騎士、寮にて手合わせをする
よろしくお願いします!
感想・評価・ブックマークしていただけたら幸いです。
お嬢様とウーサー様の仲は悪いということだったが、目の当たりにするとそれほどのものは感じなかった。婚約者であるということだったし、実際それを周りに知らせるようなことはしないのだろう。そんな裏事情を想起しながら、俺は無礼に当たらないように隅っこに隠れるように立っていた。万が一にも、無礼だと言われて首と胴が泣き別れにはなって欲しくないのだ。
「息災であったか? 顔を合わせるのはいつぶりだろうか」
「えぇ、お気遣いありがとうございます。領地では、元気に過ごさせていただいておりました。殿下も息災でございましたか?」
「無論だ」
端から見れば、お嬢様とウーサー様は旧交を温めているように見える。しかし、俺には分かる。お嬢様は今大分帰りたそうにしていることが。お嬢様はジリジリと後ろに下がっており、徐々にウーサー様から距離を取り始めているのだ。注視しても分からないレベルでって、それだと帰りたいオーラは伝わりませんよ。
「そうですか、それは良かったですわ。では、わたくしはそろそろ失礼致しますわ」
「え? あ、あぁ、クラスは違うようだが、またよろしく頼む」
優雅にカーテシーをし、お嬢様は歩き始めようとしたので、俺も続いてウーサー様に一礼をして続こうとした。
「ん? 貴様はスカーレット家では見なかった顔だな? エリザよ、他の使用人はどうしたのだ?」
「チッ」
あちゃぁ、バレた。お嬢様、いくらなんでも舌打ちは心臓に悪過ぎますし、柄も悪過ぎます。相手は第二王子殿下ですよ、不敬過ぎてびっくりです。しかも、ウーサー殿下はそんな悪いことしてなくない?
「今回の学園生活では、側付きはこの男しか連れてきていませんの。あまり大所帯では、学園に迷惑がかかってしまいますわ」
「ふむ、しかし男の使用人のみでは何かと不便ではないのか?」
「この男は優秀なので問題はありませんわ」
お嬢様、今朝の紅茶不味いって言ったのにすごい度胸だな。俺、執事としては3流もいいところだって言ってたのにね。
「ほう、エリザがそこまで言うほどか。其方、名はなんという?」
緊張で吐きそう。主にお嬢様の視線が原因です。淑女が王子様に向ける視線ではありませんよ、お嬢様。
とにかくこの場を乗り切らなくては。まとまらない頭で、なんとかウーサー様への無礼にならないように口上を述べる。
「はい、お初にお目にかかります。私は半年ほど前からエリザ・スカーレット様の執事兼護衛騎士をしております、シキ・トアルと申します。以前は中央騎士団にて、3番隊の中隊長を務めさせておりました。」
「なるほど。以前急な脱退が中央騎士団であったとは耳にしていたが、其方のことだったのだな。しかし、中隊長ともなれば、私が見かけていてもおかしくはないのだが……」
「はい、お嬢様とは騎士団に所属していた頃の護衛任務で知り合い、重用していただきました。ウーサー第2王子殿下におかれましては、確かに中央騎士団に所属していた時にお見かけすることはありましたが、卑しい平民の身分なので私のことなど知らなくて当然のことかと」
「そう、自分の立場を卑下するものではない。平民にして中隊長というだけでなく、エリザからも一目を置かれて重用されたのならば、優秀なのだろう。いっそ、この学園で生徒として学んでみてはどうだ?」
頭が悪いので無理です。ウーサー様は爽やかに笑って冗談を飛ばしているが、俺は首を飛ばしたくはない。故に顔もあげられませぬ。周りも使用人風情が恐れ多くもウーサー様と会話をしているので、すごく視線を感じる。特にご令嬢の方々の高貴なる鬼のような視線に脂汗が止まらない。
「お戯れを。所詮は浅学非才の身にございます。この学園の生徒の皆様は、この国を背負う未来あるお方ばかりにございます。そこに私が肩を並べるなど、恐れ多いことです」
「謙虚なことだ。エリザは中々強い女だからな。それについていけるだけでも、評価に値するぞ」
お嬢様、コツコツと足を鳴らさないでください。超怖い。
「時間を取らせたな。エリザ、シキよ。」
「滅相もございませんわ、殿下。それでは、これにて失礼させて頂きますわ」
「第2王子殿下に声を掛けていただけた幸運、このシキ忘れません。失礼致します」
そこからのお嬢様の歩く速度はいつもより大分速かったです。
「お嬢様、第2王子殿下めちゃくちゃ気さくでお優しい方じゃないですか。特にお嬢様を邪険にしているでもなかったですし」
帰り道で、気になったことをお嬢様に尋ねてみる。
「あの男、わたくしを名前で呼ぶのよ。それが気に食わないの」
「器ちっさいですね」
「それに、あの男は別にわたくしに興味があるわけではないの。一応婚約者だからって声を掛けただけよ」
「え? それって普通では?」
お嬢様の歩くスピードが上がった。どうにも不機嫌なようだ。飴でもあげた方がいいかな。
「分からない人ね。わたくしはあの男が婚約者でなければ、別にこんな毛嫌いしてないわよ」
「あ〜、なるほど」
「シキ以外の男に名前を呼び捨てにされたくないわ、婚約者の肩書きもあなたじゃないから嫌なのよ」
「いや、俺がお嬢様を呼び捨てにするのは無理無理の無理ですよ」
蹴られました。
「知っているわ。未来の話よ。それまでは他の男に呼び捨てにされるなんて……まるで浮気じゃないの」
「お嬢様……」
俺はそんな憂いを帯びた顔をしているお嬢様に優しく諭すように話し掛けた。
「まず、未来でも呼びませんし、呼び捨てくらいは別に恋人関係でなくてもありますし。浮気は付き合った男女が他の人とも深い関係になることを示すので、どちらかといえば、お嬢様は俺に浮気をしようとしている感じです」
まさかインナーを剥ぎ取られて放り出されるとは思わなかった。
「それにしてもお嬢様はよくもまぁあそこまで俺に執着できるな……」
使用人寮に戻り、庭で日課の鍛練をこなしながら1人呟く。
俺に惚れているのは分かった。分かりたくなかったけど。しかし、かなりこっぴどく振った上に、あの対応だ。なぜめげずに俺に突っかかってくるのだろう。百年の恋も冷めそうなものだが、お嬢様は加熱していくばかりだ。あれがもし厨房の釜とかだったら、今頃火の海になっている。そんなことを考えながら、鍛練を続けていると、寮から出てきた男に声を掛けられた。
「あ、お前たしかスカーレット家の御付きだったか?」
「えぇ、はい。そういうあなたは、たしかイージス家の護衛の方でしたか」
ヴェルク・イージスという近衛騎士団団長のご子息の護衛だった。あの人に護衛とかいるのだろうか。まぁ、お偉いさんは強くても護衛はいるか。何かあったら一大事だ。そう考えると俺が1人で護衛すんの、かなりリスキーな状況だよね。思い返してみてもご当主様が許可を出したのは謎だ。
「へぇ、よく鍛えてんな。執事も兼ねてるってことだったが、闘いのが本業なのな」
「元々は中央騎士団に所属していたので、腕に覚えはありますよ」
「そりゃすげぇな! 俺は元々は傭兵だったんだ。近衛騎士団の団長とは縁があって、護衛をやらせてもらって、中央騎士団とも手を合わせたことがあるぜ。あいつら、全員やる奴らだったなぁ」
なるほど、元は傭兵か。確かに立ち振る舞いや口調の乱雑さは、騎士という感じではないなと思ってはいた。しかし、傭兵で近衛騎士団団長に認められるとは、かなりすごい奴のようだ。
「あ、そういや名乗ってなかったな! 俺はジェフ・ガレッドだ、よろしくな!!」
「ご丁寧にありがとうございます。私はシキ・トアルと申します」
「おう! そんでよ、よかったら手合わせしねぇか? お互い、鍛練だけだと腕が錆びちまうだろ」
最初からそのつもりだったな、こいつ。
しかし、これは俺にとっても悪くない話だ。是非、引き受けさせて頂こう。隙も見当たらんし、ある程度の腕前どころかかなり強いのだろう。いい経験にもなる。何よりお嬢様の側は平穏過ぎるし、実戦が足りないとは常々思っていた。……いや、お嬢様が不穏な存在だったわ。
「是非此方からもお願いさせて下さい」
「いいねぇ! その眼、好きだぜ。爛々と輝かせやがって!」
お互いに獲物を取り出し、睨み合う。合図は不要だ。お互いに集中が高まり、極限に達した時が始まりだと肌で感じる。
風が吹いて、庭の木々が揺れる。散った葉の一枚が地面に落ちると同時に踏み込み、全身全霊で振り切った刃がぶつかり合った。
次回、戦闘描写に挑戦です!!
あと、これまではエリザとシキに焦点を当ててすっ飛ばしていた世界観説明とかもしていきたいなぁと思っております。
ありがとうございました!