3.大抜擢という名の責任転嫁
まず最初に、遅れてしまってすみません。すっかりと忘れていました。
以下は言い訳になるので、本編が見たい。興味がない。という人はすっ飛ばしてください。
私は今、長期的に暇がありまして、曜日感覚がだいぶ狂っています。ちゃんとカレンダーに記してはいたのですが、マメさがなく、ほぼ見ていなかったです。そんなこんなで、遅れました。
「王様、こちらになります」
「これが……。人間のこの男がやったというのか?」
赤に白を基調とする高貴なローブ。それを一層鮮やかに飾りたてる金の装飾は、まさしく王としての風格がある。
あごに生やした長い白ヒゲをいじりながら、王様が便を一瞥すれば、だいだい色の瞳がのぞく。
「はい。この者がやりました」
「そうか。後、もう一ついいか?」
王様は思い出したように人差し指を立てて、インスマに視線を向ける。
インスマは強ばる雰囲気を肌で感じたのか、一段と背筋を伸ばした。
「はい」
「これをしたのはカトランか?」
「……」
王様の質問に、インスマは直立不動のままなにも言わない。だが、王様にとってそれが答えになったのだろう。深いため息をついて、ガックリと肩を落とす。
「すまない近衛隊長。もし、嫌になったらいつでも言ってくれ。君の代わりを用意するよ」
(大変だな……)
便は二人の苦労を想像をして身震いをする。インスマはインスマでこれを見せられ、王様は王様で娘の素行は悩みの種。正直、どっちの苦労も想像を絶するものだろう。
「大丈夫です。むしろ近衛隊長になれたことでも、身にあまる光栄です」
(すごいなぁ)
淡々と答えて、苦労している様はまるで感じられない。便はインスマの精神力に、つい感心してしまう。
「どこで育てかたを間違えたのか……。昔はかわいかったのに……」
(こっちはこっちで違う)
対して王様の精神はかなり摩耗している。便は哀れみ、同情のうなずきを入れる。カトラン姫のかわいかった頃など知りもしないが。
王様はどこか遠くを見つめて、口角がゆるむ。きっと、カトラン姫のかわいかった頃を思い出しているのだろう。
「そう。お父様はそう思っているのね」
(げ)
噂をすればなんとやら。どこかへ行っていたカトラン姫が帰ってくる。
王様の体はビクリとはねて、ゆるんでいた口角はひきしまる。顔からは血の気が失せて、言い訳がましく手は動く。
「カトラン。いや、今もかわいいぞ。なぜなら……」
「はいはい。くだらない言い訳はけっこうよ」
(怖いよ)
王様が悪いのは分かっているが、便としては王様の肩を持ちたくなる。同じ血の通った親子だというのに、カトラン姫の態度はあまりにも冷たい。
まるで反抗期の父親と娘。その関係がしっくりとくる。
「あ、そうだお父様。お願い聞いてくれる?」
(豹変した……)
カトラン姫は急に声音を変えて雰囲気も変えて、娘らしさをアピールしてきた。
便はカトラン姫の変わりように、目を丸くする。王様はそんなカトラン姫に対して、咳ばらいをこぼす。
「ど、どの超えたものでなければ考えなくもない……」
王様は威厳を保つためか、表情を硬くする。けれども、声のやわさまでは直せず、カトラン姫に押されているのが分かる。
「大丈夫よお父様、変なことじゃないわ。その人間を環境大臣に任命しようと言うだけよ」
(環境大臣……)
名前からして、環境に関わる大役なのは便にも分かる。けれど、なぜそんな大役を便に任せるのかがハッキリしない。
「か、環境大臣? そもそもそんな役職はないぞ」
(あれ?)
便は思わず、ずっこけそうになる。
ありもしない幻の座を作り、カトラン姫は便をそこに座らせようした。
王様の頭にも、便と同じようにハテナが浮かんでいた。
(なんのために)
カトラン姫に考えがあるのは明白。ニヤリとした顔には、悪魔でもついていそうだ。
「大丈夫よお父様。もう作ったから」
「ちゃんと正式な手順で……」
「これでいいでしょ?」
まるでゴミ同然に丸められた紙を、カトラン姫は王様に投げつける。王様はあたふたと受け取り、その紙を開く。
「これは……!」
(なんの紙だろ)
便が気になって首を伸ばすと、ダルバは目で牽制をする。ギロりと、鋭くにらまれれば便は首を引っこめる。
王様は紙を一通り見れば、どこか不憫そうに便へと視線を移す。
「その人間の名は」
「タヨリよ」
カトラン姫がすげなく答えると、王様は便の肩をポンとつかむ。
「タヨリ。これから任命式を行う。ここでは言えないことが多いから……。とりあえず王室に来てもらおう」
(いい人……)
柔和な表情で、王様は便に優しく語りかける。
この世界に来て、こんないい人はいない。便は肩から伝わる温もりに、涙がこぼれそうになる。
「近衛兵隊長。タヨリを王室まで連れてきてくれ」
「御意」
「インスマ、後は任せたわ」
「御意」
(カトラン姫もいなくなっちゃった)
王様に続いてカトラン姫までも部屋を出ていき、便はこの状況に既視感を感じる。
つい最近、というよりも今日。牢屋の時がそうだ。残されたのはインスマと便。けれど、その時とは少し違う。
(兵士が多い!)
インスマにダルバ、老兵に若い兵士。今は合計四人もの屈強な男に囲まれている。
便は牢屋よりも兵士が増えて頭を抱える。しかも、最悪なことにダルバまでも一緒だ。
「ダルバ、ネラ。タヨリを連れて行け」
「はいはい……」
「了解!」
(もうなんでさぁ……)
便が最も嫌うダルバに連れて行かれる。唯一の救いがあるなら、ネラという元気そうな人がいることくらい。
便が何気なく目線を動かすと、ネラと目が合い、ネラはニコリと笑う。
「さっ、行きましょうタヨリさん」
「はい……」
(優しい)
言葉にトゲはないし口調も柔らかい。便はにじむ優しさオーラに心がキュンとする。
あまりにも便が見惚れていると、ダルバは鼻で笑う。
「早くしろよ」
(やな奴)
見下したような態度に嫌味な言いかた。隠す気のない嫌いを感じれば、便だって嫌いになる。
(それに比べたらネラさんはもう)
その差は歴然。二人の優しさを比べれば、天と地ほどの差がある。
****
(広い……!)
上は果てしなく、奥行きは100m走ができるほどにある。清潔感あふれる白の壁には紋様が刻まれ、真っ赤なじゅうたんには金が織りこまれている。まさしく、夢に描く王室がそこに広がっていた。
(かっこいい!)
便の視線の先には、権力の象徴である金銀財宝がちりばめられた玉座が二つある。右には王様が、左にはカトラン姫が座っていた。
(なんだか対照的)
足を組んで頬杖をつくカトラン姫の隣には、厳かに座る王様がいた。背筋は伸び、目は鋭く貫禄がある。
「うわっ!」
急に背中を押されて便は前のめりになる。
こんなことをする人は、思いつく限り一人しかいない。便が後ろを向けば案の定だった。
「ダルバさん、いくらなんでも……」
「うるせえな。いいんだよ、こんなやつ」
ダルバに鼻で笑われれば、便はふつふつと怒りがこみ上げる。
(怒っちゃダメ、怒っちダメ)
闇雲に怒りを発散するのはよくない。便は怒りを鎮めて、玉座のほうへと歩き出す。
(それにしても兵士がたくさん)
玉座の周りには、なめし革の鎧をまとった兵士がたくさんいる。手には槍を握りしめ、近づく便に圧をかける。
(逃げたい……)
あまりの威圧感に踵を返したくなるも、ぐっとこらえて進む。
なんとか玉座の前にたどり着けば、両端にはインスマと老兵が立っていた。
(ここで止まればいいのかな)
便は二人の間で立ち止まると、王様へと視線を向ける。距離にして、数メートルもない。
「これから任命式を行う。環境大臣、タヨリ。前に出なさい」
便はおずおずと前に出て、王様の前に立つ。
王様はふところに手を忍ばせると、巻物を取り出す。
「任命期間は六月。なお、それまでに成果を得られないようなら即刻解任し、死刑を命ずる」
「六月で死刑……」
六ヶ月間、成果がなければ死刑に処される。そうは言われても、便は漠然とした未来に危機感を感じられない。
ただ、よく分からない責任を負わされたのは確かだ。
(そもそもなんで環境?)
今の今まで、急かしなく振り回されて大事なことを忘れていた。便はなぜ、環境なのかという疑問にやっと焦点があう。
「あの、なんで環境大臣なんですか?」
「それは……」
王様は口ごもり、横にいるカトラン姫に視線を向ける。
(あ、そっか)
元凶は全てカトラン姫。便は視線をカトラン姫へと向ける。
「見なさい」
カトラン姫は左を指さし、便はその指の延長線上を見る。
「曇り空?」
青い空は見えない。薄らと灰色がかかり、陽の光すらもぼやけてしまう。
「もっと近くで見なさい。節穴でないなら分かるはずよ」
あきれたようなため息をついて、カトラン姫は便を蔑む。
(こんなのどうやっても……!?)
空だけではない。地上までも灰色がかり、建物の輪郭までおぼろに隠してしまう。
ひどく淀んだ空気がこの世界には蔓延し、空も地上も覆っていた。
(ひどい)
こんなになるまで、どうしてやったのか。そして、誰がやったのか。便は考えて、ある人物が真っ先に頭に浮かぶ。
「もしかしてこれをやったのは……」
便はおもむろに振り向き、疑いの目をカトラン姫に向ける。
カトラン姫は視線に気づいたのか、長いまつ毛をゆっくりと持ち上げ、ギロりと瞳を動かす。
「やったのはお前ら人間の方だ」
「え……」
底冷えするほど、抑揚のない声には憎しみがこめられていた。だいだい色の瞳は、心なしか燃えている。
「そうやって都合のいいことはすぐ忘れるのか。つくづく人間とはろくでもないやつばかりだ」
「ま、待ってください! あなたたちも同じ人間じゃないんですか?」
(さっきから人間、人間って……。同じ人間なのに)
「なにを言っている。私たちは自然を慈しみ、共に生きる崇高なエルフ種族。自然を蹂躙し、破壊する愚かな人間風情とは根本が違う」
(え……えええええ!)
おとぎ話でしか聞いたことのないエルフ。便は目をぱちくりとさせ、なめまわすようにカトラン姫を見る。
(確かに耳の形が長くて鋭い……)
よくよく見れば人と違い、少しだけ耳が長くて角張っている。けれど、たったそれだけの違いしかない。
「なんだその反応は」
「だっ、だって自分はこの世界の人間ではないですし、それにエルフなんておとぎ話くらいでしか……」
「嘘をぬかせ!」
カトラン姫は声を荒らげ、玉座から立ち上がる。大きく開いた目を、刃物のようにとがらせて便をにらむ。並々ならぬ怒りが、瞳の奥ではたぎっていた。
「う、嘘じゃないです……」
便は涙声で切実に訴えるも、カトラン姫相手には火に油を注ぐことだった。
「もういい! 打首に処せ!」
カトラン姫の怒号に兵士もうろたえる。互いに目配せをして、どうするか決めかねていた。
(どうしよう……)
便は絶体絶命の危機をむかえる。このままでは、いつ殺されるかも時間の問題だ。最悪なことに、ここに便の味方は誰一人いない。
そんな時だった。パンパンと、手を叩く音がこだまする。沸き立つカトラン姫も、うろたえる兵士も一様に音のほうを見る。手を鳴らしたのは、王様だった。
「カトラン、落ち着け。頭に血が上りすぎた」
「しかしお父様!」
「お前の怒りはもっともだ。ワシだって憎い。だがな、タヨリの持つ力は、エルフの世界を救う力だ。それをやすやす手放すわけには行かない」
カトラン姫は言い返すことなくうつむく。固く握られたこぶしは震えて、怒りのやり場を失っていた。
(助かったのかな?)
首の皮一枚はつながったものの、便の心臓はドキドキが止まらない。
今はうかつなことを言って、不用意な刺激を与えない。そのために、便は黙ることにする。
しばらくして、カトラン姫は舌打ちをこぼし、兵士をはねのけて出口へ歩き出す。その後ろ姿を見送るばかりで、誰一人として止める者はいない。
カトラン姫がいなくなり、どこか張りつめていた場の空気は緩まる。
便は安心から息を軽くはき、肩の力は自然と抜けていく。
「すまないタヨリ。ワシらエルフは人間によって大切な人を失ったのだ。ワシの妻も、その一人だ」
王様は悲しそうに、カトラン姫の座っていた玉座に視線を落とす。
(それであんなに怒ってたんだ)
憎しみのこもった眼光も、豪雨のような怒りも納得がいく。便はカトラン姫の心情を察して、心が痛くなる。
(こっちの世界の人間は最低だ。でも)
自分には関係ないと、便は割り切るつもりはない。むしろ自分が罪を償い、エルフを助けることが天命にさへ思えてきた。
「タヨリ。環境大臣を辞退してもらってもかまわない。そしたら君を……」
「やらせてください王様」
便はキョトンとした王様に、曇りのない純潔な眼を向ける。
「いいのか……?」
「はい」
便に迷いはない。カトランに排泄を見られようと、エルフに投石されようと、折れないほどにこの意志は固い。
(絶対に環境大臣に恥じない活躍をしてやる!)
便の胸にはメラメラと使命感が燃えたぎっていた。
王様は感涙なのか目をうるませながら、インスマに指示を飛ばす。
「近衛隊長、カトランと同様、タヨリも頼む」
「御意」
「タヨリ、すまない。君には辛い思いをさせてしまって……」
「そんなことないですよ。僕は、エルフの力になりたいだけですから」
「……ありがとう」
王様は細々と感謝の言葉を口にして、視線を下へと落としてしまう。
次回は9月19日の12時予定です。今回の反省を活かして、次回は忘れないようにしたいです。
もし、忘れていたらすみません。前もって謝っておきます。