婚約破棄してやりますわ
私はウォルター侯爵家の長女でエリアーナ・フロレンス・ウォルター。
銀色のストレートの長い髪にウォルター侯爵家特有のラベンダー翡翠のような淡い紫色の瞳をしており、自分で言うのもなんだけど顔立ちは人形みたいに綺麗だと思っている。
7歳の時にこの国の第一王子であるエドワード王子と婚約し、婚約以降は10年もの間将来の王を支えるべく厳しい王妃教育などにも耐え頑張ってきた…が、
婚約破棄をしたら頑張らなくてもいいんだ!
部屋で一人、ニンマリと笑みを浮かべた。
確かにエドワードはイケメンだし、結婚すればこの国の王妃になれる。
ステータス第一主義の貴族社会では顔も地位もあるエドワードは異母妹のフィリスを含め、令嬢達からモテモテだ。
だがしかし!『私』は思い出してしまった。
イケメンにはたくさんの種類があるということを。
異性との出会いが夜会や見合いがほとんどのこの世界では出会った相手が異性の基準となる。
エリアーナも前世の記憶が甦る前まではエドワードが唯一の王子様だった。
しかし、前世でたくさんのイケメンを研究し尽くしてきた私にとってエドワードはクズ男でしかなく、百年の恋も瞬間冷凍だ。
今ではなぜあんな男を好きだったのか疑問に感じているくらいだ。
だが、エドワード第一王子との婚約破棄にデメリットがないわけではない。
こちらから婚約破棄を申し出れば王家からの信頼を失いかねない。
今回はエドワードの不義理を理由にできるためおそらくは大丈夫だろう。
問題はどう父に切り出すか…。
婚約破棄までの算段をつけていると自室の扉からノック音が聞こえてきた。
入室を促すと入ってきたのは侍女のマリーだった。
マリーは幼い頃から私の身の回りの世話をしてくれるお姉さんみたいな存在で、私がこの屋敷で唯一信頼している侍女でもある。
「お嬢様、殿下がお帰りになるそうですが…」
あ、呼ばれていたの忘れてた。
声をかけずにそのまま部屋に戻ってしまったため、なかなか姿を見せない婚約者を一応気遣ったのだろう。
「そう…。体調があまり良くないからお見送りは控えるわ」
マリーは何か言いたげな顔をしていたが一礼して退室した。
婚約者を差し置いて婚約者の妹が見送っていることが気に入らないのかもしれない。
それとも二人の関係を知っているからもどかしく感じている…とか。
ソファーから立ち上がり、窓の下を覗き見た。
そこにはエドワードとフィリスが親しそうに会話を交わしていた。
婚約者がいる屋敷の庭で堂々と抱き合っていることを考えても使用人たちが二人の関係を知っていてもおかしくない…ってちょっと待った。
使用人たちが知っているということは父の耳にも入っているのでは?
誰もいなくなった窓の外に視線を固定したまま考え込んでいると、父を乗せた馬車がアプローチに停車した。
「考えていても仕方ない。行動あるのみ」
父に会うため部屋を出た。
「異母姉様」
部屋を出てすぐにフィリスに捕まった。
もしかして部屋から出てくるのを待っていたのか。
「どうして庭に来られなかったのですか?エド様と二人で待っていたのですよ。まあエド様は『リリィとの話は楽しいよ』って言って下さったからいいですけど」
抱き合っているところを見せつけたかったってことか?
私達、愛称呼びしているのよって自慢したいのか?
体調悪いって伝えたよね。
ツッコミどころが満載で心の中で呆れながらも穏やかな笑顔をフィリスに向けた。
「殿下のお相手をしてくれたのね。助かったわ。ありがとう」
これぞ前世で取得した悪役令嬢脱却術である。
以前の私なら間違いなく全てをツッコんで悪役令嬢路線まっしぐらだっただろう。
私の思わぬ反応にフィリスは唖然としていた。
私に注意されて継母や殿下に泣きついて悪者にするつもりだったのだろうけど、お生憎様。
今の私は数時間前の私ではないのよ。
私は優雅にフィリスの横を通り過ぎて父の書斎へと向かった。
「どうしたんだいエリィ」
書斎に入るとエリアーナと同じ淡い紫の瞳が柔らかい眼差しで見つめていた。
父のウォルター侯爵はこの国の宰相をしている。
普段は厳しい侯爵も今は亡き最愛の妻によく似た娘のエリアーナには甘い。
継母がフィリス派なら、父はエリアーナ派ともいえるだろう。
「お父様お帰りなさいませ。今少しお話しできますか?」
父はエリアーナをソファーに座らせると執事にお茶を用意させ人払いをした。
「それで話とは何かな」
いよいよだ。握っていた手に力がこもる。
「お父様は殿下とフィリスの関係についてどこまでご存じですか?」
父はお茶を一口すすった。その表情からは何も読み取れない。
カップをソーサーに戻すとエリアーナに視線を合わせた。
「殿下がフィリスにご執心という報告は受けている」
やはり父は知っていたのだ。
知っていて婚約を継続させた意図は王家が絡んでいるからだろうか。
だとすると簡単には婚約破棄はできないかもしれない。
私は意を決して父に尋ねた。
「もし私が婚約破棄をしたいと言ったらどうなりますか…」
父は言葉の真意を探るような眼で見つめてきたが探られても言葉以上のものがない私は真っ直ぐに 父を見つめ返した。
私の本気度が伝わったのか父は口元を緩めた…緩めるっておかしくない?え?これどっち?賛成の笑み?馬鹿なことを言うなって笑み?怖いんだけど。
「よく言った!」
前者だった。
「あのバ…んnッ…王子殿下とエリィは合わないと思っていたのだ」
お父様、今、バカって言いかけましたね。
不敬になるので敢えてツッコまないでおこう。
「王家の方は大丈夫でしょうか?」
「なに心配はいらないよ。陛下をねじ伏…説得すればいいだけの話だ」
陛下をねじ伏せちゃだめですよ、お父様。
「そもそも婚約話自体が反対だったのだが王子殿下にお会いした日お前が一目惚れしたのがきっかけで話が進んでしまったのだ。お前が殿下を好いているならと見守ってきたが、あまりにも目に余る殿下の言動に憤りを感じていたところだ」
王家の思惑全く関係なかった!
この婚約がただの恋心から成り立っていた事実を知り、今まで耐えてきた王妃教育などに費やした時間を惜しんだ。
これからは無駄な恋心に振り回されず自由に生きてやる!
心の中で闘志を燃やした。
「しかしお前はいいのか?仮にも相手はこの国の第一王子。相手がバカだったとはいえ醜聞にさらされる覚悟はいるぞ」
お父様、取り繕うことをやめたのですね。
「大丈夫です。人の噂も七十五日。それにあんなバカ王子、こちらから願い下げですわ!」
鼻息荒く立ち上がった私に父は満面の笑みを浮かべた。
「エリィ、不敬だぞ」
それ、お父様にだけは言われたくありません。
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