お礼は心臓に悪いです
王宮から戻り、部屋で一人入城許可証を眺めてニヤついていた。
角に丸みを帯びた透明のプレートに彫られた文字は光の加減で何色にも変わる細工がされており、両端についたシルキーピンクのラインにはキラキラと細かい粒子が散りばめられていた。
「何度見ても綺麗…」
『ゼオン王宮魔術師 助手』の文字が輝いていた。
このプレートの名前に恥じないような助手になりたい。
ゼオンにばかり頼らずに自分でも調べてみよう。
プレートをかざして決意するのだった。
その日の夜。不思議な夢を見た。
私は私と向き合っていた。
私の前に立つ私は何かを言っていたが声は聞こえない。
私が私に右手を伸ばすとバチッ!とはじかれ…
目が覚めた。
はじかれた右手を顔の前で広げた。傷も痛みもない。
もう一度目を閉じて眠りにつくも同じ夢を見ることはなかった。
魔術について調べるならやはり王宮図書館だろう。
私は今日も王宮に訪れていた。
今まで顔パスで通っていた城門を今日は入城許可証をちらつかせて誇らしげに入城した。
なんか私、カッコ良くない。水戸黄門の印籠的な。
いや実際は顔パスの方が凄いのだが。
しかし許可証を見せたときの門番が異様に驚いていたような…王位継承権第一位の助手っていうことに驚いたのかな?
王宮図書館に到着し、手当たり次第に魔法の本を漁った。
しかしゼオンから借りた広辞苑…分厚い魔法の本以上の内容は書かれていなかった。
机に突っ伏していると前の席に誰かが座る気配を感じた。
顔を上げると金髪、碧眼の暇人…もとい元婚約者がいた。
「久しぶりだな、エリアーナ」
渋い顔をしそうな気持を抑えて笑顔を作った。
「ご無沙汰しております、エドワード殿下」
実際は昨日茂みに隠れているのを目撃したのでご無沙汰ではないが。
「魔法の本を読んでいたのか?」
「調べたいことがありましたので。殿下も読書にいらっしゃったのですか?」
「私は…その…そうだな…」
「では私は席を外しますのでごゆっくりなさってください」
直訳すると『あなたと関わりたくないので帰ります』です。
「少し話でもしないか」
帰ろうとする私をエドワードが慌てて引き留めた。
「殿下。私はもう殿下の婚約者ではありません。話をなさりたいならフィリスを誘ってあげて下さい」
「これは命令だ」
うわ。面倒くさい。
この人なんなの急にかまってちゃんになって。
それともあれか『真実の愛を見つけたから婚約破棄をする!』っていう断罪決め台詞を決めるまで離しませんとかじゃないよね。
破滅フラグが立ちそうなことはバッキバキに折りたいのだが…。
なんとか逃れられないか考えていると首元でチャリッと音がした。
そうだ!これだ!
私は首にぶら下げていたプレートをエドワードの前にぶら下げた。
「私の直属の上司はゼオン王宮魔術師ですので、私に御用の際は彼の許可をもらってください」
反論できず固まるエドワードを私は満面の笑みで返した。
やっぱりこの印籠すげー!である。
王宮図書館をあとにした私は『魔法が世界を救う』を買った本屋に来ていた。
しかし王宮図書館にない本が王都の本屋にあるわけがない。
となるとあと珍しい本がある場所…王宮図書館にある一般人が閲覧禁止の書庫だが、あれは陛下の許可がないと入れない。
ゼオンに頼めば許可は取れるかもしれないが。
そもそもゼオンなら入れるのではないだろうか?
調べてみると言ってくれていたし、魔法に詳しいゼオンと同じことを調べてもそれ以上の収穫を得られるとは考えにくい。
ふと今朝の夢のことが頭をよぎった。
あのバリアみたいなはじかれたやつ。
そしてもう一人の自分。
私の精神世界に原因があるとしたら…心当たりがあり過ぎる。
これはゼオンでは調べることができない。
自分が調べることは魔法ではなく、前世と過去の自分についてではないか。
目的がはっきりした。
明日もう一度王宮図書館に行ってみよう。
今度は精神の世界について調べるために。
翌日、王宮図書館に再来した私は精神や夢についての本を読み漁った。
そこでやはり前世の記憶を戻したことが原因ではないかと考え始めていた。
人間は危機管理能力とリスク管理能力を有しており、危機的状況を回避するために最善の策を見つけだそうとする。
その最善の策が前世の記憶を呼び起こすことだったのではないだろうかと考えた。
しかし前世の記憶などそうそう呼び起こせるものではない。
前世の記憶を呼び起こさなければいけないくらいのことが起きない限り…。
ゼオンの母親には不思議な力があったらしいが、エリアーナにもその力があったとしたら…最悪な未来が視えた?
例えば悪役令嬢にありがちな…破滅フラグとか。
あの日以降、あの夢は見ていない。
「師匠に報告しておいた方がいいのかな…」
でも何て説明すればいいの?
『私、実は前世の記憶があるのです』
『私、精神が二つに分かれているみたいなんです』
『私、未来で破滅するみたいなんです』
どれも病院送りになりそうな案件だな。
細かい部分は削除しても夢のことは伝えた方がいいかもしれない。
とりあえず今日父が帰ったらゼオンに連絡取れないか聞いてみよう。
父が帰宅して私は父の書斎に来ていた。
「ゼオン殿は今忙しいからな。もうすぐ魔物討伐にも行かなければいけないし」
父の言葉に目を丸くした。
魔物討伐!?
「師匠、魔物の討伐に行くのですか?」
「ん?言ってなかったか?お前の入城許可証を発行する条件として討伐指示が出たんだよ」
聞いてない!!
てっきり『許可証が欲しい』『いいよ』くらいの軽いノリだと思っていた。
私、お礼も何もしていないじゃない!
父を睨んだ。
「討伐は二日後の早朝だから、お見送りついでにお礼をしたらどうだ?」
父は済まなそうに提案してきた。
明日は一日ゼオンのお礼の準備だな。
私は溜息をついた。
翌日。
ゼオンへのお礼何にしよう…。
自室でお礼の品を考えていた。
討伐に行くのだから危険が伴わないよう身を守る魔法石とか…魔法が得意なゼオンには不要な気がした。
短剣とか!…剣も魔法で作りそうだ。
「マリーは何がいいと思う?」
「そうですね。お嬢様は刺繍がお得意ですし刺繡入りハンカチとか」
「それは最後の手段にした」
「でしたら城下町に行かれては如何でしょうか?部屋で考えていらっしゃるより、物を見ながら考えられた方が良いものが見つかるかもしれませんよ」
マリーの提案に乗って城下町の散策に向かった。
討伐に行くならとまずは武器屋によってみた。
重々しい鎧からレザー製の鎧、剣、弓、斧など所狭しと並んでいた。
その中に魔力を高める杖なる物があったがゼオンが持つイメージが湧かない。
結局どれもピンと来ず武器屋を出た。
やはり刺繍入りハンカチか?
手芸店に足を運んだ。
色とりどりの綺麗な糸や紐が並んでいた。
そういえば前世で組紐やミサンガがあったな。
組紐なら作ったことがあるから作り方はわかる。
この国には糸で編んだものを手首に巻くという慣習はないが巻いてはいけないというわけでもない。
ちょうど組紐に適した糸もあるし、組紐にしよう!
私はゼオンを想像しながら色選びを始めた。
師匠は黒のイメージだから、これとこれとこれなんか組み合わせるとどうかな?
私が手に取った色を見てマリーが一言。
「その色、お嬢様の色みたいで素敵ですね」
濃い紫、薄い紫、銀…ギャーーーーーーーーー!違う!わざとじゃないの!
師匠をイメージしただけで…。
いや!師匠と私がお似合いとか言いたいのではなくて!
自分の色を付けて下さいとか、これじゃあ求愛しているみたいじゃない!
一人悶えているとマリーが温かい視線を送ってきた。
「とても良いと思いますよ」
婚約者でも恋人でもない相手に自分の色を渡されるとか重すぎでしょ。
でも…この色を付けた師匠を見てみたい気もする…。
勝負するかここは引くか…。
屋敷に戻り早速組紐作りに取り掛かった。
ゼオンの無事を祈りながら丁寧に編み込んでいった。
翌日、早朝。
昨日作った組紐と小腹が空いた時用のクッキーを持って王宮に来ていた。
城門前にはたくさんの騎士が討伐に向けて準備をしていた。
その中に黒髪の黒いローブを身に着けた魔術師の後姿が見えた。
「師匠」
魔術師の後姿に声をかけるとゼオンがゆっくりと振り返った。
「エリィ?」
私の姿を見つけたゼオンは少し驚いた顔をしていた。
「師匠、今日の討伐が許可証発行の条件だと聞きました。私、全然知らなくて…ごめんなさい」
「別にエリィが気にすることじゃないよ。…この程度の条件で済んで良かったとも思っているし」
最後の方は小声だったのでよく聞き取れなかった。
「これ、許可証のお礼です」
私はドキドキしながらクッキーとさりげなく組紐を渡した。
さりげなく渡したつもりだったがゼオンは組紐を目ざとく見つけて持ち上げた。
「綺麗な紐だね」
「これは組紐と言って縁を結ぶ縁起の良い物なんです」
私はゼオンの手から組紐を受け取ると、ゼオンの手首に巻いた。
「師匠が無事に帰れるよう祈りながら編みました」
ゼオンは手首に巻かれた組紐を見つめた。
そしてふわりと笑い
「エリィの色だね」
私の心臓がはじけ飛んだのは言うまでもなかった。
読んで頂きありがとうございます。