戦いの始まり
燃え盛る小さな村には、矢と砲弾の雨が未だに絶え間なく降り注ぐ。
道には血が流れ、既に息絶えた住人たちが山のように転がっていた。
もう、悲鳴の声は聞こえてこない。少し前までは赤子の鳴き声が聞こえていたはずなのに。
矢と砲弾の後ろからは、人間が得意とする魔法が追従して村に襲い掛かる。衝撃は地面を抉り、煙を巻き上げ、転がる死体を肉片へと変える。
ここは、地獄だ。
炎熱で喉は焼けるように熱く、爆発で左腕はもう動かない。
頭部からも血が止めどなく流れ、視界も朧になりながらそれでも体をとある岩山にもたれかける。
「クッソっ……なんで、抜けないんだ!」
残された右腕で、村の中央にある岩に突き刺さる剣の柄を握るが、動く気配はない。
痛みと、恐怖と、憎しみだけが脳内を埋め尽くし、体中の水分など出尽くしたはずなのに涙だけは止まらない。
魔人だからなのか……
種族は違うと言えども同じ人間であるはずなのに、このような悲劇に見舞われるのは魔人だからなのだろうか。
人間にいわれもなく突然襲われて、魔人はその命を無残に散らしている。
反撃など考える余裕もなく、ただ己の身を守ることしかできずに、一方的な殺戮をすることが許されるのだろうか。
世界の大半が人間の支配にあるから、魔族は異種として排除されるのだろうか。
何故、人は魔族を滅し、魔人を殺すことで富と名を高めるのだ。
ただ、争いなく平穏に過ごすことも出来るはずなのに。
考える思考すら、もはや正常ではない。
「―――次は隣の村だ!」
乾いた木々が燃える音に紛れて、誰かが指示する声が聞こえた。
この村の近くには、もう一つ魔族の住む村がある。
そこには、ここ以上に多くの命がある。それだけは、何としても止めなくてはならない。
途絶えかけた意識を繋ぎとめて、体に残された力を振り絞り柄を真上に引き上げる。
「頼むっ……抜けてくれ」
希望はなく、憤怒と一縷の懇願だけで込められた刀身は、先ほどまで頑なに動くことを拒んでいたはずなのに、スルリと抵抗なく岩山から抜け出る。
『気に入った……君に託してみよう』
脳内には、確かに中性的な声が届く。
周りには生きているものは誰もいないはずなのに。
抜き出た黒い剣は、全てを飲み込むような漆黒の光を放ち、気が付いた時には村を襲っていた人間達の血でその手を染めていた。
ルイガ大陸。
かつては神々が暮らし、現在は人間と魔族が生きる大陸である。
大陸は人間と魔族の二つの種族で分かれて支配されており、その七割を占める人間族と、残りの三割を占める魔族である。
人間と魔族は、一度もその手を取り合うことはなく争い続けていた。
人間は魔族を憎み、魔族は人間を憎む。
終わりのない関係の中で、人間は優れた繁殖力でその数を増やし、一方魔族は少しずつその勢力を狭めていった。
かつては、世界をかけた大戦を繰り広げていたはずの二つの種族も、勢力は着実に偏りつつある。
人間が善で、魔族が悪ではない。
反対に、魔族が善で人間が悪でもない。互いが信じるもの、守るものの為に生きているこの世界で、今日も争いの火種が生まれるのだ。