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ヤンデレ悪役お嬢様は騎士さまに夢を見る  作者: ジーニー
お嬢様、愛故の狂想曲
7/66

騎士、女性寮の前にて素振り

よろしくお願いします!

ブックマークありがとうございます!


 執事の朝は早い。お嬢様より仰せつかった『わたくしが寮を出る前には外で待機していなさい。時間? わたくしの気分ですわ』という理不尽極まりない命令に従うためだ。ひどいね。

 

 学園より使用人は使用人服(燕尾服やメイド服など)を必ず着用するようにとの厳命である。まぁ、服装で身分が分かれば楽だからだろう。そこで、スカーレット家の使用人服(燕尾服だがお嬢様こだわりのオーダーメイドである)に袖を通す。これ、あの家で着用してたの俺だけなんだけど。他の人たちは着ないのか疑問には思ったが、訊くのは怖かったのでやめておいた。きっとロクでもない理由で作られたに違いない。


「さて、行くか」


 まだ日も登り切らない早朝なのか深夜なのか分からないような時間帯に、俺はお嬢様の新たな住処である女子寮に向かって歩き出した。ここまで前向きに執事に取り組んでいるのは、最早俺の新たな性癖なのではないかと不安に思う今日この頃である。

 

 そうして女子寮に到着し、やることもないので素振りを始めた。女子寮の前で鍛練に励む男、控えめに言っても変質者である。だがまぁ、今の時間に行動するような輩はそうはいない。気にせずに取り組むことにする。しばらく素振りをして過ごしていると、視線を感じた。悪意のあるものではないので、無視をする。ちなみにお嬢様の視線はなんか怖い。ねっとりしているというか、嬲られているような気持ちになるのだ。普通、逆じゃない?


「何をしてるの?」

「どわぁっ!?」


 まさか声を掛けてくるとは思わなかった。


「あ、ごめんね。驚かすつもりじゃなかったの。私、たまたま早起きというか寝付けなくて散歩してただけだから。……ただ、不思議でね。最初はこんな時間だし変態かなぁって思ったけど、使用人服を着てるから、ここの子の御付きの人だって分かったから」

「それは失礼致しました、お嬢様。驚かせるような真似をしてしまい、申し訳ございませんでした。この時間ですので、周りへの配慮が欠けておりました」


 使用人だからといって、この時間に女子寮前で素振りをしてるのは変態認定で構わない気もするが、どうもこの御令嬢はお優しい方らしい。キツめの女性なら即問題として取り上げられていただろう。暇だからやめるつもりもなかったのだが。慌てて頭を下げる俺に、金髪の美しい女性はわたわたと手を振って、俺の謝罪をすんなりと受け入れてくれた。やさしい……。


「本当に全然いいのよ。でも、次からはどの時間でも気をつけてね。この学園って貴族ばかりの学校だし、問題になったら困るでしょ? 私は平民だからいいけどね」


 平民って器がでかいんだなぁなんて的外れのことを考えてしまった。世の大半の平民でも許さないと思うんだけど。

 顔を上げて、視線を向けると平民というには随分と気品のある女性がそこにはいた。美しい金髪に優しげな大きな瞳、身長は小柄で穏やかな女性だった。お嬢様は苛烈な美しさだから、ベクトルが全然違うなぁ。


「ご教授いただき、ありがとうございます。それにしても左様でございましたか。お嬢様は優秀な方なのでございますね。平民ということは、あの難関な試験を突破して入学されたのでございましょう。敬服するばかりです」

「そ、そんな大層なものじゃないよ。偶々、魔術の適性が高いとかで入学できただけで、実家は小料理屋だし……」


 俺は、何気なく言われた言葉に驚きを隠せなかった。ちゃんと敬語は使えているだろうか。

 シドゥーレ王立学園の平民の試験は生半可なものではない。貴族主体の学園であるため、基本的に平民には門戸が開かれていないのだ。昔の学園長が、平民にも優秀な者はいる、そういった者たちにはシドゥーレの教育を受けさせるべきだと主張し、それが形となった結果平民用の入試も始まったのだ。しかし、優秀のラインがとんでもなく厳しかった。勉学の難易度もさることながら、魔術への適性も貴族より遥かに厳しいラインとされている。これまで入学した平民もほとんどは貴族たちと経済力や影響力の変わらない者ばかりだったのだ。


 それが彼女はただの小料理屋出身だという。そんなごく一般的な家庭で育って、その難関な試験を乗り越えられるとは思えない。ちなみに俺は一問も理解できなかった。つまり、魔術への適性がとんでもなく飛び抜けており、大魔術師になりうるとまで認められたのだろう。


「本当に凄い方ですね……同じ平民の身分として尊敬いたします」

「アハハ‥‥‥‥‥おかげで勉強についていけるか不安だけどね」

「私は試験問題をお嬢様に見せていただきましたが、平民試験どころか貴族試験も一問も解けませんでした。いくら魔術の適性が飛び抜けていても、ある程度の学は求められます。お嬢様にはそれだけの力があるのだと思います。知ったような口を利いて申し訳ございませんが……」


 これは紛れも無い俺の本音だ。俺は闘う以外に能がないと言われて18年もの時を過ごしてきた。頭のいい奴は素直に尊敬する。俺は騎士団にいた時に色々と叩き込まれたが、読み書きとある程度の計算しか身に付かなかった。ちなみにウチのお嬢様は平民試験の過去問もかなりの高得点を叩き出していた。あの人、スペックは全体的に高いんだよね。


「ううん、そう言われたらちょっと自信がついた気がするよ! ありがとう! 良かったら、名前を教えてもらってもいいかな?」

「勿論でございます、お嬢様。私はシキ・トアルと申します。エリザ・スカーレットの執事兼護衛をやらせていただいております。お嬢様のお名前もお聞きしてよろしいでしょうか?」

「もちろん! 私はアーシャ・ティアベルっていいます! よろしくね……って、スカーレット大公家の使用人さんだったの!?」


 お、さてはその視線と驚きは、こんな人が!? という感じだろうか。ごめんね、こんなんで。


「わ、私、スカーレット大公家の使用人さんになんて失礼な話し方をしちゃったんだろう……ご、ごめんなさい! 私、あんな変なことしてるから、使用人さんでも私と同じただの平民なんだと思ってまして……」

「いえ、ティアベル様。お気になさらないでください。私は確かにスカーレット家の使用人ではありますが、私自身は先程申し上げた通りただの平民にございます。さっきと変わらず、砕けた話し方でお願いします」

「そ、そう……ね。そう言ってもらえると嬉しい。平民はこの学校では少ないでしょ? だから、仲良くなれそうな人がいたらなぁって思ってたの。そしたら変な人がいるし、この人なら! って思ったの」


 どうやら俺の行動は彼女の中では取っつきやすいきっかけだったらしい。結構長く観察してたもんね、声を掛けるか迷ったんだろうなぁ。それにしてもティアベル様がいい人そうで良かった。なんとか上手く話がまとまりそうだ。


「これからよろしくね! トアルさん!」

「えぇ、よろしくお願いします。ティアベル様」


 差し出された手を握り返そうとした時、ガシッと俺の手が掴まれた。あ、終わった。


「随分楽しそうですわね、シキ?」

「はは……お嬢様、朝早くないですか? まだ太陽も出てませんよ?」


 口調がですわ口調に戻ってる。やっぱこっちのが話しやすいんだなぁなんて、現実逃避を始めるとギリギリとお嬢様は俺の手を締め上げ始めた。もしや、お嬢様は万力か何かでしょうか?

 ティアベル様は突然のエリザ・スカーレット様の登場にパクパクと口を開けたり、閉めたりしていた。驚きとか畏れとか色々と処理しきれなくなったのだろう。分かるよ。お嬢様、迫力あるからキレてるとまじで怖いよね。


「わたくしのいない間に知らない女とイチャイチャイチャイチャ楽しかったの?」

「滅相もございません。俺はお嬢様に会うためにこんな早くに起きて来たんですよ」

「でも、してたわよね? イチャイチャ?」


 そろそろ俺の手が折れそうだ。メキメキいってるもん。というかお嬢様はいつから見てたのか。


「お嬢様、一体いつから俺に気づいたんですか?」

「素振りを始めたところからですわ」


 最初からじゃねーか。声を掛けて。心臓がビックリして裏返りそうなんだけど。

 そんな俺の恐怖を放ったらかしにして、お嬢様はどんどん顔を耳元に近づけてくる。ホラーかな。


「手足を捥いで、監禁しようかしら?」


 ホラーだった。


「お嬢様、ブレーキが壊れ掛けるの早くないですかね……」

「壊したのはあなたですわ」


 たすけて。

 朝日が差し込み始めるが、早朝の爽やかさを感じるには俺の心は穏やかでなさすぎた。


「あ、あの! エリザ・スカーレット様、申し訳ございませんでした!」


 そんな俺を救ったのは、女神だった。いや、ティアベル様だ。どうやらショックから立ち直ったらしい。この子も大概心臓に毛が生えてんな。


「わ、私……トアルさんがスカーレット様の御付きだって知らなくて……申し訳ございません!」

「あら? 気にしなくて良いのよ、ティアベルさん。わたくし、全然気にしていませんわ。ただわたくし、少々嫉妬深くてね? これから気をつけて下さればいいのですわ」


 もうその笑顔は殺人級です、お嬢様。人が恐怖で死にます。具体的には俺とかね。


「シキはわたくしの特別なの。分かってくださる?」

「は、はい! とってもよく分かりました!」

「そう……いい子なのね。物分かりがいい子は好きですわよ」

「お嬢様、では俺も物分かりがいい子なので許してくださいますよね?」


 シレッと許してもらえるように声を掛けてみる。ティアベル様は使用人としてはあまりに気安い、というか不敬な態度に非常にビックリしていた。この子とお嬢様、貫禄やオーラが違いすぎて同い年なの信じらんねぇよ。


「いやよ」

「そこをなんとか」

「えっ? トアルさん、その態度でいいの……?」

「めっちゃ反省してますから」

「嘘ね」


 こりゃダメだ。最終手段しかもう手は残されていない。このままでは俺はだるまさんになって、お嬢様の部屋に飾られてしまう。


「お嬢様、分かりました。今俺が着ているインナーあげるんで、手を打ってください」

「分かったわ、今回だけよ」

「トアルくん、それむしろ喧嘩売って……えっ?」

「行くわよ、シキ。ティアベルさん、これからよろしくね。また学園で会いましょうね」

「えっ?」

「畏まりました、お嬢様。ティアベル様、これにて失礼致します」


 事態が鎮火し、お嬢様はスタスタと歩き始めたので、荷物を持ち3歩後ろを付いて行く。いやぁ、よかったよかった。しかし、初日の朝っぱらからこれではこの先が思いやられてしまうな。おなかいたぁ。

 ティアベル様とはいい出会いだった。あんな優秀な方がお嬢様と同じ学年とは知らなかった。事前リサーチは済ませていたが、平民の方は情報を集めてなかったもんなぁ。中々、すごい世代が揃ったな。お嬢様がぶっちぎりでヤバいけど。


「それでインナーはいつくれるのかしら? 今?」

「いや、インナーなんでホイホイ脱げませんよ」

「わたくしは構いませんわ」

「構ってください。頭の病気ですか?」

「洗濯はなしよ。あと今日は何時もの3倍は鍛練をして、出来るだけ汗を掻きなさい」

「不潔だし、臭いですよ」

「それがいいのよ」

「マジすか」


 お嬢様の仰ることはとても高度だ。俺のような学のない人間には一生理解できないだろう。ティアベル様は頭いいみたいだし、共感できるのではないだろうか。そんなくだらない事を考えながら、学園へと向かって歩いて行くのだった。












「貴族様って何考えてるのかよくわかんないなぁ……みんなあんな感じだったら、私別の意味でやっていけないかも……」


 1人、寮の前に取り残されたアーシャ・ティアベルはそんな不安をぼやくように言った。頭がいいからといって、エリザ・スカーレットを理解できる訳でもないようだった。そして、ティアベルの憂鬱は全くの杞憂ではあるのだが、それを教えてくれる者は残念ながらこの場にはいなかった。


「ま、まぁ、でも悪い人ではなさそうだったよね! トアルくんもすごく馴れ馴れしかったのに、全然気にしてないみたいだったし。私みたいな平民にも優しかったし!」


 しかし、心臓に毛がボーボーに生えてそうな平民は勝手に前向きになれるのであった。

 ポジティブ・シンキング!!!

読んで下さり、ありがとうございました!

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