お嬢様、長期休暇にて修羅場
よろしくお願いします!
あれから病院を抜け出したのがバレて普通に怒られた。ごめんなさい。
ともあれ、新たな協力者として隊長を得ることができたのだが、第二王子のことはまだ話していない。帝国と繋がりのある奴だったということだけを伝えておいた。隊長は狂犬なので、犯人が分かれば突撃しに行くことが目に見えているからだ。絶対ロクなことにはならんという確信がある。
「何にせよ戦力が増えて良かったですね、お嬢様」
「あの女なのが気に食わないけどね」
好き嫌いで戦力を限定されても困っちゃう。
俺は無事退院し、今はお嬢様とスカーレット領の屋敷に戻っていた。そして、お嬢様の部屋で大体の報告を終えたのだが、お嬢様の第一声は予想できてもめんどくせぇと思ってしまった。お嬢様には内緒だよ!
「いいじゃないですか。あの意味分からん力を前にするなら、その秘密を暴くことも大切ですが、戦力を増やしておくのも大切ですって」
「それであの女を誑し込んだのね、この女の敵は」
ひでぇ言われようである。
「いや、あんなん予想できませんて。俺、誠実に断りましたし」
「でも、押し切られたじゃない」
「言い返す暇もなかったですし……」
そう、隊長はあの謎宣言の後、何処かへ凄まじいスピードで走り去ってしまったのである。何処行ったんだ、あの人。
「そもそも期待持たせるような素振りをするのが悪いわ。わたくしとは踊ってないくせに、あんな女の腰に手を回して踊ったですって……!」
えぇ……。いや、そりゃそうなんだけどね。
確かにわざわざ探してまで声を掛けて踊ったのは、よろしくなかったかもだけどね。反省はしてるよ? 後悔はしてないけどさ。
「まぁ、過ぎたことですし。それよりもうすぐ長期休暇も終わりますけど、どうするか考えましょうよ」
「シキと肉欲を満たす一択よ」
「色ボケしかできないんですか?」
ワンパターンかよ。お下品ね。
「れろ」
「行動が早過ぎるわ!!」
ほっぺ舐めやがった、この人!!
「馬鹿なことやってないで、有意義な過ごし方を考えましょうよ」
「本気なんだけど?」
「本気で馬鹿をやるのは学生の特権ですけどね、方向性が頭おかしいんですよ」
有意義ってこの人の中でどんな言葉なんだ。
「ちゃんとマーキングしておかないと、今後も妙な女が寄ってくるもの」
「そんな何人も俺に好意を寄せてくれる物好きはいませんよ」
本当に物好きだし、頭おかしいのしかいないのは何でなんだ。
「物好きは1人で良かったのに……。腹立たしい、やはり監禁しておくべきだという想いが増していくわ」
「ぜってー嫌ですからね」
「そうよ!!!! シキを監禁とか本当に頭がイカれてやがるわね、このクソ女!!!」
うるせぇ。
っていうか、何でここにいるんですか、隊長。あとお嬢様の部屋って2階なんですけど、窓から顔を覗かせないでくれません?
「あらあら、負け犬風情が何をしにきたのかしら? ここは許可なく立ち行っていいような場所ではないのだけど」
「やかましいことこの上ないわよ、クソアマ。もうあんたに負けてたあたしじゃないわ」
そして、始まる大舌戦。もう俺はただオロオロと2人の顔を見比べるだけだ。俺ってばほんと雑魚である。
「少しシキに優しくしてもらったからって勘違いしちゃって、惨めったらないわ。シキに振られたことも忘れたのかしら?」
お嬢様、ブーメランが頭につき刺さっております。それを気にした風もなく隊長はお嬢様を見下すように言い返している。
「ハッ、あんたの方こそシキが仕えているからって勘違いしてるんじゃないの? 所詮、シキはあんたに騎士として仕えているだけ。それに舞い上がって発情してる雌犬が何を言ってるのかしら」
「アリシアさんの方こそ、たかが元上司ってだけでよくもまぁそこまで浅ましくなれるわね」
「あぁん!?」
「何か文句でもあるのかしら」
もうダメだ、おしまいだぁ。俺が口を挾む隙もないよ。
そもそも隊長は何しにきてんだよ。お嬢様に喧嘩を売りにきたの? 俺としては勘弁してほしいことこの上ないよ。
「……まぁいいわ。あんたに喧嘩を売りにきたわけじゃないし」
「あら、じゃあ何をしに来たというのかしらね?」
お嬢様が不快だと言わんばかりの表情で言い返す。この人、本当に隊長が嫌いなんだな……。
隊長はいきなりグリンと視線を此方に向けてくる。こえぇ、いきなりこっち見ないで下さいよ。
「シキ!!」
え? 何で今そんな満面の笑みなの。嫌な予感しかしないからやめてほしい。最近は嫌な予感しか感じないよ、良い予感と交互に来てくんないかな。バランスが悪くて疲れちゃうから。
「行くわよ!!!」
「行くってどこにって……えぇ!?」
俺が答えようとする束の間に、隊長は俺と距離を詰めて俺の首元に手刀を打ち込んできた。ぐぇ。
「あたしの家よ!! 一生鎖で繋いで世話してあげるわ!」
お前も監禁しようとするんかーい。そんなツッコミをしながら、俺は意識を失った。ガクッとね。
「あの雌豚……、調子に乗ってくれちゃって困ったものだわ」
どうやら以前の想いを健気に秘めていた雑魚はいなくなったらしい。振られてフッ切れるなんてお笑い種だわ。シキが今更振り向くはずもないのに、迷惑ばかりを掛けるなんて万死に値する。
「セバス、シア、あの雌豚を追い掛けなさい」
「「は、承知致しました」」
「シキの位置は服につけてある魔導具がこの地図に反応して分かるようになっているわ」
「えぇ、お嬢様。して、アリシア様はどうなさいますかな?」
「殺しなさい」
「それは無理ですな」
チッ。
「じゃあ縄で縛っておきなさい」
「それも無理ですよ、お嬢様。アリシア様は私たちより全然強いんですよ?」
それもそうか。どうやら頭に血が上り過ぎていたようだ。確かにあの女は腐っても中央騎士団の隊長を務めている。その実力はシキ曰く、自分と互角かそれ以上という話だったし、2人には荷が重いだろう。
「仕方ないわ、2人とも先行して足止めをなさい。わたくしが準備をして直々に手を下しますわ」
「「畏まりました、お嬢様」」
ザッという音と共に2人の姿が消える。どちらも手練れ程ではないとはいえ、かなりのレベルの身体強化は使える。シキを抱えたままのあの女に追いつくことも不可能ではない筈だ。その間にわたくしができうる限りの準備をして追い掛けることとしよう。
「さて……豚小屋なんかにシキを長居させるわけにもいかないわ。急ぎましょう」
「うぅ……首いたい……」
あれからどれ位の間意識を失っていたのかは分からないが、俺が辺りを見渡せば木々が凄い速さで動いていた。違う、これ俺が動いてるわ。
「目が覚めたのね。もう少し寝ていればよかったのに」
「げっ!? 隊長何やってんですか!!」
「強いて言えば青春よ」
「隊長の青春って、本当にバイオレンスなんですね……」
あってたまるか、こんな青春。
隊長は俺を担いで物凄いスピードで森を駆け抜けていた。大体、森ってロクなことにならんな。
「で、何でまたこんなアホなことをしでかしたんです?」
「愛故にね」
それって別に言い訳の便利ワードとかじゃないからね?
「あたしの家までは走って1週間といったところかしら」
「止まる気0の計算ですね、死にますよ」
人間の機能の限界を知らないのかな、隊長ってばお茶目なんだから。俺でさえ普通の身体強化を掛け続けて、全力疾走とかよっぽど出来て2日くらいだよ。いや、多分だけど2日も無理だ。
「限界なんて越えるためにあるのよ」
「かっこいいけど、今聞きたくはなかったかな」
それって強大な敵を前にして言うことじゃないの? 俺も言ってみてぇとかちょっと思っちゃったんだけどさ。
そんな話をしていると、気付けば森を抜けて平原に出ていた。うっそー。あの森って結構デカいと思ってたんだけど。この平原を越えたらスカーレット領を抜けるじゃんか。どんなスピードで走ってんの?
「で、休憩しませんか?」
隊長の顔色は余り良くない。当たり前だけど。そんな全力ダッシュを俺を抱えて続けていたら、そりゃそうなるよねってやつだ。
「絶対に嫌」
そんな取り付く島もないような言い方をせんでも。しかし、こんなアホな行動を強行させても仕方がないので、普通に抵抗させてもらおう。
俺は俵担ぎで運ばれていたので、一応両手は自由ではある。なので、軽くお尻をひっぱたいた。お尻を叩いたのは、何となく叩きやすそうだったからである。断じて下心とかはない。
「ひゃん!?」
よし、拘束が緩まった。さっさと降りよう。そのまま逃げてしまえ、監禁とか冗談じゃない。
「では、隊長お疲れ様でーす」
「あ、あんたねぇ、乙女のお尻を叩いてそれなの!?」
乙女は男を監禁しねぇ……たぶん。俺の知ってる歳頃の乙女で浮かんだお嬢様は除外する。あれも乙女じゃないしね。
「いい尻だと思います。自信をもって下さい」
「感想を聞いてんじゃないわよ! このお尻魔人!!」
俺はおっぱい魔人でお尻魔人だったのか、衝撃の事実である。でも、大概の男はそうだと思うんだ。だから許せ、隊長。
「このぉ! 絶対責任取らせて婿にしてやるぅぅぅ!!!」
俺、こんな背筋の凍る求婚を初めて受けました。はい。
まぁ、自業自得なんですけどね!
ありがとうございました!
祝! 50話達成です!
これからもよろしくお願いします。





