ただいま
今、何て言った?
エリアーナの驚愕の告白に私は固まった。
「あの日、殿下とフィリスが抱き合っている姿を見て…視えてしまったの」
エリアーナが視えた未来は嫉妬したエリアーナが抱き合う二人を引き離し、喚き散らし、エドワードに頬を叩かれるところから始まる。
エドワード本当に暴力男だな。
頬を叩かれたエリアーナは嫉妬と憎しみと悲しみと苦しみからフィリスに殺意を抱き、そして…それ一番駄目なやつ!
悲観するエリアーナの周辺にサワサワと嫌な風が吹き始めた。
「私は殿下のために辛い王妃教育も耐え頑張ってきたのに…」
わかるよ。とってもわかるよ。私もあなただから同じ経験をしている記憶がありますからね。
「どうして殿下は私を愛してくれないの。どうしてフィリスは私の大切なモノを欲しがるの。どうしてみんな私を嫌うの。私が何をしたの…」
エリアーナは泣き崩れた。
徐々に威力を増した風は、今は大型台風のように吹き荒れていた。
それまで黙って聞いていた私だが、我慢の限界がきた。
「うじうじうじうじうるさーーーーーーーーーーい!」
泣いていたエリアーナの涙が止まった。
と同時に風もサワサワと優しいものに落ち着いた。
「ちょっとそこ座りなさい!」
私の迫力に押されエリアーナは素直に従った。
「どうして愛してくれないのかって?そりゃあエドワードの都合も考えず突然会いに行ったり、みんなに自慢したいからとベッタリくっついたり、エドワードの前でフィリスを怒鳴りつけたりしてれば誰だって引くわ!たとえそれが正論だったとしても!」
私もエリアーナであるため前世の記憶が戻る前の自分の恥ずかしい行動をよく覚えている。
「いい。男は簡単に手に入る女にはすぐに飽きるものなの。本当に好きな相手には恋の駆け引きが大事。押して駄目なら引いてみろよ!」
偉そうに説教している私もそんなに男を知っているわけでもないが。
「それにあなたはみんなが自分を嫌っていると言うけれど、お父様もマリーもあなたのことを愛してくれている。それなのに自分のことばっかり。愛してくれている二人に失礼よ!」
エリアーナは感情に任せ自分勝手な言動をとっていたことに気付き恥じたようだ。
顔を真っ赤にしてうつむくエリアーナに言い過ぎたかと少し反省した。
「まあフィリスに関しては天災みたいなものだから。あれは触らぬ神に祟りなしだね」
「サワラヌ…?」
エリアーナが日本のことわざに首を傾げた。
首を傾げる仕草が可愛すぎる。
「つまり関わると余計な災いが降りかかるから関わるなってこと」
エリアーナは納得したのか頷いた。
「私もあなたのように楽しく自由に生きたかった…」
ややあってエリアーナが呟いた。
「なに他人事のように言っているの」
私の言葉にエリアーナが顔を上げた。
「これから一緒に生きていくんでしょ」
私は立ち上がりエリアーナに手を差し出した。
「だって…私はあなたであなたは私なんだから」
エリアーナは瞠目したあと、私の手を取った。
その手がはじかれることはもうなかった。
深層領域からの帰りはジェットコースターのように早く引き戻され気持ち悪くなった。
あのあと私の手を取ったエリアーナは金色の光に包まれて消えてしまった。
正確には私に吸収された感じかな?
想像すると少し怖いが。
そしてその直後のジェットコースターである。
ほんと手加減して欲しい。
引き戻された先に光が見えてきた。
徐々に光に近付いていき、最後は光に吸い込まれた。
「エリィ……エリィ…」
遠くで誰かが私を呼んでいる。
ぼんやりとした頭で薄ら目を開けると目の前にゼオンの姿があった。
「エリィ!」
寝起きのイケメンアップは破壊力あり過ぎです!
一気に目が覚めた。
「良かった…」
ゼオンは地面にへたり込んでうつむきながら安堵の息をついた。
「あれ?私…」
身体を起こそうとすると全身に痛みが走った。
痛みに悶絶しているとサマナが私の身体の状態を確認した。
「これは…」
何!?
私を起こすために何かしたとか!?
それとも深層領域に行ったから身体が壊れたとか!?
考えられるあらゆる理由を考えていると
「ただの筋肉痛だね」
キンニクツウ…って運動不足の人が突然筋肉を使うと筋肉が痛むというあれですか。
え?私寝てただけだよね?なぜ筋肉痛?
話を聞いていたゼオンが思い当たる節があると言い出した。
「きっとそれ昨日の朝の山登りが原因かも」
山登り…あ!
忘れていた!エリアーナはティーカップより重い物が持てません!の令嬢だった。
それでも社交界のダンスの練習などはしているから足腰は強いと思っていたが、これはきっとあれですね。
使っていない筋肉が悲鳴を上げたパターンだ。
筋肉痛が翌日にきたってことは若い証拠だね…じゃない!全身が痛い、痛すぎる。
やっぱり体鍛えよ!
悶絶している私にサマナが痛み止めを塗ってくれた。
ハッカ臭い令嬢って嫌だな…。
痛みが強くとても帰れる状況じゃないと判断したサマナの提案でもう一泊お邪魔することになった。
翌日、早朝。
清々しい天気だ!
私は空を仰いだ。
昨日、目覚めてからゼオンとサマナに深層領域での出来事を差し障りのない範囲で説明した。
ゼオンは私から魔力が感じられるから上手くいったと思ったと話した。
ゼオンが魔力を感じるということは、あれですね!いよいよ魔法が使えるってことですね!!
興奮してテンションを上げると全身に痛みが走った。
ゼオンとサマナは苦笑いを浮かべ
「魔法を使うのは王宮に戻ってからだな」
お預けを食らったのである。
「今日はいい天気ですね、師匠!」
サマナに別れを告げ、馬車に戻る途中でゼオンに晴れ晴れとした笑顔をむけるがゼオンは不服そうな顔を浮かべた。
「どうかしたのですか?」
疑問に思い尋ねるもゼオンはそっぽを向いたままだった。
もしかして師匠も筋肉痛ですか?
的外れな方向に思考を巡らせるのだった。
馬車に乗ると早速王都に向けて出発した。
あれだけ寝たのに筋肉痛と慣れない旅に疲れたのか乗って早々に眠気が襲ってきた。
舟を漕ぎ始めた私に気付いたゼオンが私の隣に座り寄りかからせてくれた。
ゼオンの行動に驚き顔を上げると窓の方を見ていたゼオンの顔が少し赤くなっていることに気が付いた。
私は温かい気持ちになりゼオンに寄りかかった。
そういえば私、ゼオンを心配させていたのだった。
寝ぼけた頭でそんなことを考えていた私はポツリと呟いた。
「ただいま」
ゼオンがこちらを振り向いた気配がしたが、疲れていた私はそのまま眠りへと落ちていった。
二人は王都に到着するまでお互いの体に寄りかかりながらひと時の休息を取るのだった。
そういえばお父様の土産買うの忘れてた。
読んで頂きありがとうございます。
次話からしばらくゼオン視点になります。
残酷な描写が出てきますので注意書き入れていきます。