騎士、教室にてちょっと怒る
お久しぶりです!
よろしくお願いします!!
あれから結局、クーデターなど起こるはずもなく、俺たちの練習は続いていた。顔は笑顔なのに、心は擦り切れていた。酷い。
「フフフ……仕上がってきたわね……」
「お嬢様の仰る通りだぴょん! これはもう大成功間違いなしぴょん!」
ほら、語尾も板についてきた。世界の残酷さを俺は今痛感している。
この前なんて宣伝チラシを作るから、なんて言われて撮影会が行われた。需要はどこにあるんですかね、お嬢様。
「そろそろシツコンのアピールとかも考えなくてはならないわね」
どうやらまだまだ俺の地獄に果てなんてないらしい。アピールって何、剣舞とかでも披露するのかな。
「パンチラは必須よ、シキ」
「ふざけたおすのもそこまでにしません?」
むさい男が女装してパンチラ見せるって、見せる方も見せられる方も耐え難いダメージを負うことになるやつじゃん。むしろトラウマになるだろ、そんなもん。
「安心なさい、ちゃんと女物だから」
「そこの心配はしようとも思ってなかったわ」
え、というか俺が女物のパンツを履くんですかぁ。……絶対に嫌だ、そこだけは死守してきたのに!
俺が想像を絶する程の試練を神は与えたもうた。神様、どうか惨たらしく死んでくれ。いや、この場合はお嬢様だな。神様、ごめん。
そんな風に俺の情緒が大荒れになっていることなど露知らず、周りは俺がどんな下着が似合うのかを検討し始めた。此奴ら全員に天罰が降って欲しい。
「やはりTバックよね」
「いいえ、スカーレット様……シキぴょんは絶対にお子様パンツが似合うかと」
ディアナ様、あんた頭おかしいですよ。
「……!! なるほど、わたくしは露出度を高めることしか考えていなかったわ……でも、シキぴょんのキャラクターでTバックなんてセクシーランジェリーはありえない。ディアナさん、やはり貴女は優秀ね」
「いえ、私は監督ですから。誰よりもこの『シキぴょんときめき学園』に対する理解が深くなければいけません。私が最善の案を出さなければ、私の存在に意味がありません」
凄絶なその覚悟を俺がシラけた目で見てしまうことはどうか許して欲しい。だってこれ俺のパンツの話なんだぜ……。何でそこまで熱くなれるの、この人達。あとタイトルが死ぬほどダサい。何でそのタイトル名をチョイスしたんだ。いや、内容もひでぇけどさ。
「ちょっと待って! シキぴょんって縞パンじゃないの!?」
「いやいや、シキぴょんはフリフリのレースたっぷりなやつでしょ!!」
「……スケスケのやつ」
いたよ、熱くなれる人達がたくさん。
どいつもこいつも貴族様なのに頭が熱病でおかしくなってしまわれたのでしょうか。
「皆さんの意見、熱い想い……素晴らしいわ」
そんな皆の狂った意見に感嘆したように言葉を漏らす元凶、じゃなかったお嬢様。何なの、俺は何を見せられてるの。そんな青春してます、私たち! みたいな空気作らないで下さいよ。ほら、周りの執事達ドン引きしてるじゃん。メイドの人達は同じ話題で盛り上がってるけど。
「……そもそもシキぴょんはそんな下着履かないです……ぴょん」
俺の呟きにお嬢様を含め、クラスの女子の方々は戦慄したような表情になった。いや、当たり前でしょ、衝撃受けるような言葉じゃないですよね?
そんな女生徒達の代表としてお嬢様がおそるおそる俺に確認してきた。
「……………………つまり、それは……ノーパンということかしら……?」
「ちげぇよ、バーカ!!!」
もうやだ!!
俺は走った。そりゃあもう走ったよ。何で走ってんのか分かんない位に走ったんだ。
いや、本当は何で走ってるのかはきっちり覚えているけど、脳がそれを思い出すことを拒否している。そうして走って、走って、走り疲れて、俺は三角座りでしゃがみ込んだ。ちなみに学園から脱走はしていない。
「……お嬢様のアホ、色ボケ、ド変態」
顔を脚の間に挟み込んで、お嬢様への悪態をつく。これ位許して貰わないとやってられない。
そもそも何で俺が女装してんの、頭おかしいんじゃないの。いや、している俺も俺なんだけど。お嬢様のことをここ迄感情剥き出しに悪く言ったのは初めてかもしれない。
「俺のこと好きならもうちょっとさぁ……歪んだ性癖ぶつけられても困っちゃうぴょん」
やばい、今の「ぴょん」はめっちゃ自然に出た。俺、もしかしてウサ耳メイドになっちゃうのだろうか。最早呪いと同じだろ、これ。
「ウサ耳メイドになんてなりたくないぴょん……」
死にてぇ。え、俺もう大分汚染されてない? たすけて。
そんな風に哀愁漂う俺の背中に近寄ってくる気配があった。バッと振り返る。この敵だらけの学園で、もう俺の味方なんていやしない。撃滅してやる……!
「シキ……そのなんだ……随分元気がないな」
ヴェルク様だった。
いや、この方も今は俺の敵だ。グルルと唸って威嚇する。手負いの獣かな?
「ま、待て! 今の俺は味方だ! たまたまお前を見かけて、その……余りにも悲しい背中だったから、声を掛けたのだ」
「……………………本当ですか?」
「あ、あぁ! シキには謝らなくてはならんと思っていたんだ」
そう話すヴェルク様の表情は俺に対して心底申し訳なさそうだった。そうか、そうだよな。この人だって俺と同じお嬢様に脅された被害者だ。だったら、今のこの人は信じられるのかもしれない。
「その、本当にすまなかった。脅されていたとはいえ、友を売るような真似をしてしまって……イージス家の名折れだ」
「いえ、その……そう言って頂けるならもういいですよ」
別に売り渡したところで、女装させられるだけだしな。まぁ、俺もぶっちゃけ同じ立場なら、この程度ならいっかとなってしまう。
今、大ダメージを受けてるんだけどね!
「しかし、それでは俺の気が済まん! 何でも言ってくれ、俺にできることだったら何でもしよう!」
……ほう。何でも、とな。
「そうですか……では、2つほどお願いしたいことがあるのですが……」
さぞ、今の俺は悪い笑みを浮かべていることだろう。ヴェルク様もちょっと引き気味だ。
「あ、あぁ! 俺に二言はない! 聞こうじゃないか!!」
「えぇ、それでは遠慮無く申し上げます。まず、今度呑みに行く時に奢ってください」
俺の言葉は想定の範囲内だったのか、ヴェルク様もホッとしたように首肯した。
「それ位ならば当然だ。俺もしようと思っていたからな」
「で、もう1つなんですが………………」
たっぷりと間を空ける。その間が恐ろしいのか、ヴェルク様はゴクリと生唾を飲み込んでいる。フヘヘ、そんな難しいお願い事じゃないですよぅ。
俺はできる限りのとびっきりの笑顔でもう1つのお願いを告げた。
「女装しましょ?」
「おっと、では呑みの日程はまた後日連絡させていただこう! さらばだ!!」
逃すかぁ!!! 死なば諸共じゃぁ!!
「ヴェルク・イージスに二言はないのではなかったのですか!?」
「すまん!! 呑みを2回奢るで勘弁してくれ!!」
「いやです」
「取りつく島もないな!」
当たり前だ。絶対に道連れにして足を引っ張ってやる。
「そ、そうだ! 俺からスカーレット嬢に女装をやめるように直訴しよう! どうだ、シキ!?」
「女装はもういいんですよ、俺は」
「もういいのか!? 何があったんだ!?」
そうか、ヴェルク様の情報はそこで止まっているのか。もうそんな女装どうこうのレベルの話じゃなくなってるんだよ……。
「俺は……俺は……このままだと女性物の下着を身に付けてパンチラしなきゃならねぇんですよぉ!!」
「待て! 情報量が多過ぎる! 女性物の下着? パンチラ? 何がどうなるとそうなるんだ!?」
ヴェルク様が逃げながら混乱しているのが伝わってくる。俺も正直まだ処理し切れていないので、その反応はめっちゃ分かる。
「しかし、だからシキがそこまで落ち込んでいたのか……」
「そうですよ! 分かって頂けましたか!?」
「あ、あぁ……あんな風に黄昏るのも納得した」
「じゃあ、女装してください!」
「いや、そうはならんだろ!?」
なるんだな、これが。人は極限まで追い詰められると仲間を求めたくなるのだ。あとヴェルク様が女装したら、めっちゃ面白そう。
「と、とにかく俺は女装なんぞせん!!」
「問答無用!!」
夕陽をバックに女装した男が男を追いかける様は、それはもう悲惨な絵面だったとさ。そして、そんな悲惨な絵面は日が落ちるまで続きました。
何か忘れてる気がするけど、走ったらどうでもよくなったし、結果オーライ!!
余談だが、俺が飛び出した後の教室の雰囲気はとんでもなく陰鬱だったらしい。
「シキ……わたくしのこと嫌いになっちゃったのかしら……」
お嬢様は俺が飛び出した後、やりすぎたことを反省というか後悔してメソメソ泣いてたらしい。自業自得だ、ざまぁみろと思った俺は普通だと思う。
あ、仲直りはしました。まぁ、そんな怒り続けてもしょうもないしね。
とりあえず下着はスパッツを履くことになりました。それでもお嬢様は大喜びだったけど。もうそれ何でもよかったんじゃないの? と思った俺はやっぱり普通だと思うんだ。
何にせよ一件落着、めでたしめでたしで本番を迎えることになったのだった。
ありがとうございました!





