騎士、長期休暇にて終わりを願う
よろしくお願いします!
俺は走った。そりゃあもう全力疾走で森を走り抜けた。全力で身体強化をし、木々を飛び越えて凄まじい勢いで走り抜けた。しかし、背後から聞こえてくる隊長の足音はまるで小さくなる気配がなかった。
恐怖で息が切れ、動悸が早くなっているのを感じる。もういやぁ。
「待ちなさい! 今捕まれば、3食飯付きで添い寝付きよ!!」
「だ……誰がその条件で止まるんだ! 普通に働いてても3食飯は食えるし、添い寝はいらねぇ!!」
「なら、下の世話もつけるわ!」
「なお嫌だわ!」
全力で拒否を叫ぶ。俺は別にそんなことを求めてねぇ。需要と供給が釣り合ってなさすぎる。俺の需要は0よ!
「このぉ! 贅沢ばかり言って、あんたは何がしたいのよ!?」
「慎ましやかに暮らしていきてぇんだよ!?」
俺の人生設計に監禁されるなんて言葉はないわ!
セバスさんやシアさんが此方に向かって走っている気配を感じる。何とかあの2人の常識人達と合流ができれば、状況は好転する筈だ。それまでに何としても捕まってはいけない。どうして俺がこんな目に合うんだよ!
「事件はあたしが何とかするわ! あんたは平穏無事にあたしと愛を育みなさい!」
「その平穏は地下室とかなんだろ!? ぜってぇに嫌だ!」
言っても聞かないモンスターばかり増えやがって、俺の気苦労を増やしまくるんじゃない。お願いだから大人しく共同戦線を張ってくれよ。
『ディストラクション』
「いや、容赦なくこんなふざけたことで魔術を使うなや! ……ぐほぉっ!?」
隊長が問答に飽きたのか、容赦無く魔術を発動して足元に突然できた土塊に躓いて転ぶ。勢いをつけ過ぎていたのか、俺はゴロゴロと転がり、阿呆みたいにひっくり返った姿勢で木にぶつかり止まった。
「よし」
よし、じゃねぇよ。
更に土が俺の動きを拘束するように纏わりついてくる。あれ、こんな器用なことが出来る魔術じゃなかったことない?
「もう仕方ないわ。追手もそろそろ到着しそうだし、あたしとシキの仲の良さを見せつけて追い払うしかないわ」
「もうちょい他の手があんだろ」
「ない」
あるわ。馬鹿なんですか?
「さて、服は着たままがあたしは好みよ」
「性癖をバラすにもタイミングとかもう少し考えられませんかね」
答えてくれよ、そんな服を脱ぐ事を優先してないでさぁ。短絡的にしても、欲望に正直すぎませんかね。
「シキ……」
「やめて、そんな雰囲気ある感じで今の俺に迫って来ないで」
何でこんなひっくり返った姿勢のまま発情されてんの、俺。風情もクソもないんだけど。
「抵抗は無駄よ、空を眺めていれば終わるわ」
「それ、言う人間が逆じゃない?」
普通はこういった欲望に忠実なのは男が多いと思ってたんだけど、最近の女性関係のせいで価値観が破壊されていくよ。
そうして彼女の唇が俺に近づいてくる。ちなみに俺はひっくり返った姿勢のままである。
「さぁ、目を閉じてあたしを感じなさい……」
万事休すか、そう思って目を瞑った瞬間に物陰からガサガサッと音がした。まさか、セバスさんとシアさんが間に合ってくれたのか!
よかった、これで仕切り直せるのではないか。そう考えた俺の甘い思考は、次に聞くその声に打ち砕かれた。
「死になさい、この発情豚」
お嬢様だった。万事休すだよ。
火魔術の連撃が放たれる。そのいずれも1人を焼き殺すには十分過ぎるほどの威力が秘められている。ここ森なんですけど? 対する隊長も『ディストラクション』で土壁を作って防ぎ、ついでに土槍を飛ばしている。いや、お互いに殺意が高過ぎる。
それより早く俺をこの姿勢から解放してくれ。
「トアルさん、今の内に逃げましょう」
俺が2人の戦いの行方を見守っていると、シアさんがこそこそと後ろから話しかけてきた。有難いけど、闘いの片割れはあなたの主人ではありませんか? セバスさんもやってきて、俺の拘束を外してくれる。あっちは放置の方針なんですね……。
「お嬢様が想像以上のスピードで追いついて来ましたので、お相手をお任せすることに致しましょう」
「いいんですか? あれほっといて」
「まぁ、いいんじゃないですか?」
いいんだ。いやいや、流石に止めてあげましょうよ。
「しゃーないんで、俺が今から止めますよ」
「それは助かりますな、では頼みます」
「よろしくお願いしますね!」
あ、この人達最初から俺に丸投げするつもりだったな。俺だって行きたくないのに。
ほら、2人とも女の子がしちゃダメな顔してるよ。
「惨たらしく死になさい。シキを辱めようとした罪を償うのよ」
「あんたが死ね」
言葉の殺意も高過ぎる。俺だってキレてもここまで言わねぇ。
このままだと本当にどちらかが力尽きるまで殺し合いをしそうなので、アクセサリーウェポンを起動する。そのまま2人の間に突っ込んで、殺到する土槍と火球を斬り落とした。
「一旦落ち着きましょうよ」
これで互いに冷静になって、隊長がごめんなさいしたらこの問題は終わりだ。終わりなんだけどね。案の定、そんな上手く事が運ぶわけもなかった。
「シキ、どきなさい。その女を殺せないわ」
「あたしの台詞なんですけど」
これは無理ですね。お手上げです。
「一回とりあえず話し合いの時間を作りましょうよ? ね?」
「「必要ないわ」」
「何でそこの息はきっちり合うんだよ!」
もうめんどくせぇ!
「で、そもそも隊長が意味分かんないことしたのが原因なんですから、きっちり謝ってくださいよ」
「ゴメンナサイ」
心籠もらなさすぎじゃない? もうちょっと謝り方ってバリエーションがあると思うんだ。せめて謝る相手に身体を向けろ! 目を見ろとまでは言わないからね。
「いいですよ、大したことじゃありませんし」
よし、これで一件落着だな?
「いやよ」
被害受けたの俺だと思うんですよ。確かにお嬢様にも迷惑掛かってたけどね。ほら、そこはお嬢様の寛大な御心で許してあげなさいよ。
「交渉決裂ね。戦闘続行よ」
話が進まないからやめてよ、バーサーカー。
「もうめんどくさいから駄目です」
ダメダメ。
セバスさんもシアさんも帰りてぇって顔してんじゃん。俺も帰って寝たい。
結局、それからなんやかんやで俺が2人を説得し続けた。およそ1時間の出来事である。マジで疲れた……。
「隊長、それより今後は俺達と連携してくれるって解釈でいいですか?」
「それはまぁ、そうよ。あたしとしてもムカつく事件だったしね」
話は変わり、隊長と今後の方針についてある程度方向性を固めることになった。この話題なら隊長もお嬢様も利害は一致してるから、比較的穏やかに話は進んでいく。
「今回の件は王国に仇なすものよ。あたしも騎士の端くれ、私情とは別に許せないこともあるわ」
「わたくしもその点には同意するわ。腹立たしくて仕方ないもの」
良かった、ようやく冷静に会話してくれてるよ。
「分かりました。一先ずは互いに手に入れた情報を共有していきましょう。他にすべきは何ですかね?」
「頭使いなさいよ」
「シキ、わたくしも本当にそう思うわ」
利害が一致した途端これである。泣くよ?
「まずすべきは戦力の拡大でしょ? 誰が息のかかってない信頼できる者かを調査した上でね」
「わたくしたちは学園、アリシアさんは騎士団で話を通していきましょう。それに学園でも内通者はいるみたいだし、その調査も進めるべきね」
最初からこうやって話を進めて下さいよ。サクサク進むじゃねぇか。
「あたしも内通者は探るわ。1人や2人の量じゃないでしょうし」
「そうですね……」
間違いなくかなりの数の内通者はいるだろう。第一王子や国王様がそのことに気付いているかは疑問だが、此方である程度動く意味はあるはずだ。そうなってくると、第一王子派にももっと接近した方がいいのかな。
結局、今後は密に連絡を取り、都度の報告を俺が管理することになった。
そうして話もまとまり、隊長も今日は帰ることにしたらしい。何でも強引に有給をもぎ取ったとか。こんなことでもぎ取るな。
「じゃあシキ、また来るわ」
「2度と来なくていいわ」
少しは本音をオブラートに包んで下さい。
「あんたには言ってないわよ、このクソ女」
「あら、わたくしの屋敷にまた足を踏み入れる気なのかしらね」
も〜、さっきまで普通だったのに。すぐに喧嘩腰になるんだから、シキ困っちゃう。殺し合いしないだけまだマシとか意味分かんないんですからね?
「利害が一致してる今は見逃すわ、だけどこの一件が片付いたら……」
「そうね、この件が終われば……」
「「あなた(あんた)を殺す」」
殺伐とした別れ過ぎて、俺の背筋はずっとゾクゾク寒気がしてた。それ、ただの別れの挨拶なんですよね? 今生の別れの挨拶じゃないよね?
第二王子の件といい、隊長の暴走といい、余りに前途多難な未来に俺は深い溜息を吐いた。
あぁ、しっちゃかめっちゃかな長期休暇が終わる。というか終われ。
早く学園生活よ来いと祈ることしかできないおっぱい魔人であったとさ。
ありがとうございました!





