騎士、回想にて地獄の釜を開かれる
よろしくお願いします!
執事女装コンテスト、メイド男装コンテストとかいう意味の分からない案が可決された帰り、俺は最も気になることをお嬢様に尋ねていた。
「可決されたのはいいんですが、第二王子とかの前でおふざけするのもどうなんですか?」
「馬鹿ね、あのクソが今学園に居ないことは確認済みよ」
だからといってそれでいいのか。此方としても準備とかをしなきゃ駄目だと思うんだが、そこの所はどうなんだろう。ただでさえあの実力差だし、もっと切羽詰まった方が良いのではないだろうか。
というか、あの人今学園にいないのか。
「どうしてまた学園にいないんですっけ?」
「表向きは留学らしいわ」
「はぁ、一年生のこの時期にですか」
そのままそっちで永住してればいいのに。
「まぁ、十中八九帝国絡みと準備ってやつでしょうね」
「それはそうかもですが、敵さんものんびりしてますねぇ」
今、叩き潰しに来られたら、間違いなく負けるんだけど。それをしないってのは、本当にあいつが暇潰しで行動しているからなんだろうなぁ。腹立つわぁ。
「こっちも鍛えなきゃですし、準備とかもあるのにこんなことしてていいんですか?」
「それは正論ね。勿論、強くならなくてはいけないし、国にももっと働き掛けるべきだわ」
だよな。どう考えてもこっちのが準備不足だし。
「でもお父様はこう仰っていたわ」
「何て言ってたんですか?」
今、旦那様やジュラス様は国に軍備の拡充や帝国への警戒態勢を強めるように働き掛けてくださっている。その対応でてんてこまいだそうだが、お嬢様になんて話したのだろうか。
「国の危機で動くのは学生ではない。私たちの仕事だ。エリザ達も勿論準備しなければいけないが、それが学園生活を楽しんではいけない理由になりはしない、とね」
「……旦那様」
お人好しなお方だ。お嬢様の我儘に振り回されて大変だろうに、娘を気遣ってそんなことを言うなんて。甘っちょろい考えだと言う人もいるだろう。でも、俺はそんな甘っちょろい考え方に大賛成だ。
「だから、準備はしつつ欲望を満たすわ」
「……お嬢様」
何でそんなこと言っちゃうの? 旦那様の崇高なお考えが台無しなんですけど。
「というわけで採寸に行くわよ」
「まだ諦めてなかったんですか!?」
「むしろ明日からが本番まであるわ」
あぁ、明日からが悪夢の始まりで、今はむしろ平穏な時なんですね。分かりたくありません。
「皆さん、そういう訳で出し物も決まりましたわ。準備に励みましょう」
励みたくねぇ。
お嬢様が提案者で、企画・運営をするということで今日からのHRはお嬢様が司会を務めていた。準備って何をするんだ。劇の台本とか決めるのは、もう提案してくれた人が動いてくれているし、配役決めも脚本が仕上がってからだろうに。
「まずシツコン、執事女装コンテストは執事が全員強制参加の予定ですから、まず全員に衣装の試着をしてもらいましょう」
ネーミングセンス0な略称だな、おい。シツコンて。
「あ、あの、まずはサイズとかを測ったり、衣装の方向性を決めたりするものではないんですか?」
勇気ある生徒の1人がお嬢様に無謀にも質問を投げ掛ける。ディアナ様だっけ? 公爵家の方だったけど、気弱なイメージがあったから意外だ。
「安心して下さいな。既に衣装はある程度取り揃えていますの。サイズも一通りありますわ。そして、それを各執事・メイドに着せます」
ザワつくのは勿論当事者である俺達執事だ。メイド達はそこまで動揺していない。しかし、既に取り揃えているだと……?
「シア、来なさい」
「はい、お嬢様」
お嬢様の言葉と共にシアさんが衣装棚にキャスターを付けたものを運び入れてくる。シアさん、何してるんですか……。
「開けなさい」
「はい、お嬢様」
そして、開かれた衣装棚にはギッチリと女性物の服が詰め込まれていた。全てヒラヒラのフリフリで、可愛らしい衣装しかない。ちなみに男性用の服は全部シンプルな燕尾服だった。いや、この格差よ。
「これを着てもらいますわ」
お嬢様、問答無用がどんな時も有効な手とは限りませんよ? 執事達、全員ドン引きしてるからね?
「あれ、女性服のチョイスに悪意がありますよね……」
「あぁ、せめて女性用でももう少し中性的な選択肢もあるだろうに」
「あからさまに可愛い系の服しかありませんね……」
「全部ミニスカートじゃないか、あれ」
「え、あれ着るんです?」
「……トアル殿、貴殿の主人はもしや少し頭の方が……」
「よし、逃げよう」
口々にお嬢様のチョイスに対して小声で執事達が話し合いを始める。ちなみに最後の台詞は俺である。
「この時間は学校一斉のHRの時間です。他のクラスの方々も同じように執事やメイドの皆さんに衣装を披露していますわ」
「地獄絵図じゃん」
しまった、思わずお嬢様と2人で話している時の口調になってしまった。お嬢様、今からは試着の時間にされるおつもりなのだろうか。だとしたら例え今だけの恥辱だとしても、なんとかして逃げなくてはならない。
「そして、今後学園祭の準備の時間は執事にはこの衣服を着用していただきますわ」
想像の斜め上だった。
「じょ、冗談じゃありません! 私はエーゾルテ家に仕える誇り高き執事です! そんなせめてメイド服ならまだしも、そんな服装はできません!」
そう言って、慌てて厳格そうな執事の1人が逃げ出そうと教室の扉に手を掛ける。瞬間、彼に電流が走った。
「あばばばばば!?」
「あら、ごめんなさい? 間違えて教室のドアに罠を仕掛けてしまったわ。でも、大したことはないから安心なさい。それとシア! 彼を新たな世界にお連れしなさい」
「は、直ちに着替えさせます」
そのまま倒れた彼はズルズルと引き摺られていき、試着室(本当にいつの間にかあった)の中に放り込まれた。シアさんに続き、他の家のメイドさん達もお手伝いしている。え? 共犯なの?
「できました」
「では、開帳なさい」
「畏まりました」
そして、開け放たれた先には恥ずかしそうな顔で自分の格好を見つめる彼の姿があった。その瞬間に、厳格に見えた彼はもういないと悟ったよね。
「こ、これが私ですか……!」
「えぇ、とてもよく似合っているわ」
俺はスプラッタな死体を見つけた時の気分なんですが。ちなみに彼の主人は痛ましいものを見る目で彼を見つめていた。あぁ、買収されたんですね。つまり、彼は見せしめだと。
「わ、私これから頑張りますわ!」
おい、お嬢様みてーな口調になってんぞ。もう手遅れじゃねぇか。洗脳でもしたの?
周りの執事達の顔色がみるみる悪くなっていく。だよね、多分俺も同じような顔色してんだろうな。仕方ない、お嬢様に慣れている俺がこの場の活路を開くとしよう。
「おい、みんな! 窓だ! 窓から逃げるぞ!」
俺が口調も気にせず、執事達に叫ぶ。しかし、主人に忠誠を誓っている彼らはすぐに行動を移すことはできないようだった。別に俺が忠誠を誓ってない訳じゃないからね?
「……し、しかし」
「早くしろ! あの人みたいになりてぇのか!?」
「シキ、流石に対応が早いわね」
お嬢様は俺の行動を予測していたらしく、素早く回り込んでくる。
「チィッ! お嬢様も流石に俺のことがよく分かってらっしゃる!」
「えぇ、だから学校ごと巻き込むことにしたのよ。周りが皆女装していれば、貴方の抵抗も薄いと思って」
「いや、あれ見て抵抗しないって選択肢はねぇよ!?」
控えめに言って恥の極致である。
「皆さん、これは主人への反抗じゃありません! 主人の暴走を諫める逃走です! 御覚悟を!」
俺は行動しない皆に向かって叫ぶ。そうこうしている内に、もう1人の犠牲者が出ていた。
「あらぁ♡(野太い声)、あたし生まれ変わっちゃったぁ♡(野太い声)」
化け物にジョブチェンジしてやがる……!?
化粧まですると、いよいよヤバい。しかも、あの人は、あの人はぁ!
「カマルさん! そんなあんたまで!?」
カマルさん、年齢42歳、妻子持ち(息子は今年7歳)、護衛騎士兼執事で俺と同じ立場の方で、その鍛え抜かれた筋肉は俺達執事仲間でも注目を浴びていた方である。武人気質な人で、漢の中の男といった感じの益荒男ぶりが、女装するとこうも悲惨なのか! 直視ができん!
っていうか、何がどうなったらそんな悲しい変貌を遂げるんだよ!?
「皆も生まれ変わりましょ♡」
「「「ひぃぃぃぃ!?」」」
投げキッスはやめろ。ダメージが異次元だ。
「そ、そんなカマルさんがあんなことになってしまうなんて……」
「いやだぁ……ま、真面目に働いてきただけなのに……」
いかん、心がへし折られている! 俺もヤバい。頭がおかしくなりそうだ。これは今までとは全く別ベクトルでピンチ過ぎる。っていうか、あんな風になりたくねぇ!!
「に、逃げられる奴だけついて来い!!」
俺はそう叫ぶなり窓を開けて飛び出した。こうして地獄の釜は蓋を開けられてしまったのだった。
以上、回想終わり!!
ありがとうございました!





