エリアーナの気持ち
「お嬢様。組紐の作り方を教えて頂けませんか?」
部屋で魔術書を読んでいた私にマリーが珍しくお願いをしてきた。
しかも組紐作りを。
「突然どうしたの?」
話を聞くと例のお芝居で貴族令嬢が魔術師に組紐を渡すシーンが最近追加されたらしいのだ。
終盤にヒロインの貴族女性が戦場に赴く王太子兼魔術師の手首に組紐を巻いてあげて無事の帰還を祈るという胸キュンなシーンだそうだ。
ゼオンの手首には私がお礼にあげた組紐がついていることから女性達はこぞって自分達も意中の男性にプレゼントしたいと雑貨店に問い合わせが殺到しているらしい。
ちょっと待った!
これ絶対身内に情報流している奴がいるよね!
そもそも組紐がないこの国で組紐が出てくる時点で組紐を知っている奴しか教えられないことだよね!
組紐連呼し過ぎた…。
いや、確かに良いシーンにはなると思うよ…私の心臓も破裂したくらいだから。
だけど…あの組紐のくだりが皆に知られてしまった事が恥ずかしい。
私は手で顔を覆った。
「あの場面はとても素敵でした。私はお嬢様が組紐を渡すところを拝見できなかったのでお芝居で観ることができた時は感動しました。本音を言えばお嬢様が渡す場面も実際に観てみたかったのですが…」
作り方教えてあげるからそれ以上は言わないで。
というか今更だがマリーもお芝居を観に行っていたのね。
後日、ゼオンに組紐の件を話すと心当たりがあるのか遠い目をしていた。
「うん。ごめん…迷惑かけて…」
どうやらゼオンも王妃様に組紐の事を根掘り葉掘り詮索されているようだ。
そして是非一度私に組紐の作り方を教わりたいと仰せらしい。
組紐の作り方の本を出版しちゃう?もしくは組紐講座を開くとか。
これ組紐で一儲けできちゃうよね。
「ところで師匠、雷の魔法とかってありますか?」
「水と風の魔法を使えば雷鳴は呼び起こせるけど…何かあったの?」
私はゼオンにエドワードと継母に起きた出来事を話した。
すると何故かゼオンは苦笑した。
「それね…結界のせいかも」
「結界?」
「邪な想いがある人間が近付くと邪気を払うためピリッとする」
「そう!それです!でもいつから私結界が張れるようになったのですか?」
「うーん。新しい許可証を渡してからかな…」
私は許可証に目を落とした。
許可証は前回同様キラキラしていて綺麗だ。
「もしかして、師匠が前に言ってた『もっと強力な魔法』ってやつですか?」
「こっちは違うよ。ただの虫除けだから」
「虫…ですか?」
「そう、ただの虫だからエリィが気にすることは何もないよ。でも結界がちゃんと発動して良かったよ」
ゼオンはにこやかに笑った。
これは何か企んでいる時の顔だけど…何を企んでいるかまではさすがに読めないな…。
結界のおかげで助かったのも事実だし、これ以上の詮索はやめておこう。
「組紐作りって楽しいのね」
私は今、王宮で王妃相手に青空組紐作り教室を開いていた。
ゼオンにいつでも教えられると伝えたところ王妃からすぐにお茶会の招待状が届いた。
どんだけ作りたいのよ。
招待状には私が教えてあげたいと思う方も誘ってよいと書かれており私はマリーにも声をかけた。
マリーは恐縮していたが折角の機会だしと参加することになった。
予定外なのは…。
「異母姉様、組紐って難しいのですね。メディーナ様の組紐綺麗ですね」
「ありがとう。あなたの組紐も素敵よ」
この二人である。
メディーナの参加はまだわかる。
王家の方だし、王妃が許可を出せば参加できるだろう。
問題はフィリスである。
どこでお茶会の話を聞きつけたのか…いや、エドワード情報だろう。
お茶会当日におめかしして馬車の前で待っていたのだ。
駄目だと言うと泣きわめき継母が出てくる始末。
王妃との約束の時間に遅れるわけにはいかない私はやむを得ずフィリスを連れていくことにしたのだった。
ほんっとエドワードって余計な事しかしないよね!
組紐教室が終盤に差し掛かり、参加者達も各々の望む組紐が出来てきた。
「私、この組紐渡してきます」
フィリスが組紐をもって会場を離れた。
サーモンピンクとパステルグリーンのフィリス色を使っていたからエドワードにでも渡すのだろう。
「お嬢様の時を思い出しますね…」
マリーが恍惚な表情であの黒歴史を持ち出してきた。
いやーーーーーーー!あの話するの!?
王妃達も興味津々で集まってきた。
私はいたたまれなくなりフィリスを探しに行くと言いその場を離れた。
フィリスを探し王宮を歩いていると中庭に黒髪の黒いローブの後ろ姿を見つけた。
私は声をかけようとして止めた。
ゼオンの前にサーモンピンクの髪の女性が立っていたのだ。
心臓が嫌な音を立てた。
次の瞬間、女性がゼオンの胸に飛び込み…
私は逃げ出した。
どのくらい走っただろう。
走ったせいだろうか…心臓がうるさいくらい脈を打っていた。
立ち止まり下を俯くと地面にポタポタと雫が落ちた。
私、泣いてるの…。
胸が張り裂けそうなくらい苦しくて…辛くて。
ゼオンとフィリスが抱き合う姿が甦り私はその場に崩れ落ちた。
深層領域で偉そうにエリアーナを説教したが、今ならわかる。
エリアーナがフィリスに殺意を抱いてしまうくらい苦しかったことが…。
私、ゼオンが好きなんだ。
こうなって初めて自分の気持ちに気が付いた。
あの優しい笑みも、いつも私の頭をなでてくれるあの温かい手も私以外の女性にもしていると考えただけで涙が溢れた。
私以外の人に微笑まないで。
私以外の人に触れないで。
私以外の人に優しくしないで…。
どんどん溢れてくる自分の醜い感情に私は力なく笑った。
自分がこんなにも独占欲が強かったなんて。
「具合でも悪いのですか?」
掛けられた声に顔を上げるとルイゼルが立っていた。
ルイゼルは少し目を見張ると眼鏡を上げて視線を反らした。
泣き顔であったことを忘れていた私は顔を見られないよう俯いた。
「ここだと邪魔になりますから付いてきてください」
私の前を歩くルイゼルに付いていった。
ルイゼルの部屋に入るとティーカップで紅茶を出された。
ゼオンはいつもマグカップであることを考えてまた涙が出てきた。
「最初に言っておきますが、恋の相談をされても無理なので落ち着いたら帰って下さい」
ですよねー。
恋愛偏差値ゼロって感じですもんね。
というかなんで恋の悩みってわかったの!?
「あの…何故わかったのですか…?」
「女性が泣くのは失恋した時だけでは?」
それ!偏見だから!!
「失恋じゃなくても泣くときありますから!」
「では何故泣いていたのですか?」
言葉に詰まった。
「私のは…失恋に近いです…」
ほら見ろとでも言わんばかりの顔だ。
これだから恋愛偏差値ゼロの男は…!
「師匠が他の女性と抱き合っていたんです…」
「それ、本当に抱き合っていたのですか?」
ポツリと呟いた私の言葉にルイゼルは疑問を呈した。
抱き合っていたかどうか聞かれると…。
「女性が師匠の胸に飛び込んだところで逃げたのでその後のことはよくわかりません…」
「では泣く必要はありませんね」
いやいや、抱き合っていないかもしれないけど少なくとも胸に顔は埋めてますよ!
私は仏頂面でルイゼルを睨んだ。
「だってそうでしょう。その女性はつまずいてゼオン殿に寄りかかっただけかもしれない。もしくは故意だとしてもゼオン殿がその後女性を抱きしめているとは限らない。だとしたら今流しているあなたの涙は無駄でしかない。ついでに失恋と結びつける意図もわからない」
確かにそうかもしれない…けど!言い方!
「少なくともあなたとゼオン殿の事を知っている身としてはあなたが失恋したと考えるだけ時間の無駄に思えます」
それって…?
「あとは自分で考えて下さい」
ルイゼルはそれだけ言うと紅茶をすすった。
気が付いたら涙が止まっていた。
なんだかんだ言って相談に乗ってくれたことが可笑しくて私は吹き出してしまった。
ルイゼルは失礼だと私を睨んだ。
落ち着いた私はあることを思い出した。
「そういえば私、今日、王妃様のお茶会に来ていたのだった…まだ帰る挨拶してない…」
ルイゼルが驚愕した。
そういう事はもっと早く言えってことですよね。
この顔では王妃達を心配させると思ったのかルイゼルは「貸しですからね」と言って部屋を出ていった。
ご迷惑をお掛けしてすみません。
あの後マリーだけを連れてきてくれたルイゼルにお礼を言い家に帰った。
マリーは目が赤く腫れている私に濡れたタオルを渡してくれた。
私はベッドに横になるとタオルを目に当て寝てしまった。
しばらくして部屋の扉がノックされていることに気付いて目が覚めた。
声の主は父だった。
「エリィ、大丈夫か?」
扉の奥で声がした。
どうやら事情を聞いたらしい。
今は目が腫れているし顔を合わせるともっと心配させてしまうかもしれない。
部屋に入ってくると不味いと思い布団を被った。
「大丈夫です、お父様。少し休めば良くなりますから…」
案の定、心配した父は部屋の扉を開けた。
部屋に父が入って来たのがわかり布団をさらに深く被った。
「エリィ…」
名前を呼ばれて動揺した。
どうしてここにいるの…。
聞き間違い?
違う!私が聞き間違えるはずがない、だって…。
「エリィ?」
もう一度名前を呼ばれた。
止まったはずの涙がまた溢れ出した。
布団の中からゆっくり顔を出して声の主を見た。
「し…師匠…?」
本物?
どうして私の部屋に…?
ゼオンはゆっくりと私に近付きベッドの端に腰掛けた。
泣いている私の涙を指で拭うと優しく微笑んだ。
「ルイゼル副団長から話を聞いた。エリィに辛い想いをさせたのに俺、話を聞いた時嬉しかったんだ」
あの野郎どこまで話したんだ!?
ルイゼルに悪態をついてしまった。
「嫉妬…してくれたんでしょ?」
私の顔が熱を帯びたのを見たゼオンは破顔した。
「エリィは誤解しているよ。抱きしめるっていうのは…」
ゼオンが突然私の腕を引いた。
よろけた私はゼオンの胸にダイブしてゼオンの腕が背中に回り閉じ込められた。
「こういう事を言うんだよ」
ゼオンが私の耳元で囁いた。
もう…ギャーーーーーーーーーーーーー!!である。
し…心臓が…。
さらにゼオンは私の耳元から心臓に止めを刺した。
「好きだよ、エリィ」
止めを刺された私が気絶したのは言うまでもない。
まさかこれもお芝居で使われないよね…。
読んで頂きありがとうございます。
次話はもしかしたらゼオン視点になるかもしれません。




