魔族の少年
次話で戦闘描写あります
薄緑色の鱗に包まれた飛竜の背に乗り空を駆ける。
早く、少しでも早く……
耳は風を切る轟音しか聞こえず、あまりの速度に呼吸さえもままならない。
それでも、飛竜は速度を落とすことなく突き進む。
村をまたぎ山を越え、国境すらも瞬く間に過ぎ去る眼下で一つの爆発が写る。
ハッキリとは見えないが、飛竜とおぼしき生き物が地面へと炎を吐き散らしていた。
その光景を見るや否や、飛竜の背中を壁に見立てて脚力の限りで地面へ向けて蹴り出す。
託された願いを、人間の手から飛竜を守るために。
ルイガ大陸の中でも、商業に富んだ街の外では一つの騒ぎが起きていた。
住民の大半が、南にある門の近くに集まり、視線をその先の光景に向ける。
外壁で堅固に囲まれた街の近くで、大きな爆発が巻き起こる。
見やると、そこには大きな翼をはためかせて飛ぶ飛竜と、地上で四人の人間が相対していた。
飛竜の口から放たれた炎の咆哮で、地面は大きく窪みを作る。
先ほどの爆発は、この飛竜の咆哮によって生み出されたものだ。
人間は、得意の魔法を使い巧みに飛竜の体を攻める。
風の刃が肉を割き、大地から作られた砲弾が胴体を曲げる。
高度を落としたその体に、槍を突き立て、最後のあがきと暴れまわるその喉元に、白銀の刀身を突き刺した。
途端、力を失ったように地面へ倒れる飛竜の姿を見て、街の住民からは歓声が上がる。
人間の中でも戦いに秀でた集団、冒険者を応援する住人たちの声だ。
冒険者は、魔法と武器、そして己の体を使い魔族と戦う戦闘集団。
魔族を討ち取ることで褒賞を得て、この世界で多大な影響力を生み出している。
街の近くを徘徊していた飛竜に怯えた住人たちが依頼した「飛竜討伐」
その依頼を冒険者たちは、見事に達成したのだ。
「随分と大きな個体だな、子を宿していた竜かもしれないな」
槍を持つ冒険者が、達成感を滲ませる顔で仲間へ告げると、最後の一撃を喰らわせた剣を持つ冒険者が、飛竜の首に剣を当てる。
「証拠の首を落として街に戻ろう、流石に疲れた」
四人は、重症こそ負ってはいないものの、十メートルを超える巨体を相手にしていたのだ、無数の傷がそこかしこに残っていた。
添えた剣を、真上に上げると勢いよくこと切れた飛竜の首へと振りかざされる。
コマ送りの様に進む飛竜討伐、その達成の間際に冒険者たちの後方からはもう一体の飛竜が上空を最高速度で滑空していた。
「っ……!」
その光景を、俺は依頼先の村からこの地まで送り届けてもらった飛竜の背で目にする。
すぐに臆することなく飛び降りると、腰に提げた剣を地面へと投擲した。
まだ、間に合うかもしれない……。
目標は、十数メートル先の地面で、剣を掲げた冒険者の右腕。
意思を持つように、狙い定めた方向へと剣は空を割き、鎧を纏った右腕に衝突する。
腕を覆った鎧はその役目をすることなく、刃は肉を切り裂いた。
突如、宙を舞う自らの腕を見ても、状況を理解するまでに時を有したのか男は目を点にする。
肘から腕が切断されたことで鎧は鮮血に染められ、次第に強烈な痛みが襲う。
「えっ……腕が、あぁぁあ!」
数歩、後方に下がり倒れこんだ冒険者が、切られた右腕を抑えて絶叫する。
誰も、状況を理解できている者はいない。
ただ、仲間の腕が突然宙を舞い、倒れこんだ先では血の海が広がっているのだ。
「ごめんな、間に合わなくて」
地面へと突き刺さる剣の後に空から降りると、飛竜の頭部へと歩み寄る。
既に光を失った飛竜の瞳には、灰色の髪に赤眼、深い青色のコートを身にまとった俺の姿が映されていた。
飛竜の開いた瞳を閉じてあげると、地面に突き刺さった剣を拾い人間達を向かい合う。
剣に滴る血を払い、構えると冒険者の中で杖をかざす女性が動揺する声音で尋ねた。
「あ、あなた魔族ね……なんでこんなことを!」
驚愕する瞳と俺の視線が交差して、攻撃の意図を求めてきた。
「……この飛竜の帰りを待ってる女の子がいてね、助けに来たんだ」
そう答えるが、約束を守ることは出来なかった。
人間には、飛竜は獰猛な生き物で討伐すべき対象として認識されている。
だが、それは間違いだ。
もともとは温厚な個体が多く、種族同士の助け合いをして生きている。
しかし、仲間意識が強いために、敵対したものは徹底して排除する。
人間が多くの飛竜を希少な素材が入手できるからと手を出したことで、飛竜には人間が天敵として遺伝子に刻まれてしまっているのだ。
この飛竜は、とある少女の家で暮らす雛竜の親だ。
母親の最初の仕事として、雛に食料を与えるためにこの街の近くにある湖で魚を採っていたのだろう。
人間達にはとても理解できないことかもしれないが、魔族には飛竜は家族も同然なのだ。
それを守ってほしいと依頼を受けたが、間に合わなかった。
なら、せめてその亡骸を冒険者たちの手に渡すことのないように、守るのが俺にとって次なる依頼なのだ。
「気をつけろ! ……こいつの剣は普通じゃない」
腕を切り落としたはずの冒険者が、布で止血をしてすぐに立ち上がる。
左手に剣を握り、向ける視線には一寸の油断も恐怖もない。
四人が飛竜と対峙した時以上の集中力と魔力を纏う。
こちらも黒剣を下段で構えると、低い姿勢で身を屈め、踏み出した足元から火花が出るほどの強力な瞬発力で距離を詰める。
二つの剣が交差して、衝撃音を放つと人間と魔族の戦いが始まった。
人間が暮らす街から遠く離れた小さな村の入り口で、少女は飛竜の雛を腕に抱き座り込んでいた。
遠巻きからでも、彼女が誰かを待っているのは明白だ。
村の入り口に向け歩いてきた一人の青年の姿を少女が視界に入れると、すぐに立ち上がり駆け寄る。
「お兄さん!」
「レナ……」
白いワンピースを身にまとい、青い羽毛の飛竜を連れて寄ってきたレナという少女に、俺は約束を守ることが出来なかったことで顔をしかめる。
黒い深い青色をしたコートには、点々と血がついており戦いの後を物語る。
悲し気な表情とその佇みに、レナは事実を悟った。
「そんな……」
「ごめんな……」
俯き、胸元の飛竜を見やると涙を浮かべるレナに、胸元から一枚の羽根を取り出す。
それは、雛竜よりも青々とした硬い羽根で、親竜の羽根だ。
人間達に防具などの素材として扱われないよう、親の亡骸は火葬して湖の麓に埋めてきた。
唯一の、親の痕跡。
小さな手に、握らせるように手渡すと俺は一人村の奥へと踏み入れる。
振り返ることはない、背後で小さな少女が鳴き声を響かせるが俺にはその手を握る資格はないのだ。
村の住人とすれ違い、進んだ先にある集会所のような建物の中に入ると、戸の近くに腰掛けていた屈強な体をして、スキンヘッドの男が口を開く。
「アイン、無事に戻ったか」
「コボルさん……」
俯いて、コボルと呼んだ男性と視線を合わせることなく俯いた。
拳を握り、肩を震わせる姿に一つ息を零すと、その肩を叩く。
「飛竜を狩るほどの一級冒険者達だ……何事もなく帰ってきたことを喜ぶさ」
子を見守る親のような優しい瞳を向けるコボルが呟くと、俺は依頼失敗の報告をするために建物の奥へと進んだ。