブラシ…もとい箒にまたがってジャンプして飛んでいる風を装った経験がある。
せっかく魔法のある世界に転生したのだし使えるようになりたい!
そのまま会計に向かおうと振り返ると目の前を通り過ぎようとしていた人にぶつかり本を落としてしまった。
「悪い…」
「私も余所見をしていたので、すみませんでした」
お互い本を拾おうと手を伸ばすも相手の方の腕が長く先に拾ってくれた。
声の感じから若い男だろうか。
男は黒いローブに付いているフードを目深に被り顔は確認できなかったが袖口やローブの縁は金の刺繍が施されており格式の高い家柄と読み取れた。
背丈はエドワードよりも少し高いか。
男を観察していると、男は表紙を見て動きを止めた。
「あの…ありがとうございました」
本を返してもらおうと手を差し出すと、男は私に本を渡しながらフードの中からこちらの顔を覗いているようだった。
「異端者になりたいなんて変わり者だね」
男は一言呟くとそのまま立ち去ってしまった。
「これ読んだら異端者なの…」
呆然としているとマリーに帰宅を促されたので、とりあえず本を購入して帰宅したのだった。
夕食を終えて部屋に戻り早速購入した本を読みだした。
この世界には精霊がいて精霊の力を借りると地水火風の魔法を唱えることができる。
誰しもが魔力を保有しており精霊を求めれば魔法が使えるようになる。
などが書かれており、あとは使い方次第で魔法はとても便利であるという例が記載されており、困難な問題も魔法で解決できることがあると言いたいのだろうと認識した。
「よし!」
本を閉じ、天井に向かって両手を伸ばし精霊を求めてみた。
「精霊よ!私に水を!」
うん。予想通り。
精霊の代わりにマリーが水を持ってきてくれた。
わかっていたさ。
恥ずかしくて涙出そう。
「お嬢様、お水をお持ちしました」
「ありがとう。そこに置いておいて」
悲観している私をマリーは怪訝な面持ちで窺っていた。
これ以上続けると精神が病んでいると思われてしまうかも。
これはプロフェッショナルにコツを聞くしかない。
「マリー、明日王宮に行くわ」
王宮には王宮魔術師という専門家がいる。
お父様から殿下と婚約破棄になったという話を聞かなかったから殿下に会いに来たという名目で王宮に入ることは可能だ。
両手でガッツポーズをしている私に事情を知らないマリーが気合を入れて一言。
「明日の衣装は任せて下さい!」
えっと…殿下に婚約破棄を突き付けに行くとでも思っているのだろうか…。
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