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悪役令嬢は魔術師になりたい  作者: 神楽 棗
第一章 ひよっこ魔術師
17/81

おかえり(ゼオン視点)

 王宮に戻ると陛下の執務室で今回の討伐について報告していた。


「そうか。よくやったなゼオン。ところでお前宛に手紙が届いていたぞ」


 俺は陛下から手紙を受け取ると差出人を確認した。

 差出人はサマナからだった。


「今日は疲れただろう。ゆっくり休みなさい」


 俺は陛下の執務室を辞去した。



 部屋に戻り手紙を開けると挨拶文から始まり『会ってみないとわからない』と記載されていた。

 エリィを連れて行くにはウォルター侯爵の許可がいる。

 エリィ大好きのあの人が許可をくれるだろうか…。


 俺はベッドに横になり目を閉じた。

『化け物』

 騎士の言葉が頭をよぎる。

 その夜、体は疲れているのになかなか寝付くことが出来なかった。



 翌日。陛下の執務室でいつものように仕事をしていた。


「ゼオン。今回の討伐の褒美を与えようと思うが何か欲しいものはあるか?」


 昨日、俺が辞去したあと団長から討伐の報告を受けたからか今日の陛下は気遣わしげだった。

 別にないと言おうと思ったが昨日のサマナの手紙を思い出した。


「なんでもいいですか?」


 まさか欲しいものがあると思っていなかった陛下が警戒した。


「内容にもよるが…」


 語尾が弱くなっていますよ。


「ではエリィと5日程旅行に行くことを許して欲しいです」


 これには陛下より侯爵の方が固まった。


「か…駆け落ちか…?」


 なぜそうなる。

 陛下の言葉に侯爵が焦りと怒りの表情を陛下に向けた。


「ゼオン殿、年寄りの戯言はほっといて理由を伺っても?」


 侯爵が咳払いをすると理由を促した。

 侯爵にとっては死活問題だしね。

 俺はエリィが魔法をはじいてしまうこと、知り合いの魔女に手紙を送ったら会わないとわからないと記載されていたことを説明した。

 一通り説明し終えると侯爵が疑問を口にした。


「5日もかけなくてもゼオン殿なら転移術を使ってエリィごと一瞬で行けるのでは?」

「エリィは魔法をはじきます。転移術を使った時にはじくだけならいいですが、もし転移の途中ではじいたら…」


 ここまで言うと侯爵の顔が青ざめた。


「なら紋章付きの良い馬車を用意してやろう」


 陛下は乗り気だ。


「お忍びで行きたいので却下です」

「やはり駆け落…」

「ならせめて1個中隊を護衛に付けて下さい!」


 戦争しに行く気ですか宰相さん。

 あと陛下、駆け落ちはしませんから。


「先方にも迷惑がかかりますし、護衛も必要ないです」

「しかし…!」


 侯爵にとってここは譲れない一線らしい。


「俺が馬車にバリアをかけます。今回の討伐の話を聞かれたなら俺のバリアの強さはご理解頂けているかと」


 さすがの侯爵も黙るしかなかった。

 本当は行かせたくもないのだろう。


「いいではないか。ゼオンが全力でエリィちゃんを守るのだろ?」

「もちろんです」


 陛下の言葉に力強く頷いた。


「ゼオン殿…」


 うつむいていた侯爵が俺の両肩を掴んだ。


「駆け落ちだけはしないで下さいね!」


 これは駆け落ちしろとのフリですか。



 旅行当日。

 俺の故郷は王都に近い国境ということもあり馬車で一日走れば村の近くまで行ける場所にある。

 エリィは初めての旅行ということもあり、朝から目をキラキラと輝かせていた。

 俺は侯爵の涙と鼻水の洗礼を受けていた。

 そもそもエリィを危険に晒す気はないので素直にその旨を伝え、侯爵が落ち着いたところで俺達は出発した。


 道中、エリィがこの前の討伐の話を持ち出してきた。

『化け物』

 窓の外を見ながら怯える騎士の顔がよぎった。

 エリィに話して同じ反応をされたらと思うと怖くて口を開くことができなかった。

 エリィは穢れのないキラキラした瞳で魔法について考えていた。

 俺は窓の外を見ながら目を閉じた。

 そんな俺の様子がおかしいと思ったのかエリィが俺の隣に座り両手を広げてきた。


「私はまだ何もできない助手ですが、師匠の傍にいることはできます。辛いなら私に寄りかかってください」


 エリィの優しさに涙がこみ上げてきたが、泣き顔を見られたくなかった俺はエリィの肩に顔を埋めた。

 しばらくするとエリィの匂いと温もりに心が落ち着いてきた。


 当の本人は両手を広げたまましばらく硬直していたけどね。



 翌日。

 俺は墓参りに来ていた。

 予想通り山道も家も廃れていた。

 父を埋葬したときに即席で作った十字架の前に立ち風魔法で草を刈ると、盛り上がった焦げた土が現れた。

 俺はそこに手をついた。


「ただいま。父さん、母さん」


 エリィがその場を離れる気配がした。


「王宮では元気にやっているよ。面倒な奴もいるけどみんな良くしてくれてるよ。そういえば俺、さっきそこにいた子の魔法の師匠になったんだ。でも魔法をはじくからサマナに相談しにきたんだけど、父さん達も上手くいくように祈ってあげてよ」


 俺は土から手を離し立ち上がった。


「また来るよ。今度はじいちゃんも一緒に」


 その時突然吹いた優しい風が俺の頬をなでた。

 俺は笑顔を見せてその場から離れたのだった。



 村に戻り村長と挨拶を交わしたあとサマナの家に向かっていると、村の若い男達が顔を赤らめながらひそひそとエリィを見て話をしていた。

 俺は男どもを睨むと奴らは視線を逸らした。

 なんだか気分が悪い。

 男達に見せつけるようにエリィの手を取ると、エリィは少し驚いたようだったが俺の手を握り返してくれた。

 俺ってこんなに独占欲強かったっけ。



 サマナの家でエリィの状態を診てもらうとサマナが深層領域に入ることを勧めてきた。

 冗談じゃない!

 俺は薬の瓶を受け取ろうとするエリィの腕を掴んだ。

 侯爵との約束とかそんなものはどうでもよかった。

 俺は、俺自身がエリィを失いたくないと思った。


「ゼオン」


 エリィが初めて俺を名前で呼んだ。

 こんな状況なのに嬉しいと思う自分がいた。


「私、黙っていたけど実はもう一人の自分に心当たりがあるの。彼女はもしかしたら今も苦しんでいるかもしれない。だから救ってあげたいの」


 決意した力強い瞳で俺を見た。

 エリィはずるい。

 俺がエリィの瞳に弱いのを知っているようだ。


 目を閉じて思案した。

 恐らく俺が止めてもエリィはきっと飲むのだろう。

 だったらエリィは俺が絶対に助ける。

 たとえ化け物だと言われたとしても。



 エリィが眠りについて数刻。エリィの手をずっと握っていた俺にサマナが声をかけてきた。


「晩御飯作ったから少しは食べな」


 俺は首を振った。

 見かねたサマナは俺の両脇に腕を差し込んで無理矢理立たせた。

 力強すぎだろ。


「彼女が目を覚ました時、あんたが憔悴してたら悲しむのは彼女だよ。まだ時間はある。ちゃんとご飯を食べてしっかり寝ること。いいね」


 サマナは返事をしない俺の頭に手を置いた。

 痛い!そこ頭のツボだから!

 俺は無理矢理約束させられた。


 晩御飯を食べている時、食事に混ぜられたアテリア草の話を思い出した。


「サマナさんはアテリア草って知ってる?」

「一時、薬師の間で有名になった草だね」


 サマナは何のことはないと答えた。


「あれが人格を壊す作用があることも知ってる?」

「ネルドの狂戦士のことかい。ネルドの王宮で秘密裏に実験を繰り返していたという噂はあったね」

「俺の手に入れたネルドの薬師の日記には蓄積されないと発症しないとあったけど、急に変化する方法とかってある?」

「一気に効果を高めるなら薬を粉末にすることかね。薬は基本草を煮込こませたものを使用するが、草を粉末にすれば煮込ませた時よりも早く作用する。効果が強すぎるからあまり使う薬師はいないけどね」


 薬の粉末化。

 これを使えば食事に粉末を混ぜるだけですぐに狂戦士化できる。


「もし狂戦士や異形の魔物にアテリア草が使われていたら調べることってできる?」


 サマナは少し考えて答えてくれた。


「使われた相手の血液があれば調べられるかもね。だが血液の採取は難しいよ。血液は時間が経つと固まるし、外気にさらされると酸化する。調べるなら新鮮な血液でなければいけないからね」


 俺は考えた。

 先の討伐で水魔法を使って相手の体に侵入することはできた。

 水魔法で血液をくるんで外に出せれば採取可能か?

 サマナに俺の案を話すと試してみる価値はあるとの返答をもらった。



 空が白み始めた頃、エリィの身体に変化があった。

 今まで欠片も感じなかった魔力が溢れていた。

 エリィは絶対に助ける。

 俺はサマナからもらった気付け薬をエリィに使った。


「あんたこんなに気付け薬使ったのかい?こんなに使ったら気持ち悪くなるよ」


 サマナの警告通りエリィは苦悶の表情を浮かべていた。


「どんな手を使ってでも起こすって約束したから」


 だからもう一度あのキラキラした瞳で俺を見てくれ。

 俺は祈りながら気付け薬を使ったのだった。



「戻ってくるとき気持ち悪かった」


 目覚めたエリィから聞かされることにはなったけどね。



 翌日。

 無事目が覚めたエリィと馬車に向かっていた。


「今日はいい天気ですね、師匠!」


 また師匠呼びに戻っている。

 少しイラッとした俺はエリィから顔を背けた。

 母が絡むと父が豹変する姿を思い出し血は争えないなと思った。



 帰りの馬車の中。

 うとうとしているエリィに体を貸すと、ポツリと「ただいま」と呟いた。

 俺は驚きエリィを見るもエリィは寝息を立てて眠っていた。

 ただいま、か。

 久しく使っていない言葉に口元が緩んだ。

 両親以外にも『ただいま』『おかえり』が言い合える相手が俺にもできた。

 俺はエリィの耳元に口を近づけた。


「おかえり」



戻ったら(エドワード)除けのバリアでも追加しようかな。





読んで頂きありがとうございます。

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