王宮魔術師と侯爵令嬢(ウォルター侯爵視点)
ゼオンの報告場面があるため、一応、残酷な描写の注意書きを入れておきます。
ご注意ください。
私の妻は娘を産んで数刻後に亡くなった。
妻はもともと王太子の婚約者であったが王太子が失踪してから婚約解消となった。
以前から淡い恋心があった私はすぐに婚約の申し込みをし、結婚に至った。
銀髪に金色の瞳をした妻は人々から美の女神と称賛されていた。
産まれたエリアーナも妻に似て天使のようだったが、妻を亡くした直後の私は抱きしめてやることができなかった。
妻を亡くした悲しみでしばらく酒に溺れる日々を過ごした。
いつものように酒場に入りびたり酒を呷っているといつの間にか机に突っ伏して眠ってしまった。
気付くと酒場の二階のベッドに寝かされており、隣には見知らぬサーモンピンクの髪の女性が寝ていた。
誰だこいつ?
全く心あたりのない女性を起こし事情を聞くと女性は頬を染めて顔を布団に埋めた。
そんな顔されても何もなかったと言える自信くらいはある。
私は女性を置いて屋敷に戻った。
屋敷に戻ると二階からエリアーナの泣き声が聞こえてきた。
乳母は何している?
私はエリアーナの部屋に向かった。
部屋には誰もおらずベビーベッドに放置されたエリアーナが泣き叫んでいた。
私がエリアーナに近づくと人の気配を感じたエリアーナは泣くのをやめ、私と同じ淡い紫色の瞳の大きな目で見つめてきた。
しばらくエリアーナを観察しているとエリアーナは人肌を恋しがっているのか小さな手をこちらに向かって伸ばしてきた。
人差し指をエリアーナの手に近付けると、エリアーナは私の指を握りしめてきた。
温かい…。
エリアーナの寝ている布団に水滴が落ちる。
私は泣いているのか。
エリアーナの体温を感じながら私は声を殺して泣いた。
あの日以来私は酒をやめ、エリアーナのために精力的に働いた。
仕事も真面目に取り組み仕事が終わるとエリアーナをお風呂に入れてあげるくらいの子煩悩っぷりを発揮した。
エリアーナを放置していた乳母や使用人を一掃し、新しい使用人も迎えた。
そんな私が評価されたのはエリアーナ誕生から半年後だった。
陛下の執務室に呼び出され入室すると陛下と当時の宰相が迎えてくれた。
「ウォルター侯爵、どうだろう私の宰相にならないか」
もともと私は王太子殿下の宰相になる予定だったが、行き場のなくなった私の才能をこのままにしておくのは勿体ないと相談した結果の人事らしい。
「こいつももういい歳だからそろそろ隠居させてやりたいと思ってな」
陛下は親指で斜め後ろに立つ宰相を指した。
「謹んでお受けいたします」
こうして私は宰相見習いに就任したのだった。
それから数週間後。
仕事が終わり屋敷に帰ると両親とどこかで見たことがあるサーモンピンクの髪の女性が出迎えた。
眉をひそめると両親は事情を説明してくれた。
どうやら酒場に泊まったあの日が原因で彼女が妊娠をしたらしい…って、んなわけあるか!
私は両親に絶対何もなかったと訴えたが、宰相見習いに就任した私の醜聞を心配した両親は勝手に婚姻届けを出してしまっていた。
これにはさすがの私も怒りが抑えられず、これを機に両親には領地に引っ込んでもらった。
婚姻届けを出した以上、私には彼女とお腹の子を養う義務がある。
やむなく彼女をウォルター侯爵家に迎えることになった。
産まれてきた子はサーモンピンクの髪にパステルグリーンの瞳、私とは似ても似つかない子供だった。
納得はいかないが子供に罪はない。
私はフィリスと名付けたその子をエリアーナと分け隔てなく育てることにした。
エリアーナが7歳になったとき陛下がうるさいから陛下の唯一の孫であるエドワード第一王子と顔合わせをさせた。
エドワードを見たエリアーナの顔から蒸気が出ており目が輝いていた。
「ほうほう」
あんたはフクロウか。
二人の出会いを遠くから眺めていた陛下と私はそれぞれ真逆の反応をしていた。
「エリアーナの嫌がることをしたら即破棄ですからね!」
陛下に極太の釘を刺しておいた。
エリアーナがエドワードに恋…いや!認めないぞ!
エリアーナがエドワードと顔を合わせてから6年が経った。
衝撃的な報告が舞い込んできた。
「王太子殿下が薨御あらせられました」
謁見室にて第四騎士団団長の報告を受け、陛下も私も言葉を失った。
騎士団長から手紙と王太子殿下が王太子に就任されたときに陛下から贈られた懐中時計を受け取った。
手紙には失踪した経緯から妻と子供と幸せに暮らしていたこと、自分に何かあったら妻と子供を頼む旨が記載されていた。
「手紙に書いてあるゼオンという子供は今どこにいる」
悲しみを堪え平然とした態度で陛下が騎士団長に尋ねた。
「現在は応接室で待機なさっています」
「わかった。会おう」
陛下が王座から立ち上がろうとすると騎士団長はもう一つ報告したいことがあると言ってきた。
「魔物の倒され方なのですが…焼け焦げていたのには間違いないのですが母親の自爆で倒されたにしては不審な点が見受けられました」
陛下は続きを促した。
「魔物は爆心地から離れた場所に倒れていたことと、爆心地の土は広範囲に焦げていただけなのに対し、魔物が倒れていた土は…溶岩のように溶けていました」
陛下も私も息をのんだ。
この言葉が意味するところは、自爆の魔力量よりさらに高い魔力で倒されたということだ。
自爆は自分の全ての魔力を使うため威力は先天の魔力量で左右される。
そもそも自爆の魔法は高魔力を必要とし、魔力量がないと発動すらできない。
それよりも高いとなると…。
私は陛下の顔を窺った。
陛下も同じことを考えていたのだろう。
「つまりお前は魔物を倒したのはゼオンでその魔力量は驚異的だと言いたいのか」
「推測ですが」
「…わかった。ご苦労だった。下がるがいい」
騎士団長は頭を下げて退室した。
二人きりになった謁見室に沈黙が落ちた。
突然現れた巨大な異形の魔物、王太子殿下の死、危険人物に挙げられるほどのゼオンの魔力量。
沈黙を破ったのは陛下だった。
「どうしたものか…」
「ゼオン殿下の保護が最優先かと。手紙を読む限りではゼオン殿下は帝王学も含め王太子殿下が直々に指南された方。現在王位継承者がエドワード殿下しかいらっしゃらないことを考えてもゼオン殿下の存在は貴重かと」
加えてあの魔力量。野放しにしておくには危険だ。
「しかし素直に王宮に残ると言うだろうか…」
「その時は真実を話すしかないかと」
「…酷だな」
陛下は立ち上がり謁見室をあとにした。
私も陛下のあとについていった。
今後の王位を左右する問題を見届けるために。
ゼオンが王宮に住むようになって6年の月日が経った。
ゼオンは陛下の言うことをよく聞き、陛下の猿芝居にも素直に従ういい子であった。
いや、王になるならこのままでは困るけど…。
最近では少し素直さもとれ、軽く流すという術を覚えてきた。
正直、私はゼオンを気に入っていた。
4年早く王宮に来ていたら間違いなくエリアーナの婚約者にと望んでいただろう。
そんなエリアーナは亡き妻に似て美人さんになっていた。
変な虫がつかないか心配していたが、変な虫がついたのはエドワードの方であった。
フィリスと母親には何度か注意をしたが、その度になぜかエドワードが私のところにきてフィリスへの当たりがきついのではと忠言してきた。
エリアーナを放置しているお前に言われたくないわ!
エリアーナが婚約破棄をしたいと言ってきたら喜んで書類を作成してやる。
そしてその願いが届いた!
エリアーナが婚約破棄を申し出てきた翌日、書類を作成した私はスキップしたいのを堪えながら陛下の執務室を訪ねた。
「陛下これをお願いします」
『婚約破棄書』と記載された紙を陛下に差し出した。
「…却下」
目の前で破られた。
「婚約が決まった時の約束を忘れたのですか!」
バンッと机を叩いた。
不敬なんか知ったことか。
「エドワードには私からしっかり注意しておくから」
陛下は私をなだめた。
「ゼオン殿がエリィの婚約者なら良かったのに…」
ポツリと呟いた言葉に陛下は
「ゼオンがエリィちゃんに興味を持ったら即破棄してやるぞ」
王宮魔術師と侯爵令嬢…天地がひっくり返っても出会うことはないな。
私は遠い目をするのだった。
婚約破棄書を陛下に破棄されて3日が経った。
ここ最近の私の日課は婚約破棄を目で訴えること。
陛下も私の視線に気付いて書類で顔を隠すことが多くなった。
今日もいつも通り『婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄…』と呪いのように陛下に目で訴えていると
「急用ができたので今日は失礼します」
と黙々と作業していたゼオンが転移術を使って姿を消した。
「転移術を易々と使いおって。これだから魔力の高い奴は」
陛下は悔しそうに歯ぎしりをした。
「転移術は高魔力の魔術ですからね。日常的に使えるのは国中探してもゼオン殿くらいかと」
ゼオンの魔力の高さに日々驚かされている。
高性能のバリアに転移術。
一度干ばつで食料難に陥りそうになったとき、精霊を使って農業地帯に雨を降らせたことがあった。
あれには陛下も私も言葉を失った。
魔法で食料難が解決したと公表するか否かを話し合ったが、強大過ぎる魔法にさらに畏怖してしまうのを恐れ非公表となった。
ゼオンが姿を消してしばらくそのまま作業を続けていた。
ふと陛下を見ると書類を眺めながら眉間に皺が寄っていた。
「如何なされましたか?」
書類を覗き込むとそこには魔物討伐に向かった騎士団の被害状況と討伐失敗の文字が踊っていた。
「この魔物厄介だな…」
「硬い殻に覆われて魔法も武器も効かないとなると…ゼオン殿に意見を聞いてみては?」
「ゼオンか…」
巨大な異形の魔物を高火力で倒したほどの魔力の持ち主だ。
討伐に向かわせるには最適な人選だが…。
いまだにゼオンを前線に向かわせないのは魔物を前にしたゼオンが平静でいられるか、王都の外に出たゼオンが帰ってこなくなるのではという心配をしているからだ。
後者は出ていく気なら転移魔法でとっくに出ていっていると思うのだが…。
二人で報告書を読んでいると、執務室の扉がノックされた。
「ゼオンです」
陛下と私は驚きで顔を見合わせた。
「お…おう。入れ」
陛下動揺し過ぎです。
朝の手伝い以外一切姿を見せないゼオンが執務室に来るとは余程の用なのか。
私は退室しようと陛下に頭を下げると
「エリィの件なので侯爵も一緒に聞いてもらえますか」
ん?今、愛娘の愛称が聞こえた気が…。
「エリィって娘のエリアーナのことですか?」
恐る恐る尋ねると
「エドワードの婚約者のエリアーナで間違いなければそのエリィです」
間違いないです!
なぜゼオン殿がエリアーナを知っているのだ!?
しかもなぜ愛称呼び???
情報が多すぎて整理できない…。
陛下も同様に間抜けな顔で私を見ていた。
陛下口開いてますよ。
陛下は口を閉じて咳払いするとゼオンをソファーに座らせた。
「それでエリアーナに関する話とは?」
陛下が続きを促した。
「実は、エリィの入城許可証を発行して欲しいのです」
「エリアーナはエドワードの婚約者だから王宮に入れると思うが?」
「婚約破棄を申請していると聞きました」
予想外のところからの援護射撃!
小躍りしたい気分を抑えた。
陛下もこれには「あ…うん…そうだね」と目を泳がせた。
「それでどうしてゼオンがエリアーナの入城許可書を求めるんだ」
婚約破棄の件は無かったことにする気ですか。
ジト目で陛下を見た。
「エリィが魔法を学びたいと言うので弟子にしました」
?????????エリィが魔法?
それでなぜゼオン殿に弟子入り?
状況がわからず混乱した。
陛下も説明しろと言わんばかりにこちらを見てくる。
私も初耳なのでこっち見ないでください!
首を小さく振ってみせた。
「駄目でしょうか?」
おっさん二人が見つめ合っているのに痺れを切らしたゼオンが問うてきた。
陛下は少し考える素振りをみせ、おもむろに立ち上がった。
机に向かうとたくさんの書類の中から一枚の書類を抜き出してゼオンに渡した。
その書類ってまさか。
ゼオンは黙読しややあって顔を上げた。
「討伐してこいということですか?」
「そうだ」
「わかりました。今から行ってきます」
え?今から!
陛下もさすがに焦りゼオンをとめた。
「騎士団とともに行きなさい。出発は7日後」
「転移すればすぐに討伐できますけど」
陛下じゃないけど『これだから魔力の高い奴は』!
「ゼオン、よく聞きなさい。騎士団員達にもプライドがある。今まで討伐に力を尽くしてくれた騎士団員達のためにも一緒に行ってくれ」
要約すると多大な被害を出しても討伐できなかった魔物を往復一日で、しかもたった一人で誰も知らない間に討伐されたら騎士団の面子が丸つぶれだよねってことです。
「わかりました」
陛下の意図を理解したのか、ゼオンは素直に頷いた。
それで陛下…婚約破棄はしてもらえるのですね。
陛下は背後の殺気に身震いしたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
次話からエリアーナに戻ります。