覚醒、恋する乙女
よろしくお願いします。
燕尾服に袖を通して病院を抜け出し、俺はある場所へと駆けて行った。身体に痛みはなく、久しぶりに走ったが特に不都合もなかった。
夜も更けてきたとはいえ、流石に王都の人々はまだまだ眠りにつく気配もなく喧騒が広がっている。そんな王都の街中を走り抜け、どんどん人気の少ない方へと向かっていく。
そして、目的の場所に到着した。
「やっぱここにいたんですね、隊長」
「何しに来たのよ?」
ここは王都の街外れにある高台の広場。俺と隊長がかつて鍛練を共にしていた場所である。
「相変わらず、ここは夜になると人がいなくなりますね」
「あたし、何しに来たのよって聞いたんだけど」
とりあえず無視して思い出話を続けることにする。
「いやぁ、夜に一人でこっそり鍛錬してたとこに隊長も団長も来るんですもん。俺、秘密の場所だーとか思ってたのに」
「何? 喧嘩売りにきたわけ?」
「違いますって、隊長にお礼を言いに来たんですよ」
あの時、隊長が来なかったら腕捥がれて死んでいただろうし、お礼は言うべきだろう。しかし、お嬢様と隊長は相性悪いから、俺が一人の時でもないときちんと御礼も言えないだろう、そう考えてわざわざ病院を抜け出したのだ。
「あの時、俺を助けてくださって本当にありがとうございました」
「礼ならいいわよ。そもそも不覚を取って暴れたあたしの責任じゃない」
「じゃあ、それを止めたことと助けてもらったことでチャラにしません?」
「あんた、お礼を言いに来たんじゃなかったの?」
違うって。責任もチャラにしよってことだよ。そう考えてチラッと隊長を見る。
「何か答えなさいよ」
しまった、お嬢様に慣れすぎて口にするのを忘れてた。俺も大分毒されてきてんな……。
「責任は俺を助けてチャラってことにしましょうよって話ですよ」
「ならないわ。あんた以外の部下も痛めつけたのに、それでチャラとかできるわけないじゃない」
「だからここで不貞腐れてたんですか?」
誰にも罰してもらえず、庇われて隊長は責任を取ることができなかった。それが鬱屈した感情になって、でも発散もできないから。こんな誰も来ないような場所で1人自分を責めていたのか。へっ。
「そうよ、悪いの?」
「悪いね。すげぇ悪い」
「何が悪いってのよ」
そりゃあ悪いだろ。本当に1人で自責の念を抱えたいなら、こんな俺が来るような可能性のある場所なんかに来ない。だが、隊長はここにいる。その答えは一つしか考えられない。
「だって、1人で不貞腐れたいんじゃなくて、本当は俺に励まして欲しいからここにいるんでしょ?」
「………………………………違う」
「嘘つけ、なら家で大人しく反省してろよ」
「……外の風に当たりたかったのよ」
隊長って俺並みに嘘が下手くそだな。でも、別に俺はこんな小さく縮こまっている隊長を別に責めたいわけでもない。だから、特にそこから更に隊長を追及することはしなかった。
「ま、そういうことにしておきましょうか」
「嫌味な奴ね……あの女に似てきたんじゃないの、あんた」
「やめて」
本当にやめて、ちょっと今の言い方はそんな気が自分でもしたから。
それから俺は隊長の腰掛けているベンチの隣に座り、互いに暫く黙って星空を眺めていた。
「で、お礼を言ったなら帰りなさいよ」
「いいじゃないですか。懐かしいんだから、少しくらい思い出に浸らせてくださいよ」
「その口調をやめるならいいわよ」
へいへい。了解しましたよっと。
再び沈黙する。そんな風に互いに黙り込みながら、どちらかが偶に思い出したように昔の話をポツリと話し、短く返答してまた黙るという何とも言えないことを暫くしていた。
「…………なぁ、隊長って俺のこと好きだったんだよな」
「だった、じゃないわ。多分今も好きよ、正直よく分からないけど」
「…………そっか」
思い出話もそこそこに、森での衝撃的な発言を思い返して話し掛ける。正直、ブン殴られると思っていたから、普通に返されてビックリした。
「どうして俺だったんだ?」
「あんたが初めて同年代であたしと戦える奴だったから、かしらね」
「頭戦闘民族かよ」
ブン殴られた。
「でも、それはきっかけでしかないわ。あたし、こんなだからほとんどの奴に遠巻きにされていたでしょ?」
「団長とかユリディスさんとかは良くしてくれてただろ」
「でも、あの人達はあたしより明確に強い歳上よ。それにあたしを受け入れてくれたけど、あたしの世界を広げてくれたわけじゃないもの」
じゃあ、俺が世界を広げたと? 残念ながらそんな記臆は俺にはないんだが。というかそんな奴を昔はボコボコにして連れ回してたの?
「俺、そんな大層なことしてないぞ?」
「そうね、だけどあんたは笑ってあたしに声を掛けてくれた。みんなとのお昼もあんたが屈託無く誘ってくれたからできるようになった。それはあたしの世界を変えるには十分過ぎたのよ」
それは覚えがあるな。あの頃の俺はクソガキではあったが、同じクソガキだったこの人に親近感を覚えていた。だから、1人で飯を食べてたこの人に声を掛けたんだっけか。
「だから、あんたを好きになったのよ。親にも遠巻きにされたあたしを馬鹿みたいに笑いながら声を掛けてくれるあんただから」
それは告白だった。
あの森の時とは違う。確かな想いで、この人は俺に改めて愛を告げてくれたのだ。
「でも、振られちゃったわね」
「そうだな……。俺はその想いには応えてやれない」
森で告げたことをもう一度告げる。今日はその為に来たんだ。あんなドサクサに紛れたような言葉じゃない。この静かな場所で、誠実に応えてやりたかった。それは俺のエゴで、ロクでもない行為だ。この人の傷口に塩を塗るような行為だが、俺はこうしなければならないと思ったのだ。それともう一つ。
「知ってる。もう聞いたもの」
「あぁ、俺は隊長の想いには応えられない。でも、お前の言葉には応えようと思ったんだ」
「どういうこと?」
深呼吸をする。俺はベンチから立ち上がり、彼女の前に跪く。それはまるで騎士が主君に跪くかのように。そして、頭を垂れ、手を差し伸べて彼女を誘う。
「どうか、俺と踊っていただけませんか?」
彼女が息を呑む音が聞こえた気がした。きっと困惑しているだろう、言いたいこともあるだろう、だけど彼女は笑って答えてくれた。
「喜んで」
そうして二人きりの静かな舞踏会が幕を開けた。
といってもダンスは不恰好極まりなかった。俺はそもそも彼女をエスコートできるほど踊り慣れてるわけでもなく、曲だってかかっていやしない。ステップも腰への手の回し方も全てが下手くそで、リードなんてとてもじゃないができやしない。ただひたすらに優しく楽しませようとする気持ちだけは忘れずに、なんて情けないけれど。
だけど、彼女の顔はとても嬉しそうで切なそうだった。
俺が今の彼女の気持ちを分かる日が来ることはきっとないだろう。それでも彼女は今笑っていてくれる。俺のできる精一杯を受け取ってくれている。どうか願わくば、この餞を糧に彼女が前へ進まんことを。
終わりはすぐだった。当然だ、こんな曲もかかっていない舞踏会は長続きするはずもない。一曲分を踊り切り(一応最もポピュラーなものを想定した)、また俺たちはベンチに座った。
「あの時の言葉、届いてたのね」
「一応な。みっともなかったかもしれないが、俺ができる最大限だったぜ」
「酷い男ね。こんなことされてあたしが逆転を期待したら、どうするつもりだったの?」
「そんなこと考えもしなかったな」
隊長はそんな人でもないし、何よりそうなった時のことは考えても仕方がない。
「だって、俺は俺がしたいようにするだけだからな。隊長もそういう人だし、分かるだろ?」
本当に酷い話だが、そういう生き方しか俺は知らないのだ。俺はお嬢様に拉致されても、自由意志はない訳じゃなかった。本気で嫌なら舌でも噛み切ってる。だから、今回も一人の女の子の声は届いたんだぞということを主張してやりたかっただけだ。
そんな俺の言葉に隊長は呆気に取られたような表情をしていた。そして、一度俯いて顔を上げる。その表情は何故だか憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていた。え、何で?
「したいようにする……ね。確かにそういう生き方をしてきてたわね、あたしたち」
「ほらな? 森の件も責任がどうこうじゃなくて、自分がこれからどうするのかだって普段の隊長なら言ってたと思うぞ」
「そうね、そうだった。あたしたちはいつだってそうよ。欲しいものは欲しい、したいことはしたい。どうしてあたしはそんな当たり前を忘れてたのかしら?」
あれ? 話が変な方に進んでない?
「シキ!」
「はい!」
「あんたは今、あの女に仕えることを望んでるのね!」
「は、はい!」
「でも、未来はどうなるか分からない!」
「は、はぁ……」
そうだけど、嫌な予感がする。あれ、さっきまでのしんみりとした雰囲気はどこに行ったの?
「覚悟なさい! これからあたしはあんたが、あたしの元に戻りたくなるように好き勝手させてもらうから!」
…………女の人ってメンタルが強いんだか弱いんだか分かんねぇ。何で? 俺、お嬢様もだけど確かに振ってるよね? 何でむしろ振られてからがスタートみたいな感じになってんの、この人たち。
でも、隊長は元気になったみたいだし、まぁいっか。
「あと森での一件の犯人はあたしがブン殴りたいから、あんたも協力しなさい。それがあたしなりの責任の取り方よ」
もうちょい凹ましとくべきだったかな。
ありがとうございました!
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