討伐に行きたがる弟子(ゼオン視点)
あれから数日が経ち俺はいつものように陛下の手伝いをしていた。
アテリア草がなくなったとの報告を受けた日に俺は念のため調査員だった人物に話を聞きにいったのだが、報告書以上の情報を手に入れることは出来なかった。
やはりピッツバーグ公爵領を調査するしかない。
けれど理由なく調査するわけにはいかないし…何か方法を考えないと。
陛下に届く嘆願書や報告書に目を通しながら何か糸口はないか探っていると、一枚の嘆願書に吹き出した。
黙々と仕事をしていた陛下やウォルター侯爵が何事かと顔を上げた。
俺が嘆願書を二人に見せるとウォルター侯爵が嘆願書を二度見したあと俺の手から奪い取って再確認した。
嘆願書には『最近ウォルター侯爵邸の窓が突然光る』『白く光った女性が窓を横切った』など屋敷前を通りかかった住民達が怯えているのでウォルター侯爵邸を調べたいと町の警備兵からの届け出が記されていた。
調べるってこれ明らかにエリィが原因でしょ。
俺はこの報告書を読んで瞬時にエリィが魔法を連発していることが窺えた。
侯爵にその旨を伝えると
「そういえば最近エリィが屋敷内で治癒魔法を使って歩いていると使用人達が噂していました」
侯爵の眉間の皺が深くなった。
陛下はお腹を抱えて笑っていた。
エリィ頑張っているんだな。
ピッツバーグ公爵の事で気を張りつめていた俺はこの嘆願書を読んで心が和んだのだった。
翌日。
久しぶりにエリィに会い治癒魔法の成果を見せてもらった。
光魔法の調整もうまくいっているし上出来なくらいの出来栄えに嘆願書に書かれてしまうくらい頑張っていたのだろうと頭を撫でてあげたい気分になった。
しばらく嘆願書の事などを話していたがエリィが突然突拍子もないことを口に出した。
「そういえば師匠、私も討伐って行けるのですか?」
エリィが討伐?
どうして突然そんな事を言い出したんだ?
話を聞くとエリィはどうやら許可証に書かれている俺の『助手』ということを気にしているようだ。
あれはただ肩書が必要だったから自分の助手という形にしただけで深い意味はなかった。
弟子って肩書も変だし。
その事を伝えるもエリィは何故か引き下がらなかった。
しまいには俺の役に立ちたいからだと言い出した。
俺の役に立ちたいなら危険に立ち向かわないでくれ。
俺の事を想っての行動にそれ以上説得することができず、俺はウォルター侯爵に判断を委ねることにした。
エリィが帰ったあと、俺は陛下の執務室に訪れていた。
最近朝以外に執務室を訪れることが多くなり、その要件が全てエリィに関することであることから俺が入室して早々にウォルター侯爵が飛んできた。
「エリィがまた何かしでかしましたか!?」
まだ何もしでかしてはいないがしでかしそうだから伝えに来ました。
陛下に至ってはニヤニヤと傍観を決め込んでいた。
俺が苦笑いでエリィが討伐に参加したいと言い出したことを伝えると侯爵は頭を抱えて深いため息をついた。
陛下は書類の中から一枚の用紙を取り出した。
「第三騎士団副団長のルイゼルと魔術師塔の近くで光魔法を見たという魔術師数名から治癒魔法を使える者がいるなら討伐に出せとの要望書が届いているぞ」
魔術師達そんな余計な要望書を出してたのか!?
「エリィを危険に晒す気ですか!」
「娘を危険に晒す気ですか!」
侯爵と声が被った。
「お前たちエリィちゃんの事になると怖いよ」
二人に凄まれ陛下は要望書をテーブルに置くと自分の席に戻った。
俺と侯爵は再びエリィをどう説得するかを話し合った。
最悪侯爵が許可を出した場合は俺も一緒に参加すると侯爵に伝えると
「ゼオン殿だけが頼りです!」
涙を流しながら両手で手を握られた。
痛いから離してください。
結局ウォルター侯爵もエリィには勝てなかった。
やむを得ず俺と侯爵はエリィが役に立つことができ、かつ安全そうな任務を探した。
お前たち仕事してくれと陛下が目で訴えてきていたが知ったことではない。
こちらはエリィの命に関わるのだ。
執務くらい一人で捌いてください。
俺達がエリィに合った任務を探していると、プッと陛下が吹いた。
思い出し笑いですか。
俺が訝しげに陛下を見ると陛下が一枚の用紙を見て笑っていた。
ついに壊れたか…。
俺と侯爵は陛下の後ろに回り込み用紙に目を通した。
要請書と書かれたその用紙には『最近ウォルター侯爵邸が凄い草刈り機を開発したようで、大量の草が空を舞っている。是非販売して欲しい』とのことだった。
侯爵は今度は陛下から要望書を奪うと熟視した。
大量の草が空を舞っているか…俺は少し思い当たることがあった。
以前エリィにかけた上昇気流の風魔法。
あれは初心者がやるとうまくいかず草が刈れる事がある。
「これ、もしかしたらエリィかもしれません…」
俺がかけた風魔法を見様見真似でかけているのかもしれないと話した。
「そういえば庭師が最近草刈りをしなくてもよくなって助かると話していたような…」
例の庭師ね。
しかし怪奇現象の次は草刈り機か…。
エリィが魔法を使うと話題が尽きないな。
今度アドバイスでもしてあげようかな。
エリィが向かう支援先が決まり、今度は魔術師に配布されるローブについて議論が交わされていた。
俺が俺とお揃いでいいのではと提案したが、何故かローブに関しては陛下と侯爵が乗り気でデザインしていた。
陛下にいたっては王妃にも相談し意気揚々と王妃がデザイン画を用意してくれた。
三人で出揃ったデザイン画を眺めた。
さすが女性視点と思えるくらい王妃が用意したデザインは可愛いものが多かった。
俺は王妃が用意した中が白地で外が黒地の金の刺繍が袖口についているデザインを選んだ。
陛下は黒地で背中に大きな模様が入った襟元が丸いデザインを手に取った。
侯爵は陛下と同じく黒地のものでフードがない折り返された袖口が可愛いデザインを眺めていた。
俺はその三つのデザインを見て一か所ずつ良さそうなところを合わせてみてはと提案した。
結果、フードの付いたローブの内側は白地で外側が黒く(俺)、袖は折り返されており折り返された先は可愛くカットされていた(侯爵)。
襟元は丸くなっており(陛下)可愛い仕上がりとなった。
三人の合作にエリィは恐縮していたが二人ともノリノリだったから大丈夫だろう。
いよいよ支援に向かう日がやってきた。
城門前に行くと黒いローブを着たエリィが辺りを見回していた。
俺はエリィの隣に立つと挨拶をし、騎士団長のもとに行かなければいけなかったためエリィに待っているよう伝えその場を離れた。
騎士団長は目的地までの行路について相談していた。
今回はエリィを指名してきた第三騎士団が参加することになり俺に気付いた騎士団長が挨拶をしてきた。
「ゼオン殿、今回はよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「こいつは副団長のルイゼルです」
「ゼオン殿が向かわれる支援に参加できて光栄です」
ルイゼルは俺に頭を下げた。
確か騎士でも珍しい魔法剣士だったか。
この歳で副団長ってことは実力もあるのだろう。
少し俺に崇拝的なものを感じるのは気のせいだろうか。
一通り挨拶が済み今後の計画を聞き終わったところでエリィを迎えに行った。
日陰で休めと言っておいたから回廊にいるかも。
俺が回廊に向かうとエリィが誰かと話をしている姿が見えた。
相手を見て俺は不愉快になった。
すぐにエリィを連れ出そうと俺はエリィのもとに向かいながら声をかけた。
「エリィ、時間だよ」
エドワードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
俺は不愉快な心中を知られないよう余裕の笑みを浮かべた。
「殿下、お久しぶりです。エリィの相手をしてくれていたのですね。ありがとうございます。これから出発ですのでエリィは連れて行きますね」
俺は見せつけるようにエリィの腰に手を回した。
顔を真っ赤にして俯くエリィの頭上からエドワードをちらりと見ると悔しそうに唇を噛んでいた。
あいつ何しにここに来ていたんだ?
馬車の中でエリィにエドワードと何を話していたのか聞くとエリィの妹が見送りをしたいと言いエドワードが連れてきたらしい。
エドワードしか見えてなかった…。
エリィが話の流れで婚約破棄を決めた理由がエドワードと妹が抱き合っていたのを目撃したからだと話した。
あいつ節操なしか。
けどエドワードを見る限りエリィに気があるように見える。
本当に抱き合っていたのだろうか?
いや、もう過去の話だ。
わざわざフィリスに抱きつかれたの間違いではないかと指摘してエリィの心を揺らしたくない。
それにこれ以上エリィからエドワードの話を聞きたくなかった。
俺は話題を変えてエリィの頭からエドワードの存在を忘れさせたのだった。
現地に到着すると想像していたよりも傷だらけの難民が多かった。
エリィが無茶しなければいいけれど…。
しかしそれ以上に危惧しなければいけないことが町長の口から発せられた。
「実はここ二日ほど近くの山に魔物が出現して困っていたのです」
魔物が出ないからここの支援に決めたのに…しかもここ二日ってまるで狙ったような出現じゃないか。
俺は団長とともに町長の家で話を聞くことになった。
町長の話ではこの町が難民を受け入れた理由は周辺に魔物がおらず山に食料となる山菜や木の実、川魚が豊富にあるからだった。
しかし二日ほど前に食料を取りに山に入った町民が魔物に出くわしたらしい。
獣と出くわす危険もあった町民は警戒していたこともあり魔物に見つからずに町に戻ることができた。
しかしそれ以来山での食料調達が難しくなり難民のための食糧も用意できず困っていたとのことだ。
「早々に山に入って魔物を討伐する必要がありますね」
食料を持ってきたとはいってもそれは山の食材が手に入ることが前提にあった。
山の食材が手に入らなければすぐに底をついてしまう。
「陛下には念のため食料の再支給を要請しましょう」
俺が提案すると団長も同意した。
山の道案内は町民が行ってくれることになったため一日目を周囲の探索、二日目から山の探索を行うことで意見が一致したところで討伐組と待機組に分けることにした。
話し合いが終わり町長の家を出るとエリィを探した。
銀髪の女性と尋ねればすぐに見つけることができた。
エリィは怪我をした難民の治療にあたっていた。
着いて早々頑張り過ぎじゃないか…。
俺は心配になった。
「エリィ、少し外せる?」
休憩させたくて声をかけるとエリィは俺に駆け寄ってきた。
エリィはこれから俺が言うことに素直に従うだろうか…。
エリィを説得するのは難しいことはわかっているがそれでも言わずにはいられなかった。
「今から王宮まで転移魔法を使うから家に帰るんだ」と。
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