深層領域
最後に暴力的な表現が出てきます。
ご注意ください。
町で一泊したあと、馬車を走らせること数刻。
小さな村に到着した。
「少し寄っておきたい場所があるんだけど、エリィはどうする?」
「一緒に行きます」
私は先を歩くゼオンのあとをついて行った。
ゼオンが向かったのは村から少し離れた山だった。
山道は雑草が生えており歩道との見分けがつきにくくなっていたが、所々人が通っていた形跡が残っていた。
黙々と登り続けること数刻。
屋根らしきものが木の隙間から見えた。
開けた場所に出ると、半壊した家には草が絡み朽ちていた。
中央には即席で作られたと思われる木の十字架が刺さっていた。
ゼオンが十字架の前に立つと風が吹き、瞬く間に周辺の雑草が刈り取られた。
刈り取られたことにより十字架の下の土が盛り上がっているのがわかった。
ゼオンは途中の町で買った白い花を手向け盛り上がっている地面に触れた。
「ただいま。父さん、母さん」
私は静かにその場を離れた。
少し下りたところの木の幹に腰掛けてゼオンを待った。
「ごめん。待たせた」
数分後降りてきたゼオンは登って来たときと同じように私の前を歩いた。
その後ろ姿がなんだか寂しそうで私は思わずゼオンの手を取っていた。
ゼオンは振り払うことはせず、私の手を握り返すと二人並んで山を下りたのだった。
村に到着すると村長らしき人が声をかけてきた。
「お前、ゼオンか!?」
「お久しぶりです。村長」
ゼオンが挨拶を返すと村長はゼオンの肩を掴んだ。
「大きくなったな。お前が無事で良かったよ」
「ご心配をおかけしました。今は見ての通り元気でやっています」
ゼオンは照れくさそうに笑った。
「今日はどうしたんだ?すごい美人まで連れて…」
村長はゼオンの肩越しから私の存在を確認するとゼオンに尋ねた。
「彼女はエリィ、俺の助手です」
「エリィと申します」
頭を下げると村長もつられて頭を下げた。
「これはご丁寧にどうも。この村の村長をやっている者です」
挨拶が終わったのを確認するとゼオンが村長に尋ねた。
「サマナさんはまだ村に?」
「ああ、今日も家にいるんじゃないかな」
「ありがとう」
ゼオンは村長にお礼を言うと私を連れて歩き出した。
ゼオンのあとについて歩いていると村の若い女性達がゼオンを見て色めき立っていた。
なんだかモヤモヤするな…。
形容しがたい感情を抱えているとゼオンが私の手を引いた。
色めき立っていた女性達から今度は嫉妬心剥き出しの視線を投げかけられた。
嬉しいような恥ずかしいような怖いような、それでもこの手を離したくないと想い始めていた。
村のはずれに小さな家が建っていた。
家の前には左右に花壇があり、色とりどりの花が咲き乱れていた。
ゼオンが家の扉をノックすると中から30代後半と思われる面倒見の良さそうな女性が顔を出した。
「お久しぶりです、サマナさん」
「ゼオン!」
ゼオンが声をかけるとサマナと呼ばれた女性はゼオンを抱きしめた。
「本当に無事だったんだね。突然行方がわからなくなったと思ったら急に手紙を寄越して…」
「ご心配をおかけしました。サマナさんもお元気そうで良かったです」
村長といいサマナといいゼオンがこの村の人達に大切にされていたのがよくわかる。
サマナはゼオンの体を離し、涙を指で拭うと私の方を見た。
「この子が手紙の子かい?」
「はい。エリィといいます」
「初めまして。エリィと申します」
「サマナだよ。あんたの事はゼオンの手紙で聞いてるよ。とりあえず二人とも中に入りな」
サマナに促され家の中に一歩足を踏み入れると薬の匂いがした。
窓辺には干した花や草、竈門の上には大きな鍋がありTHE魔女の家という雰囲気が漂っていた。
真ん中に円卓があり円卓を囲むように木で作られた脚のない可愛い椅子が4個置かれていた。
私とゼオンはそのうちの1個に腰掛けるとサマナが奥からお茶とお菓子をトレーに乗せて円卓に置いた。
「さて、手を出してくれるかい」
サマナに言われて手を差し出すとゼオンから魔力を供給された時のような温かさが感じられ…バチッ!はじかれた。
「なるほどね。ゼオンから聞いてた通りだ」
サマナが興味深そうに私の手を取った。
「何かわかりますか?」
ゼオンが尋ねるとサマナは私の瞳をじっと見つめた。
見透かされるような瞳に私は視線を逸らした。
「あんたは心当たりがある感じだね」
「夢で見たというもう一人のエリィについてか?」
「夢?」
サマナの問いにゼオンは私が話した夢の話をした。
「なるほど」
ゼオンの話が終わると薬棚から紫色の薬液が入った瓶を持ってきた。
「この薬は人を深い眠りへと誘うものだ。これを飲んで深層領域に到達し、もう一人の自分と対面できればもしかすると解決できるかもしれない。深層領域に達するにはこの瓶一杯飲めばたどり着ける可能性はある。だが…」
サマナは一呼吸置いて続けた。
「丸一日目覚めなければ…一生眠ったままになるが、どうする?」
魔法のために冒すにはリスクが高すぎる。でも…。
私はもう一人のエリアーナの姿がよぎり、目を閉じた。
次に目を開けた時、私は覚悟を決めた。
サマナから瓶を受け取ろうと手を伸ばすと横から別の手が伸びてきて私の手を掴んだ。
「駄目だ…」
ゼオンだった。
「他の方法を考えよう」
「でも…」
「エリィを危険にさらしたくない」
ゼオンは悲痛な面持ちで言った。
痛いくらいにゼオンの手に力がこもっていた。
私は掴んでいるゼオンの手の上にもう片方の手で包み込んだ。
「ゼオン」
初めて名前で呼ばれたゼオンは吃驚し顔を上げた。
「私、黙っていたけど実はもう一人の自分に心当たりがあるの。彼女はもしかしたら今も苦しんでいるかもしれない。だから救ってあげたいの」
そう。だって彼女はもう一人の自分なのだから。
ゼオンの手が緩まるのを確認し、サマナから瓶を受け取った。
「明朝…」
ゼオンが呟いた。
「明日の朝までに目を覚まさなければどんな手を使ってでも叩き起こすからな!」
「上等!」
溢れんばかりの笑顔をゼオンに向けたのだった。
「いいかい。これを飲んだらもう一人の自分をイメージしながら眠るんだよ」
サマナのベッドを借りた私はベッドに座り薬の瓶の蓋を外した。
これを飲んだらもう二度と目を覚まさないかもしれない。
正直怖かった。
傍に立つゼオンを見上げると力強く頷いてくれた。
きっとゼオンが何とかしてくれる。そんな安心感を得た私は薬を一気に飲み干した。
眠りはすぐに訪れそのままベッドに倒れた。
いくつもの夢を見た気がするが何を見たか覚えていない。
何度目かの夢を見たあと、私は突然何かに引っ張られて体ごと奥へと連れて行かれた。
着いた先は真っ白な空間。
だが見たことのある空間だった。
「やっと会えたわね」
私は声のする方を向いた。
「エリアーナ…」
私が呟くと彼女は悲しそうな顔をした。
「そう私はエリアーナ。異母妹を…フィリスを殺そうとした最悪の悪女よ」
読んで頂きありがとうございます。