59話 ダークエルフの幼女3
「ここで何をしている?」
「里の者から、火竜様の身の回りの世話をする巫女として、ここに連れてこられた」
「巫女……。つまり生け贄ということか。エルフめ、胸くそ悪い慣習だな」
「私を殺すのか?」
「いや、殺すのはやめておこう。で、どうする。ここから出るか?」
「ここから、出れる……の?」
「ここにいたいのなら別だが、その風貌からしてレッドドラゴンから見つからぬよう隠れていたのだろう。この場所はまもなく戦闘の場となる邪魔になるから連れていってやる」
「支払える対価は何もない」
「だろうな。別にそんなもの気にしないでもいい。ただの気まぐれだからな」
「……わかった。頼む」
※※※
ゴドルフィン様が偵察から戻ってきたのは僕たちが匂いのキツイパクチー酒を全て入れ替え終わった頃だった。まるで時間を計算したかのようなタイミングに疑いの目を向けたが、その背中にいる女の子を見つけると、とてつもない犯罪の香りを検知した。
「ゴドルフィン様、その子はいったい……誘拐でしょうか?」
「おっさん、何だかとっても臭いね! ドラゴンを前にお漏らししたか?」
「お前らの方がパクチー臭いわ! 近寄るんじゃねぇ。それから臭せぇのはこいつのせいだ。レッドドラゴンの巣でみつけた」
「レッドドラゴンの巣に!? その女の子は……エルフですか?」
「エルフでもダークエルフと呼ばれる種族だろう。エルフの中で迫害されていると聞いたことがある。こいつは、エルフたちによって生贄としてここへ連れてこられたようだ」
「そ、そんな……」
「ゴドルフィン様、その子をこちらへ」
シャーロット様が水の魔法を優しく使いながら、エルフの幼女を綺麗にしていく。肌の色はサバチャイさんと同じ日焼けしたような色をしている。髪の色は白っぽいので肌の色がより際立っている。
「はいっ、綺麗になったわね」
タオルで髪の毛の水分を拭きとられているその幼女は目を細めて気持ちよさそうにしていた。どのくらいレッドドラゴンの巣にいたのかはわからないけど、その必要以上に痩せた風貌と汚れ具合からも何日も身を潜めていたことがわかる。
「礼を言う。……しかし、私には返せるものは何もない」
「見返りは何も求めていないわ。子供は愛情をそのまま受けとめるだけでいいの。あなたの名前を教えてくる?」
「……シノン」
「そう、シノンちゃんね。私たちはこれからちょっと用事があるからこの馬車の中で待っていてくれるかしら」
「火竜様と戦うのか? む、無理だ。姉が二人、何もできぬまま殺された。火竜様は強すぎる」
「お姉さんを亡くされてしまったのね……辛かったでしょう。そうね、火竜様はとても強いわね。でも、私たちはもっと強いのよ。私たちがお姉さんの仇をしっかりとってくるわ」
驚いたように目を大きくさせたエルフの幼女だが、すぐに諦めたような目に変わった。その強さを間近で見ているからこそ、立ち向かうことの無謀さも理解しているのだろう。
「シノンちゃん、馬車の中に水袋と食料を用意してあるから、休んでいてよ。お腹もすいているでしょ?」
「おい、幼女。その死んだような目と、肌の色はサバチャイと一緒で親近感が湧かないこともないよ。でも、勝手にサバチャイたちのことを諦めるのは許せないね。ドラゴン倒してまたここに戻って来たら、お前を後悔させるぐらいの笑顔にしてやるね。ほらっ、これもついでにやるから少し飲んで待ってるいいよ!」
「サ、サバチャイさん、そ、それは、まさか……」
あれは間違いなく、パクチー酒。いや、飲もうにもその強烈な臭いで、間違ってもあの子が飲むことはないだろう。これは、きっとサバチャイさんなりの煽りだ。死んだような目をしている異種族の幼女を置いて、これからレッドドラゴン戦に向かわねばならないわけで……。まあ何というか、戻ってくるまでちゃんと待ってろよ? 的なことなのだろう。
「自分用に残しておいた五年物のパクチー酒ね。大事に持っておくいいよ! ドラゴン倒したらみんなで乾杯するね。サバチャイは飲まないけど」
「いや、誰も飲まないよっ!」
やはり、あの強烈なお酒は自分でも飲まないらしい。あそこまで進化してしまったお酒はアルコール度数を飛ばすか、料理の風味付けに使用するぐらいしか使い道はないだろう。
「今度、炭酸水を持ってくるね。ソーダ割にしたら飲めないこともないよ」
「だったら、最初から持って来い。もういいから向かうぞサバチャイ」
こうして、僕たちはレッドドラゴン討伐のため巣へと向かうこととなった。ここから先は生きるか死ぬかの戦いになる。気を引き締めていかねばなるまい。パクチー酒の使い方もしっかり教わったので、シャーロット様の手を煩わせずに勝利をもぎとりたい。
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