魔剣使い
架空の物語です。言葉や用語は温かい目でお読みください
村に戻って最初に訪れた建物、村人からは“ホーム”と呼ばれる建物の奥には、一人の老人が背丈に見合わない大きな椅子に腰かけていた。
頭には一匹の三毛猫が帽子の様に体を丸めて鎮座している。
絶妙なバランス感覚で、そして何故か愛くるしい姿をした老人に声を掛ける。
「村長、帰りました」
「何が帰りましただ馬鹿者が! 勝手に依頼を受けて冒険者のいる街に飛び込むとは、聞いたこともない愚か者じゃぞ!」
老人、村長は赤面させる勢いで言葉を放つと、近くに掛けた棍棒を手に取ると俺の頭に振りかざす。
軽快な音が鳴り、建物内にいる魔族の視線が集まる。
この村に訪れて数日、適当な挨拶は交わしたけれど打ち解けてはいない人達からの視線は少々居心地が悪い。
「人間と魔族が戦うのは子供でも知っていること、それを十八のいい歳をした男が感情を優先して行動するとは……もう少し大人になれ」
「……」
村長からの言葉に、小さく一礼をすると深青色のコートを翻してその場から立ち去る。
背を見つめる視線から、早く逃げたくて、周囲からの瞳からすぐに消えたくて、早足で石畳みを踏み進む。
もともと、この村の生まれ出ない俺が、何故このルイガ大陸でも辺境にある村にいるのか、それは二日前のことだ。
魔族たちの王都、ガルド王国にある掲示板に幼く拙い字で依頼の紙が貼られていたのだ。
母親の飛竜の保護。
褒賞も少なく、冒険者も近くにいる情報が記載されていることから誰も手に取らなかった依頼だ。
だが、放っておくことも出来ずに足を運んでみたのだが、結果はこのざま。
住民たちから向けられた一時の期待のまなざしが、余計に罪悪感を大きくさせる。
ホームから出て、村の外れの方へと歩く最中で数刻前の戦いを思い出す。
剣を交錯したそのあと、俺の一振りに対して剣の冒険者は片腕だけの力しか籠らない一撃のため、勢いを相殺することが出来ずに弾け飛ぶ。
追撃のために、素早く距離を詰めようと踏み込んだ瞬間、真横に人影が写った。
横から鋭い槍の突きが繰り出されるのを、体を捻り回転する要領で躱すとそのまま横薙ぎの一撃を槍の冒険者の懐へと振りかざす。
伸ばした腕を体の目前にまで引き寄せて、こちらが放った一太刀を間一髪で抑えると、後ろに控える仲間に合図を掛ける。
「今だ、俺ごと打ち込め!」
「岩石雨!」
女性冒険者が手に握る杖は、先端に魔法陣を展開させ掴む腕全体が黄色い魔法粒子が包み込む。
地面から岩石が生成され、それが小さな雨の様に無数の形を作り出し、それが上空に浮遊する。
「解放!」
掲げた杖を振りかざし、意思を持つように岩石の雨が降り注ぐ。
地面に小さな穴を空けるほどの鋭い岩石の雨は、仲間もろともアインの頭上から解放された。
「ッハ!」
槍の冒険者が腕を掴まんと、その手を伸ばすよりも先に、彼の腹部に蹴りを叩き込む。
転がる相手に目もくれず、黒剣を握りなおして上空へと切っ先を向けた。
目の前には、魔力により作り出された無数の刃が迫る。
「拒絶」
掲げた切っ先から、降り注ぐ岩石を飲み込むように黒い霧が包む。
地面を貫く硬度と威力を誇るはずの岩石雨は、途端に砂へと変える。
本来、魔法は使用者の意思なくしては形を失うことはない。
しかし、同等の威力を持つ魔法をぶつけることで相殺するか、武具に固有の能力を宿す魔法武具の能力で打ち消すことが出来る。
俺が使用したのは後者である。
黒剣に宿る能力の一つ、拒絶の魔法を使用することで岩石に掛けられた魔力そのものを消滅させた。
だが、その攻撃の最中、四人のうち最後尾に待機していたもう一人の冒険者が腕を切断された男に駆け寄る。
胸元に提げた十字架を手に握り、魔法の口にする。
「回復」
布で硬く止血していた切断面から、僅かに零れ落ちていた血が止まり、頭にも出来ていた傷がたちまち元に戻る。
「黒い剣に魔法を消し去る能力……噂の魔剣使いか」
簡易的な治療を終えた剣士が、膝に手を置き立ち上がると苦い表情を浮かべて言った。
その言葉に、俺は何も告げることなく剣を向け戦闘の継続を示唆した。
蹴り飛ばされた槍使いと、魔法使いもそばに駆け寄り敵意を示す。
「俺達にとっては一級のお尋ね者だ……逃がしてくれと言っても聞いてやくれないだろう?」
「あんたが反対の立場だとして、俺を見逃すのか?」
「だよな……」
短く答えると、意識を黒剣へと向ける。
柄を握る手から、黒い魔法粒子が流れ込み黒い輝きを放つ。希望ではなく絶望を与える暗闇の輝きに、四人の冒険者は覚悟を決めた瞳に変えた。
「……拒絶」
魔力が込められたその一撃は、全てを飲み込み拒絶する一撃。
戦いの舞台になった草原は、植物一つ残らない荒野へと変貌を遂げ、相対した冒険者たちの姿を見た者は、いなかった。
戦いの情景を思い出しながら、村の郊外にある大樹の下で腰を下ろす。
腰に提げた黒剣を外すと、脇に置いて芝生の上で横になる。
この剣、魔剣を手に入れてから二年が過ぎた。
あの焼けるように熱い日のことを、人生で一番の絶望を与えられた日のことは、今でも鮮明に記憶されている。
焼ける肉の匂い、血の川、苦痛に顔を歪めて息を引き取った両親や友人たちの顔は、人生の中で決して忘れ去ることは出来ないだろう。
全てを忘れ去りたいが為に、戦いに明け暮れてきた。
来る日も来る日も人間達と戦い、気が付けば多くの屍の上に立っていた。
憎しみで戦いを始めていたはずが、何を目的として、何のために戦うのか。
見えない答えを追い求め、答えに導いてくれることを願い過ごす。
疲労からか、柄にもなく昔を思い出しふと考えてしまった。
瞼を閉じ、視界を閉ざして木々が揺れ動く音にだけ意識を澄ます。
自然が癒しを与え、束の間の休息を与えてくれる。
そんな胸中などお構いなしに、石畳を踏みしめて芝生まで乗り上げる足音が近づく。
寝転がる俺の姿を見て、呆れたように溜息を零した。
「依頼を失敗した人には見えない態度ね」
「失敗したから落ち込んで休んでいるんだよ」
閉じた瞼を上げ、脇に佇む一人の女性に目を向ける。
魔族の証である赤眼に腰まで伸びた金髪、腰には剣を提げ黒のコートで全身を包む彼女の名はクレア。
魔族の長である現魔王ガルドの娘であり、未来の魔族を率いる筆頭だ。
彼女が、なぜこの辺境の地に共に赴いているのか問われれば、特別深い事情はない。
王都で依頼を見つけた時、ある都合上で近くにいたことで内容が露呈してしまい、強制的に行動を共にされたというわけだ。
当然、依頼には彼女は同席していないし、冒険者との戦闘も関与していない。
彼女が戦闘を行ったと王が知れば、それこそ進軍して街を堕としかねない。
何も聞くことなく隣の芝に腰掛けてきたので、俺も態勢を直し座りなおすと隣で言葉は紡がれる。
「あなたが戦った冒険者、その後はどうしたの?」
「……」
最後に見たのは、四人が血を流し倒れているところだ。
おそらく、眼前にあった街では四人は死亡したと伝えられていることだろう。
「魔力泉を破壊したから……もう冒険者じゃないよ」
人間や魔族の体内には魔力を生み出す魔力泉と呼ばれるものがある。心臓の奥深くにそれは存在しており、心臓が停止することで魔力活動は停止する。
だが、先の戦闘においては彼らに俺の持つ黒剣が触れた時、体内へ拒絶の能力を送ることでその泉を破壊した。
もう、冒険者として生活することは不可能だ。
人間は、魔力によって身体能力を強化し、魔法の行使で自らよりも強力な魔族たちと戦ってきたのだ。
魔力を失えば、その辺に生息している有象無象の魔物にすら遅れをとるだろう。
あとのことは、森の動物たちに頼んで、近隣の村に送ってもらったのでどうにかなるはずだ。
「そう……お父様には討伐四人で報告しておくわ」
どこか安心したように告げたクレアは、腰を上げて芝生を払いのける。
振り返り、こちらに手を差し出すと退屈したような声音で告げた。
「帰りましょ、ここは田舎過ぎてつまらないわ」
そう微笑む彼女を手を掴み、また新たな戦場へと旅立つ。