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ファフニール



 クレアの放つ炎の柱は、燃料元たる魔力を消費し尽くすと次第に弱まりファフニールの姿が再び眼前に現れる。

 翼膜は、所々が燃え焦げ全身を覆う緑色の鱗は熱でひびが生じ、外気に触れたことで砕け散る。

 口元に生えた数本の髭は、そのほとんどがろうそくの様に火を灯す。


 その瞳は、完全に始末するべき対象として俺たち二人に向けられる。


「さすがは史実に残る竜ね、翼の一つでも焼き落すつもりで放ったのだけれど」


 金色の細剣を下ろすと、クレアは称賛の言葉を述べた。

 魔族でも有数の威力を誇る彼女の攻撃は、飛竜ならば骨も残さず燃やし尽くす。

 五体満足で、そして依然として敵意を剥き出しに睨みつける竜は、流石の一言だ。


「せめて言葉が通じる状態なら、質問したいことを聞けるのだけれど」


 鬱陶しそうに金髪を払い呟いた言葉に頷き返す。

 本来、この渓谷にいるはずのない生物であるファフニールが、なぜ急に現れたのか。

 言語を話すことが出来るはずの上位の竜が、なぜ好戦的になり言葉を失っているのか。


 聞きたいことは山ほどあるが、その前に完全に殺気を放ち今にも噛み殺さんと降下するこいつをどうにかしなければ。


「ファフニールには申し訳ないが、会話を試みるのは動けなくしてからにしよう」


「その案は賛成ね、じゃないと私食べられてしまいそうだもの」


 肩を並べて、地面へと降下してきたファフニールに切っ先を向ける。

 魔剣カイムを解放したクレアは、再びその剣に炎を纏わせる。

 俺も、黒い魔法粒子を刀身に纏わせると、同時に踏み出す。


 地面が沈むほどのダッシュに、ファフニールは鋭い爪を持つ長い腕で迎え撃つ。

 その腕は、緑色の粒子を身に纏い風の加護を受けた一撃。

 

 その爪に俺とクレアの剣は正面から切りかかる。

 風、炎、拒絶の三つの魔法を纏った武器が衝突し、同時に弾かれる。


 黒剣を持つ腕が、痺れるような衝撃に見舞われる中、左手をかざして次なる行動に移る。


「破壊の判決ジャッジメント・デストラクションっ!」


 黒剣でファフニールの爪と衝突した際に、黒の粒子をその爪に注ぎ込んだことで、次なる術を発動させた。


 審判の能力と、拒絶の能力を合わせた魔法。

 直接触れた対象を、破壊する能力。俺が振りかざしたのは一つだけの爪だが、岩が破裂したような轟音で、その手から血が滴る。


 一瞬、ファフニールの視線は自らの腕に注がれ、俺達への警戒が薄れる。

 その瞬間を見逃すことなくクレアは切りかかる。


「セァッ!」


 炎の細剣は、十字を作り出すと斬撃へと変わりファフニールの腹部へと襲いかかる。

 「炎獄の十字架ヘル・クロス」、斬撃と炎の一体剣技は目標を寸分たがわず狙い撃つ。

 腹部は鱗も薄く、弾かれることなく飛来した十字の炎で焼き切られた。


 強烈な斬撃に、ファフニールの動きは完全に止まる。

 今だ……っ!


 右手に握る黒剣を空へ掲げ、その真名を叫ぶ。


「魔剣解放―――」


「こらー! あんたの魔剣だとこの竜を殺しちゃうでしょう!?」


 離れたところから、遮るようにクレアの怒声が響く。

 じゃあ、どうするんだよ……。

 格好よく決めようとしていただけに、すごく格好悪いのだが。


 渋々、剣を下ろして彼女の言葉を待つ。

 

「私が動きを止めるから、あなたはその間にこいつの意識を刈り取りなさい!」


「どうやって!?」


「……頑張りなさい!」


 そんな適当な……

 でも、殺さずに済ませる方法はそれしかない。

 クレアが魔力を溜める間、思考を巡らせ考える。


 打撃では不可能で、腕を切り落としたところで意識までは落とせない。

 なら、内部から揺さぶるしか選択肢はない。

 

 黒剣に魔力を込めて、地面に片膝をつく。

 考えることは真上に全力で飛ぶこと。


「獄炎の牢獄ヘル・プリズン


 クレアの細剣から紡がれた、幾重もの炎の意図は重なり格子状に計上を変化させると、正方形の牢獄を形成する。

 触れたものを焼き尽くす牢獄は、クレアの高度な魔力操作と魔力の純度から堅牢となる。


 彼女の技が発動したのを確認すると、上空に一気に飛び上がる。

 身体能力を最大限まで魔力で高めることで、その高度は竜の倍以上の高さまで登った。


「オラァっ!」


 目標は、首の少し横。

 両手に剣を掴み、落下の勢いを合わせて全力で振り下ろす。

 クレアの牢を、剣が触れる刹那の間だけ拒絶の魔力で穴を空けると、定めた部分へ黒剣を突き立てた。


 鱗は貫き、肉を割く不快な感触が手に伝わる。

 深々と剣が刺さり、ファフニールはその体を暴れさせて振り落とそうとするが、クレアの牢獄に触れ体を焼かれる。


 その間に、俺は突き刺さる剣の柄を握り目一杯の魔力を竜の体内へ注ぎ込んだ。


 竜は、魔族や人間とは違い、大量の魔力で生命が成り立っていると言われている。

 体内の血液内に至るまで魔力は流れ、体内循環しているのであれば、その魔力を一時的に拒絶の能力で阻害すれば、意識だけを刈り取ることが出来るかもしれない。



 期待と不安を抱え、魔力は拒絶の能力を含ませて竜の体内へと流し込む。

これが誤算であれば、俺の力では命を刈り取る以外の方法がない。


少し、頬に冷や汗を流しながらその結果を待つ。

体内に異物が入ってきたことを察知したのか、ファフニールの体は一瞬だけ震えた。

そして、膝から崩れ落ちるように白目を向けて大きな巨体は地面へと付き伏せたのだ。


「あっぶねー……」


 ファフニールが体を震わせたときは、一瞬魔力を込め過ぎたかとヒヤッとしたが、なんとか上手くいったらしい。


 クレアもふっと息を零すと、細剣を鞘に納めて牢獄の魔力を解除する。

 俺も剣を抜き、鞘に納めるとここで一つ変化が起こる。


 ファフニールの体から、薄緑に輝く魔法粒子が漏れ出していたのだ。


「どういうこと、これは?」


「気絶をさせただけだから、本来ならこんな魔力が溢れ出ることはないはずだけど……」


 クレアも不可解と思ったのか、そばに駆け寄り調べる。

 初めて見る現象に、少し警戒を含ませながら見守っているとみるみる竜の体は縮んでいく。


 飛竜より大きかった体が、飛竜と同様に、それ以下に、俺達と同じ大きさに、そして最後には光を放ち一つの形状へと変わる。


 鋭い刃を持つ、直剣へと。

 

「剣……?」


クレアが呟く視線の先には、緑の刀身に輝く剣が転がっていた。

なぜ、史実に残る竜が意識を刈り取ると剣へと変貌したのか。


その答えも、自然と頭の中で浮かんできた。


「魔剣に宿るファフニールを強制召喚したのか……」


「あっ!」


 呟くと、クレアも合点がいったように声を上げた。

 本来、人間や魔族の言葉を理解し、話すことが出来る知能を持つ竜が言葉を失い、ただ目の前の敵を屠るのは、強制的に知能を阻害する要因があったから。


 俺達はファフニールが現存していたものと思い、意識を刈り取るつもりが拒絶の能力で阻害していた魔法を消滅させたのだろう。


 実体は失われ、本来の魔剣としての姿だけが残った。

 そう考えると、色々と辻褄が合ってくる。


「まさか魔剣だったとは……」


 ファフニールであった剣を手に取ると、思わず苦笑を浮かべた。

 同時に、誰が召喚したものなのかが問題になってくるのだが……


「……っ!?」


 クレアと剣を見つめて考えていると、完全な死角から殺気に近いものを感じて手に取った緑の魔剣を後方へ振るう。


 飛来した何かが剣と衝突し火花を散らす。


 居を付かれたように、クレアは目を見開き後ろに倒れ込む。

 振り返り彼女が無事かを確認するが、ケガは見受けられない。


 すぐに視線を後方へと向けると、そこには一本の槍が地面へと突き刺さっていた。


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