プロローグ☆あらしのよるに…
前書きがわりのテーマソング
「民主主義がやりたいからさ」
(作詞:便利屋残酷物語製作委員会、作曲:まだ)
俺がごみを捨てるのも 俺が床を磨くのも
民主主義がやりたいからさ!
汚れた部屋からは汚れた思想、
腐った空気からは腐った思考
それを洗い流すのさー
世はまさに、ブラック社会
朝も早よから満員電車
定時に帰れる日はまずない
帰りの電車を待ってる駅で、
当り前のように缶チューハイ開ける
翌朝、記憶が飛んでいる
なんでこうなるかはわかってる
俺の仕事を邪魔するアイツのせいだ!
そうだアイツ、美少女の皮を被った悪魔!
おつかれ お憑かれ カツカレー
オアシス運動 ナスカレー
今日も虚しく響く声
なんで虚しいのかはわかってる
そうだアイツ、美少女の皮を被った悪魔!
アイツをいまにヘコませる!
魔法使いは伊達じゃねぇんだぜ
ファイヤーボールで消毒だ
発動せよ、DTフィールド!
汚物は消毒 汚物は消毒 汚物は消毒だー!!
民主主義を取り戻せ!!!
墨を流したような空の色、叩きつけるような雨。風の音に混じって、何処からともなく聞こえるのは、オペラ「ファウスト」か。
「…金の子牛は ずっと立っている 崇められている その力は 世界のここからあちらの端まで及ぶ この汚らわしい偶像を祝うため 王も民衆も一緒に 金の鈍い響きを立て その台座の周りで狂気のダンスを踊る 悪魔がダンスをリードする…」
耳を済ますと、別の男性の無機質な声が何処からともなく聞こえてくる。
「29…28…27…」
外は嵐。秋とはいえ、まだ残暑の残る昼の空気ゆえか、時が経つとつるべ落としやと思う間もなく篠突くような大雨となった。それにしてもこの部屋は暗い。家の主人は何故、日が暮れても灯もつけずにいるのか。
閉ざされた大きなフランス窓に打ち付ける雨の音も混じり、ますます異様な雰囲気が高まる。
「26…25…24…」
ここは、松濤。ただでさえ坂が多い渋谷の、坂の上の上。あのスクランブル交差点の喧騒とは全く縁のない、大邸宅が林立する静かな地域…だがこの館のある一角だけが今、何故かこの世から取り残された異世界のような雰囲気を醸し出していた。
部屋の隅から、何かに取り憑かれたような虚ろな少女の声がする。
「煮えろ、大鍋…綺麗はきたない、きたないは綺麗…」
「23…22…21…」カウントするだけの無機質な声が、そこに被さる。
別の、大人っぽい女性の声が穏やかに言う。
「もう出来るわよ。」
「そうね。」虚ろな少女が応える。続けて
「明日、やって来るのでしょう?例の男が」
「16…15…14…」
「そうね。その日だわ。」女性が応える。
「ねえ、今度はちゃんとお掃除できるかしら?…楽しみだわ。」
「そうね…本当に、楽しみ。」
「10…9…8」
暗闇の中で、2人の女性の声と無機質なカウントの声が響く。
「今までの奴らは、3日ともたなかった。今度は2日で追い出してやるわ。」
「6…5…4…」
「まぁシオン、そんな酷いことはいうものじゃなくてよ。少なくとも、あなたは追い出したことないじゃないの。」
「大して変わらないわ。奴らは私を恐れて逃げたのだもの。私が追い出したのだわ。」
「3…2…1…」
「貴方のせいではなくてよ。本当に悪いのは…」
だがその声は、一つのブザー音によって消されてしまった。
部屋の中の会話は止まった。BGMの、オペラ「ファウスト」の、黄金の子牛の歌も、まるでタイミングを合わせたかのように終わった。
「完成したわね。」
「ええ、完成したわ。大鍋の中身が。」
「明日、彼にご馳走してあげましょう。」
「追い出すどころか、腰が抜けて屋敷からでられなくなっちゃうかも…」
クスクス笑う、2人の笑い声が長く続いていた。
雨と風は、一向に収まる気配がなかった。
(つづく)