騎士、学園にて練習中
よろしくお願いします!
学園祭の準備は着々と進行していた。もちろん、執事たちは全員女装している。執事たちは全員正気に戻ってしまったので、全員死んだ目をしているのが悲壮感に満ち溢れている。
そして、俺はその中でも一際酷い地獄の中にいた。
『あぁ、なんてこと……学園の皆様は私を受け入れてくれないのかしら……』
「カット!! シキぴょん、ダメダメです! もっとそこは悲しげな声音で話して下さい! そんな棒読みでは主演は務まりませんよ!!」
うるせぇ、どつくぞ。
そう、俺は本当に劇のヒロインを務めることになってしまったのだ。死にたい。ディアナ様がトチ狂った発言をした次の日、本当に俺をヒロインにした脚本を仕上げてきてしまった。ふざけんな。それを読んだクラスの方々は大絶賛、その脚本で進めていくことが決定してしまった。まじふざけんな。
「しかし、やはり私如きが主演とは恐れ多いです……。貴族様たちが主演を務めるべきではないのでしょうか?」
「駄目よ、この脚本はシキぴょんのために作られたものなのだから、貴方以外の人間に務まるはずがないわ」
「シキぴょんやめろ」
本気で定着しそうなのが嫌すぎる。何なのこの罰ゲーム。
「そうです! それに貴族学園だからといって貴族が主演になればいいってものでもありません! 貴族も庶民も分け隔てなく人であるということを示すのにシキぴょん以上の適任なんてありえません!」
「いや、これ観た方々は絶対に庶民いびる貴族の図を頭に浮かべると思うのですが」
女装させられて主演をやらされるっていじめ以外の何物でもなくない?
「…………とにかく! シキぴょんの主演は崩しません! それから語尾が戻ってますよ!」
「はい、畏まりました……ぴょん」
この語尾いるの? そんなチェック入っちゃうくらいの要素だったの?
「まぁ、シキぴょん。こうなったらやるっきゃないですよ」
「シキぴょん、ファイトです!」
「シキぴょん、頑張るのよぉ」
「シキぴょん、応援してるわぁん♡」
この執事ども、めちゃくちゃうぜぇ。しかし、それは台詞だけを切り取ると明るい台詞ばかりなためだが、それを言う奴らの目は完全に死んでいる。それはそれでプロだよ、お前ら……。そこまでして主人に忠誠尽くしてんのかよ。
「が、がんばるぴょ〜ん」
「1秒毎に神映像を残していくシキぴょんには参るわ」
「そもそも人の痴態を記録しないで欲しいぴょん!」
本当にこの人しか得をしない学園祭過ぎる……。
「はい、では再開しますよ。シキぴょんが可愛くないことを理由に貴族のお嬢様に水をぶっ掛けられて悲しむシーンからです!」
そりゃ可愛くねぇけど、貴族様がそれやってるのを演出として登場させていいんだろうか。いや、この劇自体がもう貴族に対するヘイト行為、プロパガンタみたいなんだけどさ。
「ではでは、スタート!」
俺の顔面に勢い良くバシャッと水を掛けられる。練習なのに、水は本当にぶっ掛けるんだ……。
『キャッ、冷たいぴょん!』
『アハハハハ!! 惨めなブスはそうやって濡れていた方が可愛らしいのではなくて!?』
『本当にそうですわね!! 可愛くなっちゃいましたか? シキぴょん?』
『うぅ……酷いぴょん。シキぴょんの可愛さに勝てないからって、こんな姑息な真似をするなんて……』
こいつ、火に油を注ぎまくってんな。虐められる原因、こいつの口の悪さもあるだろ。ディアナ様は何を思ってシキぴょんをこんな頭おかしい設定にしたのだろうか。
シキぴょんの台詞にキレた悪役女性達が更に口汚く罵ってくる。迫力が凄い。これ、ガチで怒ってない?
『この……クソ女! 自意識過剰も大概にしときなさいよ、ブスのくせに!』
『そうよ! メイクも下手くそ、声は野太い、喋り方はキモいで見ててむかつくのよ!』
分かる。シキぴょん、絶対に敵を作ってばっかだよ。
そう捨て台詞を吐き捨て、俺を虐める役の女性達は去っていく。俺の心情は完全にその悪役女性寄りの心情だった。
『あぁ、なんてこと……ぴょん。学園の皆様はシキぴょんを受け入れてくれないのかしら……ぴょん』
この語尾、本気で言いにくいったらありゃしねぇ。
「カーット! 良くなってましたよ! 悪役女性の方達も台詞に迫力があって、素晴らしかったです!」
「……い、いや、正直現実でシキぴょんが居たらって考えると腹立つキャラ造形してるからつい……ねぇ?」
「え、えぇ。シキぴょんには申し訳ないんですが、劇のシキぴょんのキャラは本気で腹が立つと言いますか……」
「お二人の御気持ちは痛い程分かりますので、そんな畏まらずとも大丈夫ですよ……はい」
女装した大の男があんな腹立つことばかりを言い散らしていたら、そりゃああなるわ。もうちょい弁えたキャラにしようよ。
「シキぴょん、口調が戻っていますよ?」
「……この口調って劇だけではないんですか?」
普段からしてろってこと? 大分キツいんだけど。
「少なくともシツコンが終わるまでは続けてもらうわ」
「鬼か、あんた」
「ぴょん」
「お嬢様は悪鬼羅刹だったぴょんかぁ?」
「激しくムカつくわね」
理不尽すぎませんかね。
「とりあえず、今後とも練習に励みましょうね!」
ディアナ様ってこんな方だったのか。俺、今はこの人の笑顔が悪魔の微笑みに見えるよ。
「…………つっかれたぁ……」
あれからも練習は続き、俺はもう台本に関しては完全に暗記してしまった。暗記したから言わせてもらいたいが、これ面白いの? 最近の流行って良く分かんねぇ。
オレは1人ベンチで休み、ただ何となくボーッと空を見上げる。
お嬢様はディアナ様や実行委員会の人達と打ち合わせがあるとかで、生徒会室の方へ行ってしまった。俺も同行しようとしたが、俺を憐れんだ執事仲間が護衛などを代わってくれた。ちなみにお嬢様はキレかけたが、俺の着ていた衣装を渡してことなきを得た。何だそれ……。
「何だってこんなことになっちまったんだろう……」
俺が1人呟くと、どこからともなくジェフが現れた。
「よぉ、疲れ切ってんな」
「見りゃわかんだろ。疲労困憊だよ」
「ハハハ! 聞いたぜ、ヒロインやるらしいな!」
そりゃ耳にも入るだろうが、面と向かって俺にその残酷な事実を突き付けんな。
「意味分からんけどな」
「同感だ。お前んとこのお嬢様は筋金入りでやべぇよな」
「お前、殺されるぞ」
お嬢様はいつどこで聞き耳を立てているか分からないのだ。何なら見られている可能性だってある。
「ま、そん時はそん時だろ。ウチの若旦那も苦労してるみたいだぜぇ」
「そりゃあご愁傷様だ」
「シツコンだっけか? あれの貴族部門に無理矢理エントリーされてたからな」
「そんなんもあんのかよ」
貴族部門もあるのに、目玉は執事達による女装なの? ウチの学園って全員頭が残念なことになってしまったのだろうか。
「まぁ、貴族学園の祭だからな。そりゃあある程度は貴族様が目立たねぇと駄目だろ」
「言われてみりゃ、そうだけどよ」
そもそも執事を舞台に立たせようとする前提のおかしさに気付いて欲しい。
「ところで、そんなお疲れのシキぴょんに嬉しいお誘いだ」
「シキぴょん言うな、ぶった斬るぞ」
「おう、やってみろや。というわけでだ。こっから時間があんなら手合わせしようぜ」
それは願ってもいないが。丁度ストレスも溜まってたし、暴れたい気分だったんだ。
「いいぜ、早速行くか」
「話が早くて助かるぜ。俺も女装させられてストレス溜まってっからな」
「俺の立場を考えて物を言え」
「ハハハ! 違いねぇ! ついでに闘った後で呑みに行くか!」
こいつ、何て最高の提案を繰り出してきやがるんだ。そんなの行くに決まってんだろうが。
「負けた方の奢りな」
「上等! 乗った!」
まぁ、たまには息抜きをさせてもらおうじゃないか。ジェフと共に歩き出しながら、そんなことを考えるのだった。
現実をそっと見ないフリして、俺は今を楽しむことにした。あ〜、明日が来なけりゃいいのに。というか学園祭でクーデターでも誰か起こしてくんないかな。
ありがとうございました!





